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木徳直人はミズチを殺す(完結作)  作者: 鈴本 案
第四章『ブラックサイト』
33/51

章末話「ラプラスの眼」(挿絵あり)




 瀕死の木徳直人は幻視していた。

 夢ではない。

 ()()()()()、夜空を()()()()()()



  *



挿絵(By みてみん)


 黒川ミズチは霧争和輝(ウォーマシン)を殺したかった。

 痛めつけて殺してやりたくて堪らなかった。


 彼女は半ば無自覚だったが、脳の異質な部位で半分は理解していた。

 同じ箇所で即座に敵の事も考える。


 標的が姿を消した()()、同時にその姿が見えていた。

 見えたのは“今”ではなく“未来”の姿だと感じた。

 霧争和輝(ウォーマシン)が“未来”でどの“地点”に存在するのか見える。

 標的は超高速で動く物体。急速に距離をとって逃走する腰抜け。

 走るだけでは追いつけない。

 既に理解している事柄、簡単に導ける結論。

 それでもミズチは敵を殺したかった。殺さねばならなかった。

 使命を果たす為には追撃せねばならない。だが殺意の手が届かない。

 ()()()()()()()()()()()――


 けれど“未来”は見えていた。

 だからその“地点”を“掴める”かもしれないと感じる。

 彼女は初めて、手が届かない何かに指を伸ばした。


 ――まず眼が跳ぶ。


 次に脳が跳んだ。


 身体も跳ぶ。


 何もかもが()()


 “今”から姿が消えた。


 霧争和輝(ウォーマシン)が存在する“地点”へ収束していく。


 最後に手が“掴み”取る。


 闇を切り裂く眼球が、最初に物体を捉えた。



  *



 超高速空間へ逃げ込んだ霧争和輝は、跳躍する様に夜の公園をゆっくり駆けていた。

 反面、彼は焦燥感に襲われている。

 ゲームを思うままに進められない苛立ち。

 何より未知の恐怖に晒されている自分に困惑していた。

 見たものが信じられない。むしろ感じた何かを受け入れられなかった。


 ――けど相手が誰でもこれには追いつけない。


 和輝が本気で逃走に注力すれば尚更だ。

 緩やかに落ち着きを取り戻す、そう思えた。

 だが彼は何かに似ていると感じてしまった。

 ()()の中で何者かから逃げている状況。脚の動きが緩慢になり上手く走れない感覚。

 けれど周囲の状況や気配に変化はない。

 心理的な影響でしかないと和輝は判断した。

 その瞬間――


 暗闇から何かが襲来する。


 四方から飛来した得体の知れないモノ。

 高速モードであるにも拘らず一瞬の出来事だった。

 物理的にもありえない。


 ――これはなんだ!?


 それは鉄の鎖(チェーン)

 彼が気づいた時には四肢に鎖が巻き付いていた。

 しかも鎖の先は鉤爪で皮膚に突き刺さっている。

 痛みと重みで裂かれながら和輝は驚愕していた。

 一体何が起こっているのか不明で、動作もままならない。

 もがけばもがくほど鉤爪も食い込んだ。

 筋肉が裂けて、断面から血の泡も滲み出す。


 状況は更に進んでいた。

 彼の()()に一匹の蚊がとまっている。

 必死な和輝は虫の存在に気づかない。

 そのひ弱な一刺しにも。

 だから、穴が空く。


 彼はふと気配を感じた。

 背後に誰かいる。

 見返る。


 ナイフを振りかぶった女が立っていた。



  *



 着地したミズチは眺めていた。

 なぜか動きが固まっている霧争和輝(ウォーマシン)を。

 まるで()()()()()()()()という、とても間抜けな姿だった。

 必死な表情も窺えた。

 しかし彼女にはどうでもいい事。

 近づいてアサメイを振りかぶる。

 敵の右腕へ突き立てた。



  *



 黒川ミズチ(レヴィアタン)が右腕を斬りつけてくる。

 和輝は避けたかったが、鎖に拘束されて動けない。

 繰り返し斬られた後、一斬りで肘から先が切断された。

 血液が噴出。

 火が出る様な激痛が生じる。

 激痛からは逃れられず、無意識に高速モードを解除した。


「畜生ッ!」


 叫んだと同時に鎖が消え、鉤爪による傷や血も消える。

 彼は前のめりに倒れそうだった。

 合わせて左手で傷口を押さえる。

 強く押さえると膜も断面を覆い、傷口が無理矢理に止血される。

 体勢を立て直しながら再び高速モードへ――

 駆ける。

 だが彼の背後に再び彼女が立っていた。

 ナイフを掲げて一閃。

 超高速空間に入っても、なぜか通常の速度で連続的に斬りつけられていた。

 左肩へ振り下ろされる度、黒川ミズチ(レヴィアタン)の姿が()()する。

 そう見えた。

 遂には和輝の左肩から左腕が分断される。

 出血と激痛。

 それでも双剣は肘と肩の部位それぞれで展開された。

 湾曲からCの字へ。

 まるで円輪が腕に付いたロケットに見える。

 和輝はとにかく前方へ跳んだ。

 無我夢中で離脱する。

 それしか頭になかった。



  *



 直人は自身の鉄の鎖(チェーン)がその役割を終えた時を肌で感じた。

 夜空を覆う鎖の()()へと帰還している。

 その幻視を静かに眺めていた。

 見送って目を瞑る。

 血を多く失ったと感じる。

 内臓も損傷した。

 時間はそれほどない。

 血溜まりで囁く。


右耳()を見ろ」



  *



 ミズチには必死で離脱する霧争和輝(ウォーマシン)の姿が見えていた。

 右肘と同じく左肩からの出血も止まっている。

 彼という物体は腰抜けだが、()()()()と感じていた。膜の自動意思が害意からの防御へ向かう程に。

 けれど最早、未来で待っている彼女には無用な思考だった。

 移動した眼球がまた物体を捉える。



  *



 苦痛と混乱の中で、和輝はゲームの考察をするかの如く必死に考えていた。

 鉄の鎖(チェーン)黒川ミズチ(レヴィアタン)の不可解な挙動が『()()()()()()』の一端ではないかと結論付ける。

 超高速移動を捕捉できるのも()()()()しかないと理解した。

 しかも動いた先で追い打ちされる現象。

 未来を()()していると考えるしかなかった。

 更に考察を補完する。


 未来を覗く(ラプラスの)眼、見た光景へのジャンプ(ラプラスの力)――


 そこから先はもう考えたくなかった。

 ゲームオーバーの文字が浮かんでくる。


 それでも何かが見えてきた。

 まるで隠されていた事実を思い出す。


 ブラックからの情報の()()

 網膜から入ってきた何か。

 脳に至って眼に定着した。

 あの未来視の名称が――


 未来視(ラプラス)の破片。



  *



 霧争は高速モードのまま公園の端にあるトイレの地点に辿り着いた。

 周囲を見渡す。

 人影はない。

 それは間違いだった。

 ミズチが壁に立っている。

 水平に立った姿勢のまま彼を凝視している。

 霧争が背後の異様な存在に気づく。

 目が合う。

 再び垣間見た、底知れぬ空洞。

 至近距離で強烈な殺気に当てられる。

 その衝撃で高速モードを保つ弱い心が弾け飛んだ。

 右耳の近くで彼女に囁かれる。


「目が離せるなら()()()()()


 右耳の極小の穴からウィルスの様に殺意が侵入する。

 入り込んだ殺意は皮膚と膜の隙間を移動し、転化して形となって(まぶた)を縫い付けた。

 もう目を閉じる事はできない。


「やめろおおお――ッ!!」


 狂乱した彼が叫ぶ。

 ミズチは応えた。


「お前はもう()()()


 殺意が輪となって口に侵入する。

 舌の周りで輪が回転、収縮して容易く舌が切断された。

 惨めに舌が地面に落ちた時、霧争は叫びたかった。

 だが瞬く間に口も縫い付けられていた。

 口内が血で溢れる。

 恐怖と絶望で自衛的に痛覚が遮断される直前。


()()()()二刀野郎」


 ()()痛覚が揺り動かされる。

 止めどなく襲う苦痛。

 目だけが泳ぐ彼が意識を失う寸前。

 この世には存在しない音で彼女が叫んだ。


『――――死ねえええええ!!』


 魔術の()()で右耳の鼓膜が破れ、耳骨(じこつ)は砕かれ、有毛細胞も吹き飛んだ。

 同時に防壁内側へ侵入していた殺意が全身隅々まで行き渡り、発火する。

 霧争の身体が膜の中で火だるまになった。

 太陽にも似た高熱。

 まるで紙人形の様によく燃える。

 それでもまだ息はあった。

 目だけが動く。

 ふらふらと倒れそうになる。

 地に立ったミズチはじっと見ていた。

 彼が倒れる前に膜が消え、肉が燃え尽きる。

 ボロボロと(クズ)の塊が崩れていく。

 霧の様に灰が散って、蠢く闇がその灰も消し去っていった。



  *



 和輝が狂乱した際、それでも心のどこかでは平静だった。

 これはゲームなのだから、黒猫の命が尽きてもまた別の命が始まる。そう信じていた。

 激しい苦痛と共に感覚が失われていく中、彼は死も身近に感じた。


 無が近づく。


 忘れまいと黒川ミズチ(レヴィアタン)への報復を胸に刻み付ける。


 そうして全てが失せて、


 何もかも消えた時、


 和輝は再び()()の感覚を知り始めた。


 思った通りの()()()だ。




 但し――




 暗黒の中の彼が最初に出会うのは――




 想像を絶する()()だ。



  *



 ミズチは倒れている直人の元へ駆けて舞い戻った。

 仰向けの身体を抱いて上半身を起こす。

 血で服が汚れる事にも構わず、膝の上に乗せて話しかける。


「死なないで。直人くん。死なないで」


 彼が目を開けた。

 直人の両手は傷口の上に添えられている。


「――ははは……僕は絶対に、百五十歳まで生きるから……」


 冗談めかした言葉を聞いた彼女が微笑する。

 ()()()様に直人の手の上に自分の手を添えた。


「うん、生きて。ずっと長生きして。直人くんはミズチが守るよ」


 直人は安らかな表情で目を閉じた。

 血がついた口から声が漏れる。


()()。ここが……天国なのかな」


 重ねた手と手が孤独の穴も埋めていく。

 夜の静寂も、今は二人を優しく包み込んでいた。







ミズチや直人が気になる、レイが好き、戦闘や和輝が良かった、泉や陽子や由美が好き、次の敵や黒幕が気になる、幕間小説が良かった、などありましたら

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― 新着の感想 ―
[良い点] また1人現れて、ひとつ終わりましたね……。 ゲームらしさと現実が絡んだ現代病のような相手で、今だからこそできる章だと思いました。 レヴィアタンはここで出てきて、何気ない回収がお見事です。 …
2021/11/29 16:28 退会済み
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