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木徳直人はミズチを殺す(完結作)  作者: 鈴本 案
第四章『ブラックサイト』
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第三話「四曜の術」(挿絵あり)




 縦長の部室に置かれた長方形の机。それを囲んで着席した全員に葛葉レイは大まかな主旨を説明した。


「――って事で、入会後は人数次第で即都市伝説の検証に移ります。けどその先は自己責任ね。これが最終確認」


 異を唱える者はいなかった。木徳直人もだ。

 他の者は好奇があれど本気にしてないからだと彼は思った。それに女子はオカルト好きな所もある。

 自身では超常的な何かがもし起きても、今や平気だろうと推測していた。起こるとも思えない。

 会長に代わって副会長の躬冠泉が具体的な説明を始めている。

 ブラックサイトなる都市伝説の目撃談。更に本題の(まじな)いとルール。


「四曜の術」

「参加者の()()が叶う」

「儀式には四人必要」

「月火水木金土日から一人が一つを担当」

「円陣になり手を繋いで目を瞑る」

「担当が対応した文句を時計回りに唱える」


 呆気ない程単純な儀式だった。

 彼女が締め括る。


「副会長の私は『土』を担当します。会長は『木』を。他の方は残り二つを担当してもらいます。では会長」

「うん。じゃ一人多いから立候補とかある?」

「あの」


 直人が声を挙げた。

 葛葉の目が一瞬輝く。


「僕は立候補じゃないけど、見学でいいですか?」

「……なら、男子はいざという時の用心棒役」


 彼は謙遜気味に頭を縦に振る。葛葉はどこか残念そうな表情を残していた。

 ガーリーな私服の次元由美が口を開く。


「それなら由美達が残りの担当だね。何にしよっかな」


 どこかおっとりしていて浮遊感がある。

 見かねたのか一年生の友紀陽子が手を挙げた。


「あたしは『火』にします」

「由美は、うーん、『月』にしようかな」


 性格が反対に見える友紀と次元が決めている間、直人は躬冠を観察していた。

 特におかしな様子はなく、観察にも気づかない。初対面といった印象もそのままだ。


 ――珍しい名字で妹なのは間違いない。僕が相手の一人だったのも気づいてないか。


 魔眼で覗いたが膜も見えない。

 ふと目が合いそうになり一瞬顔を伏せる。

 自分から何か言うつもりもないが、何か言われたらと思うと落ち着かなかった。

 彼女が次元と友紀に紙を渡している。


「これに担当する文句を書いてるので覚えて下さいね」

「そっかぁ。目を瞑らなきゃで、暗記もしなきゃだね」


 次元が呑気そうに口を挟む。

 会長二人は既に覚えているらしく紙はちらりと見た程度。


「あたしは覚えました」

「友紀さん早ぁい」


 大げさに次元が驚く。

 友紀は副会長が連れてきただけに利発らしい。


「由美も覚えるから少し待ってね」


 彼は浮いている次元を見てこんな子だったのかと再認識した。

 正体を隠したい黒川ミズチと抜けた性格の友人。擬装には最適だろう。


「うん、覚えたよ」

「じゃあ始めよっか! 机寄せて。特に男子お願い」


 次元と葛葉の言葉を合図に全員が立ち上がり、直人主導で机を寄せる。

 空いたスペースに女子四人が立った。

 手を繋いで円陣になる。

 四人とも目を瞑った。


 まず葛葉会長から。

 唱えるのは『木』だ。


「その身は木となる。大地に根を張る。()()()()()()()()()


 二番手は次元。

 覚えた『月』を口にする。


「その()()()か。太陽を浴びよ。形を変えろ。闇と真理を()()()


 彼は少女達による妙な光景をぼんやり眺めていた。

 繋がれた各々の手がエロティックに感じる。


 次は躬冠副会長。

 呟くのは『土』である。


「その身の土よ。力は肥える。奥底は()()()()()()()()()


 最後は友紀。

 手早く『火』の文句を言う。


「その()()だ。熱を放て。体を動かせ。言葉の()()()()


 直人はふと違和感を覚えた。

 重要な『願い』に関する過程が見当たらないからだ。

 文句にも(わず)かに規則性を感じた。


 ――けど「心の中で願う」とか大雑把なだけかもしれない。木と土、月と火も少し似てる。偶然かな。


 葛葉が片目を開ける。


「なんか起きた?」

「何も……起きないですね!」


 臆面もなく笑う躬冠。

 そうだろうなと彼は思った。

 友紀が彼女を見てもらす。


「泉ちゃん副会長なのに笑いすぎ……」

「由美も何も感じないよ」

「まっ、ウチらに今はなくても後々何かあるかも。願いが叶うとか? だから何かあったら報告宜しく」


 それぞれ頷いて、全員が承諾した形で幕引きとなった。




 部室から三人が去って、残るは直人と葛葉のみになる。


「木徳、今日はありがと! 助かった」

「どういたしまして。僕は机を動かしたぐらいだよ」

「いてくれただけでいーの、用心棒」


 彼女が肩を揉んできた。


「葛葉、そんな気を遣わなくていいよ」

「まぁ座って。ウチはうまいんだよぉこれ」


 促されて椅子に座る。

 確かに力の入れ方が上手だと彼は感じた。

 葛葉がマッサージ師も顔負けで話しかけてくる。


「ウチ、爺ちゃん婆ちゃんによくやってるからさ」

「なら僕はお爺ちゃんか」

「そだね」


 軽く笑い合う。

 葛葉の同盟参入以降は三人で話す事が主である。

 二人で話すのは久々だった。


「けど木徳が参加しなくて残念だったなぁ」

「ごめん。入ったけど男は僕だけだったから、気まずくて」

「うん。仕方ないか」

「それに手を繋ぐのも恥ずかしい」


 直人は笑ってみせた。

 背後にいる彼女の顔が少し陰る。

 肩を揉まれている彼の視界には入らない。


「ウチにはあんな機会もないから。繋ぎたかったな」

「繋ぎたかったって――」


 直人が聞き直す。


「手を?」

「木徳と」


 肩に置かれていた重みがスッと離れた。


「なん、で――」


 疑問の言葉。

 それが塞がれる様にして――


「好きだから、かも」


 背後から呟きがもれた。



  *



 儀式を行った日の夜、陽子は自室で学習机に向かっていた。

 彼女にとって勉強は半ば日課で半ば趣味である。

 手を動かしながら勉強以外の考え事も慣れたものだ。

 陽子は椅子の上で今日あった出来事を思い出す。


 ――泉の頼み事、可笑しかったな。あんなの絶対何もないよ。けど泉も笑ってた。立場的に大丈夫なのあれ。

 二年の次元先輩も天然系で笑える。堪えるの大変。可愛いから得してるな。


 夏休みの良い息抜きにもなったと彼女は感じていた。

 一旦手を休める。

 おちょぼ口にして、鼻との間に鉛筆を挟んだ。


「ふーむ」


 椅子を使ってクルっと回る。

 片脚を突き出してポーズをとった。


「美脚ぅー」


 子供の様な一人遊びだったが、陽子は自分の脚には自信があった。


挿絵(By みてみん)


「今日もイケてる。あはは」


 笑った拍子に鉛筆が落ちた。

 拾い上げようとする。

 その時、ベッドの下の暗闇に目がいく。

 何かが動く気配を感じた。


「何!? ネズミ?」


 物音はしない。気のせいかと彼女は思った。

 頭を上げる。

 部屋の隅で赤い色がチラチラと揺れているのに気づいた。

 眉をひそめて凝視する。

 紅色は宙に浮いた。


「なんなの!?」


 陽子は戦慄して身体が固まる。

 まるで人魂の火に見えた。


「勉強のしすぎかな」――目の錯覚。


 彼女は現実逃避したが、ベッドの下から現れたもう一つの火を見て凍りついた。

 陽子の顔が恐怖で少しずつ歪む。

 動けなかった。

 更に二つの火は大きな炎になる。

 徐々に形を変え、片方は人間の上半身、片方は下半身を模していく。

 彼女は恐慌で身体が震えた。

 それも束の間。

 奇妙な二つの陽炎(かげろう)が合体して、ゆっくり歩いて来る。

 すると恐怖は不思議と薄らいだ。

 朦朧(もうろう)とした頭で立ち上がる。

 手を前へ出す。

 炎も腕を出す。

 双方が触れて、二つの身体が重なっていく。

 そして一つの炎になった。


「あたし、燃えてる」


 陽子の率直な表現だった。




 ――数分後、ノックの音がした。


「入るね。美脚クリーム貸してよ」


 彼女の姉だった。

 ホットパンツ姿で体操中の陽子が答える。


「いいよ。もういらないから」


 幸せそうな顔で彼女は姉に手渡した。




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