第三話「四曜の術」(挿絵あり)
縦長の部室に置かれた長方形の机。それを囲んで着席した全員に葛葉レイは大まかな主旨を説明した。
「――って事で、入会後は人数次第で即都市伝説の検証に移ります。けどその先は自己責任ね。これが最終確認」
異を唱える者はいなかった。木徳直人もだ。
他の者は好奇があれど本気にしてないからだと彼は思った。それに女子はオカルト好きな所もある。
自身では超常的な何かがもし起きても、今や平気だろうと推測していた。起こるとも思えない。
会長に代わって副会長の躬冠泉が具体的な説明を始めている。
ブラックサイトなる都市伝説の目撃談。更に本題の呪いとルール。
「四曜の術」
「参加者の願いが叶う」
「儀式には四人必要」
「月火水木金土日から一人が一つを担当」
「円陣になり手を繋いで目を瞑る」
「担当が対応した文句を時計回りに唱える」
呆気ない程単純な儀式だった。
彼女が締め括る。
「副会長の私は『土』を担当します。会長は『木』を。他の方は残り二つを担当してもらいます。では会長」
「うん。じゃ一人多いから立候補とかある?」
「あの」
直人が声を挙げた。
葛葉の目が一瞬輝く。
「僕は立候補じゃないけど、見学でいいですか?」
「……なら、男子はいざという時の用心棒役」
彼は謙遜気味に頭を縦に振る。葛葉はどこか残念そうな表情を残していた。
ガーリーな私服の次元由美が口を開く。
「それなら由美達が残りの担当だね。何にしよっかな」
どこかおっとりしていて浮遊感がある。
見かねたのか一年生の友紀陽子が手を挙げた。
「あたしは『火』にします」
「由美は、うーん、『月』にしようかな」
性格が反対に見える友紀と次元が決めている間、直人は躬冠を観察していた。
特におかしな様子はなく、観察にも気づかない。初対面といった印象もそのままだ。
――珍しい名字で妹なのは間違いない。僕が相手の一人だったのも気づいてないか。
魔眼で覗いたが膜も見えない。
ふと目が合いそうになり一瞬顔を伏せる。
自分から何か言うつもりもないが、何か言われたらと思うと落ち着かなかった。
彼女が次元と友紀に紙を渡している。
「これに担当する文句を書いてるので覚えて下さいね」
「そっかぁ。目を瞑らなきゃで、暗記もしなきゃだね」
次元が呑気そうに口を挟む。
会長二人は既に覚えているらしく紙はちらりと見た程度。
「あたしは覚えました」
「友紀さん早ぁい」
大げさに次元が驚く。
友紀は副会長が連れてきただけに利発らしい。
「由美も覚えるから少し待ってね」
彼は浮いている次元を見てこんな子だったのかと再認識した。
正体を隠したい黒川ミズチと抜けた性格の友人。擬装には最適だろう。
「うん、覚えたよ」
「じゃあ始めよっか! 机寄せて。特に男子お願い」
次元と葛葉の言葉を合図に全員が立ち上がり、直人主導で机を寄せる。
空いたスペースに女子四人が立った。
手を繋いで円陣になる。
四人とも目を瞑った。
まず葛葉会長から。
唱えるのは『木』だ。
「その身は木となる。大地に根を張る。命の源を吸い上げる」
二番手は次元。
覚えた『月』を口にする。
「その身は月か。太陽を浴びよ。形を変えろ。闇と真理を照らせ」
彼は少女達による妙な光景をぼんやり眺めていた。
繋がれた各々の手がエロティックに感じる。
次は躬冠副会長。
呟くのは『土』である。
「その身の土よ。力は肥える。奥底は命と光を引き寄せる」
最後は友紀。
手早く『火』の文句を言う。
「その身は火だ。熱を放て。体を動かせ。言葉の礎となれ」
直人はふと違和感を覚えた。
重要な『願い』に関する過程が見当たらないからだ。
文句にも僅かに規則性を感じた。
――けど「心の中で願う」とか大雑把なだけかもしれない。木と土、月と火も少し似てる。偶然かな。
葛葉が片目を開ける。
「なんか起きた?」
「何も……起きないですね!」
臆面もなく笑う躬冠。
そうだろうなと彼は思った。
友紀が彼女を見てもらす。
「泉ちゃん副会長なのに笑いすぎ……」
「由美も何も感じないよ」
「まっ、ウチらに今はなくても後々何かあるかも。願いが叶うとか? だから何かあったら報告宜しく」
それぞれ頷いて、全員が承諾した形で幕引きとなった。
部室から三人が去って、残るは直人と葛葉のみになる。
「木徳、今日はありがと! 助かった」
「どういたしまして。僕は机を動かしたぐらいだよ」
「いてくれただけでいーの、用心棒」
彼女が肩を揉んできた。
「葛葉、そんな気を遣わなくていいよ」
「まぁ座って。ウチはうまいんだよぉこれ」
促されて椅子に座る。
確かに力の入れ方が上手だと彼は感じた。
葛葉がマッサージ師も顔負けで話しかけてくる。
「ウチ、爺ちゃん婆ちゃんによくやってるからさ」
「なら僕はお爺ちゃんか」
「そだね」
軽く笑い合う。
葛葉の同盟参入以降は三人で話す事が主である。
二人で話すのは久々だった。
「けど木徳が参加しなくて残念だったなぁ」
「ごめん。入ったけど男は僕だけだったから、気まずくて」
「うん。仕方ないか」
「それに手を繋ぐのも恥ずかしい」
直人は笑ってみせた。
背後にいる彼女の顔が少し陰る。
肩を揉まれている彼の視界には入らない。
「ウチにはあんな機会もないから。繋ぎたかったな」
「繋ぎたかったって――」
直人が聞き直す。
「手を?」
「木徳と」
肩に置かれていた重みがスッと離れた。
「なん、で――」
疑問の言葉。
それが塞がれる様にして――
「好きだから、かも」
背後から呟きがもれた。
*
儀式を行った日の夜、陽子は自室で学習机に向かっていた。
彼女にとって勉強は半ば日課で半ば趣味である。
手を動かしながら勉強以外の考え事も慣れたものだ。
陽子は椅子の上で今日あった出来事を思い出す。
――泉の頼み事、可笑しかったな。あんなの絶対何もないよ。けど泉も笑ってた。立場的に大丈夫なのあれ。
二年の次元先輩も天然系で笑える。堪えるの大変。可愛いから得してるな。
夏休みの良い息抜きにもなったと彼女は感じていた。
一旦手を休める。
おちょぼ口にして、鼻との間に鉛筆を挟んだ。
「ふーむ」
椅子を使ってクルっと回る。
片脚を突き出してポーズをとった。
「美脚ぅー」
子供の様な一人遊びだったが、陽子は自分の脚には自信があった。
「今日もイケてる。あはは」
笑った拍子に鉛筆が落ちた。
拾い上げようとする。
その時、ベッドの下の暗闇に目がいく。
何かが動く気配を感じた。
「何!? ネズミ?」
物音はしない。気のせいかと彼女は思った。
頭を上げる。
部屋の隅で赤い色がチラチラと揺れているのに気づいた。
眉をひそめて凝視する。
紅色は宙に浮いた。
「なんなの!?」
陽子は戦慄して身体が固まる。
まるで人魂の火に見えた。
「勉強のしすぎかな」――目の錯覚。
彼女は現実逃避したが、ベッドの下から現れたもう一つの火を見て凍りついた。
陽子の顔が恐怖で少しずつ歪む。
動けなかった。
更に二つの火は大きな炎になる。
徐々に形を変え、片方は人間の上半身、片方は下半身を模していく。
彼女は恐慌で身体が震えた。
それも束の間。
奇妙な二つの陽炎が合体して、ゆっくり歩いて来る。
すると恐怖は不思議と薄らいだ。
朦朧とした頭で立ち上がる。
手を前へ出す。
炎も腕を出す。
双方が触れて、二つの身体が重なっていく。
そして一つの炎になった。
「あたし、燃えてる」
陽子の率直な表現だった。
――数分後、ノックの音がした。
「入るね。美脚クリーム貸してよ」
彼女の姉だった。
ホットパンツ姿で体操中の陽子が答える。
「いいよ。もういらないから」
幸せそうな顔で彼女は姉に手渡した。




