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木徳直人はミズチを殺す(完結作)  作者: 鈴本 案
第六章『祈りの王女と幻想の騎士』
39/51

第二話「憎悪と愛情」(挿絵あり)




 物語を終えた木徳(きとく)直人は黒川ミズチの両肩から手を下ろした。

 人差し指を彼女の柔らかな唇に当てて告げる。


「何も言わなくていい」


 目を見ながら指を下ろした。


「ミズチは黙って僕の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

「うん」


 ミズチが真っ直ぐな瞳で見つめ返してくる。


「僕の目の前にいるミズチには、()()()()()でいてほしい。いてくれると信じてる」

「ミズチは、直人くんの一番の読者だよ」


 復唱した彼女の顔はやや上気していた。

 格闘の余韻によるものか、話を聞いた影響か、私情からか。他の理由かは定かではない。

 彼の方は単純に怪我の発熱だろうと考えた。


「そういえば、レイにやられた箇所は?」

「少し痛む」


 少しではないだろうと直人は思った。


「なら僕が手を貸そう。出してくれ」


 ――痛々しさを見せられるのも鬱陶しい。


「左腕を」


 ミズチが黙って差し出す。

 彼は自分の右手を彼女の左腕に、左手を交差させ骨折がある右脇腹に添えた。


「念じるんだ。重なる様に強く」


 ミズチが目を瞑る。

 直人も深呼吸した。

 あの時と同じ。汗は出ない。身体も冷えていく。

 使い魔の存在も感じた。

 彼女が目と口を開ける。


「感じる。もう治った。凄い」

「思ったより早く()()()


 彼はミズチ向けの笑顔を見せた。

 上辺だけで見せかけの、薄っぺらい表情だと自分で思った。


「今はあたしの使い魔も出て滞留してる。レイがいる時には出なかった。どうして、」

「それはレイが()()()()()()()だから」


 聞いた彼女は目を丸くして時間が止まった表情になる。


 ――()()には説明してやらないと分からない。


「ミズチ、いや、美月(みづき)は黒川組だけの世界にいる。中流以下を見ていないからだ。気づかなかったんだろ? 僕は暫くレイを見てた。話もした」


 ミズチは真摯な顔つきになって耳を傾けている。


「僕が最後に会った時、レイの様子は明らかにおかしかった。それより前、髪を切ったり、僕に話しかけてきた時も。僕が知る彼女とは違うと感じた。それから、」


挿絵(By みてみん)


 息を吐く。


「あのタトゥ。最後に会った時、タトゥなんて無かった。ただのタトゥじゃないからだ。あれが特殊な能力に関わってる。

 躬冠(みかむり)司郎の時は“弓”。霧争(むそう)和輝は“剣”。()()()それらと()()。少なくとも僕はそう推測する」

「だけど、膜はなかった」


 彼女の疑問は最もだった。


「確かに躬冠や霧争は膜があった。けどそれも、ミズチの魔術が消えた現象で説明がつく」

「どういう?」

()()()()()能力なんだ。死の魔術だけじゃない。レイ自身の()()能力で消えるとしたら。

 それとも最初からなかったか。何にせよあの時のレイに膜はなくミズチの魔術も通用しない」

「だけどレイは凄い腕力だった。あれは何?」

「仮定として。魔術は消えるが()()()()()()()とする。ミズチも言ってた。エネルギーは()()()使()()()()と。

 そこで魔術との関係は()()()()()んだ。備わった能力の性質は魔術の範疇じゃない」

「そうか。だったら魔術眼も」

「十中八九、ミズチと僕の魔眼は彼らの能力と同じ。触発された()()()なんだ。他に気づいた事は?」

「あの力。ウォーマシン――霧争の言う“ラプラスの眼”も使えなかった」

「その力って?」

「ごめん。直人くんにはまだ話してなかったね」


 ミズチは霧争和輝にとどめを刺した力の経緯と現象を説明した。


「――そうか。僕の推測は()()違った。消える能力と消えない能力」


 直人は再び思考を()()させた。コマが何かの力で()()()()様に。だが自身は気づかない。


 ――LOVE(ラブ)のタトゥか。


「そう、タトゥだ。今までの二人も()()に関する()()()能力を持ってた」

「象徴?」


 彼女が不思議そうな顔をする。

 無知の顔だと思った。


「弓、剣、そしてレイは多分、“()()”」

「どうして天秤?」

「神経質そうに『バランス』と言ってたんだ。両手のタトゥが象徴だとしたら。均衡を保つ、()()と、」

()()……」

「ああ、力の重しを()()してバランスを取ってるんだ。ミズチを殴ったのも右手だけ。不自然だと思わないか? だから多分、右拳の憎悪が力の証。なら、左拳の愛情が力を失わせる」


 ミズチはまだ合点がいかない表情だった。


 ――まだ分からない?


 苛立った彼の語調が強くなる。


「殺意や悪意、いや害意か。とにかく()()()()()()負の感情を帯びた力は消えるんだ。それでラプラスも通じない」

「ならレイの右手、憎悪の能力は?」


 直人は気分が()()()()()のを感じた。

 傍観者の様な口振りで話す。


「あれでもレイは、ミズチの事がまだ()()なんだよ」


挿絵(By みてみん)


 言葉を聞いた彼女の顔は衝撃を表していた。

 好きな有名人が死んだ時は皆こんな顔をするんじゃないだろうか、と彼は可笑しかった。

 ミズチが呟く。


「ミズチには分からない……。だけど直人くんが言うならそうなんだと思う」


 ――バカな()()


「あれは彼女なりの愛情表現なんだ。本人も苦しんだんだろう」


 ――下らない。


「けど直人くん、象徴って?」


「よく()()()()。象徴は『()()()()()()()』の中に全てある」


 直人は『ミズチ』を図書室で調べた際、あの『レヴィアタン』の後で()()()()ヨハネの黙示録も()()()()()

 記憶の中にあった情報と先程見た情報が()()する作業、記憶と事実の()()には快感さえある。


「――黙示録には()()()の存在が()()()()()


 第一の騎士は()()()を持つ。


 第二の騎士は()()()()


 第三の騎士は()()なんだ」


 彼女は黙って考え込んでいた。

 他に『()()()()()()()()()と、()()()()()()()()』もあったが、お構いなしに話し続ける。都合が良い情報だけを。


「合致する、予兆みたいに。正に()()かもしれない。だからレイの能力にも気づけた。

 それから最後の()()()も、どんな相手と能力なのかヒントになる」


 心中は笑っていた。

 単なる頭脳ゲーム。

 彼がレイに直接聞けば能力程度はすぐ把握できると踏んでいた。


 ――けどそれだと面白くない。


 黙って考えているミズチへ直人が投げかける。


「僕の秘密を教える。()()


 全てという嘘。

 しかし彼女の瞳孔は開いた。



  *



 直人から聞いた悪夢の全てと、セノバイトや鎖。

 ()()()()ミズチには悪夢は理解し難い状況だった。

 けれど自分が登場した場面を聞いた時、彼女は性的興奮を覚えた。

 同時に対面の彼に悟られてはいけないと欲情を隠す。

 ミズチは嬉しくもあった。

 直人の頭の中に自分という存在があるのだと確認できたからだ。

 それでもなぜ自身が嬉しく感じるのかは理解していない。


「直人くん、ありがとう。一番は全部話してくれた事が嬉しい。話してなかったけど、ミズチは普段は眠らないんだよ。だからね、夢の事は余り知らない」

「この前は()()()()

「あれは初めてなの。自分でも不思議」


 初めて見た夢の記憶がよぎる。彼には教えたくないその中身。


「そうか。ならセノバイトと鎖はどう考える?」

「多分別世界に関係してる、と思う。セノバイトの話はあたしの前世の記憶と重なる箇所があるから」


 彼女は()()で左耳の髪を掻き上げて、それから続けた。


「鎖は、霧争と戦った時に見た。いえ、見えてはいない。アイツの動きが停止してるのを見た。()()()()()()()みたいに」

「僕もあれが実体の鎖だとは感じない。霧争は超高速で動いていた。なのに鎖は捕らえた。関係ないんだ。あの鎖はきっと、()()()()()()――」


 直人が眉をひそめ苦しそうな顔をした。それからすぐとても冷たい顔つきになった。

 見ていた彼女は胸が締めつけられて悲しみも去来したが、なぜ感じたのかは分からなかった。


「――僕はあれから、ずっと音楽が聴こえるんだ」





『ヨハネの黙示録』の「騎士」はナイトではなく「ホースメン(馬に乗る者)」で本作も準拠してます。

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