第二話「死のゲームの予兆」(挿絵あり)
霧争和輝は久々に家から出た。
一見無個性な容姿の少年は玄関先で陽光を浴びて眩しい目をする。
季節は夏本番に近づき昼の日差しも強い。
運動不足の彼はその場で軽い柔軟体操を始めた。
終えると、数回軽く跳ねる。
気配を感じてか隣家の大型犬が吠えだした。
和輝は無表情で首と手首を回す。
踏み出して視界を操作する様に目的の生き物を探す。
近隣の塀の上で案の定見つけた。
黒猫が佇んでいる。
今年居ついた野良猫だ。近づくとすぐ逃げるが、距離がある今は彼を見つめていた。
猫は九つの命を持つとされる。
黒猫となれば更に神秘的。
彼の嗜好と神秘主義が重なる。
理想像に近い。
既に目的の半分は遂げていた。
ゲームとはやり直す事で上手くなる。
やられたらリセット、また繰り返す。
何度も死んで強くなる。
和輝のゲーム基本理念。
それが今、現実とリンクした瞬間――
黒猫の頭部が浮いた。
――数秒前。
彼の両掌は山吹色に近い光を放った。
それも一秒程度。
光は細長い形になる。
長剣に似た形状。
その剣が反って曲刀に。
更に湾曲。
似るのは三日月。
三日月が円に近づく。
和輝は二つのCの字の光を握っていた。
彼から見ればスローモーションだった。
風景がゆっくり動いている。
和輝は駆けた。
緩やかに塀の上の黒猫に接近する。
猫は近づく存在に気づかない。
右手で光るCの字の刃を横薙ぎに振るう。
山吹色の光が黒猫の首を斬った。
紙を切る軽さ。
猫はまだ気づかない。
超高速の空間で首が徐々に分離していく。
猫の頭が浮き上がった刹那、頭もろとも胴体が縦に裂けた。
跳躍した和輝が左手の刃を既に振り下ろしていたのだ。
Cの刃先は塀にも接触していたが、コンクリートには何の変化もなかった。
黒猫の無惨な死体が散らばっている。
超高速で行われた出来事を目撃できた人物はいない。
異変を感じてか先程の犬が激しく吠えた。
隣家を仕切る壁の前、いつの間にか彼が立っている。
合掌の様にして双剣の光を収束させた。
手の中で光る球体。
収縮した球体が細長く伸びる。
長剣に似ていた。
急激に肥大。
巨大な剣の形と化す。
華奢な少年が光る大剣を掲げた。
一閃。
光芒が壁をすり抜ける。
地面まで達した時、犬の鳴き声は止んでいた。
何事もなかった様に和輝は自室に戻っていた。
途中母親と出会したが、夕食を頼んで彼女を喜ばせた。
家族で久々に食卓を囲めるのが嬉しかった様だ。
一方彼は、先程自室で見つけたカッターを手にしている。
机の上に置いた左手。
右手のカッターを振り下ろした。
皮膚の近くで刃が止まる。
妙な弾性がある。
「自分の害意も有効範囲か」
何度も振り下ろす。
弾性の微妙な弱まり。
更に渾身の力で振り下ろす。
刃先がほんの少し肌に痕をつけた。
「こうすれば穴が開くのか。なら――」
粘土を揉む様に指で痕の表面を強く撫でる。
「これでいい」
寸分違わぬ箇所に再びカッターを振り下ろした。
蘇る弾性。
実験に満足してカッターを片付ける。
「ブラックの情報は全部本当だった。後は――」
夕食では学校の話題が出た。
「和輝、そろそろどうだ」
「あなた……」
母親は心配そうな顔だが、和輝は無関心で答える。
「学校は夏休み明けに行く。その前に夏休みの予定ができたよ」
「そうか! 母さんもこれで一安心だな」
「和輝、もう大丈夫なの?」
「うん、新しいゲームが見つかったんだ」
彼が無邪気に笑う。
「――友達と外でする、面白いゲームなんだよ」
両親は奇異そうな顔をしたが、和輝がゲーム好きなのは知っていたので団欒の空気はすぐに戻った。
少ししてふと母親が口にする。
「そういえばお隣さんのワンちゃん、いなくなったんですって。リードと首輪は残ってたって奥さんが言ってたから、首輪が緩かったのかしら。今頃は可哀想ね」
*
「ミズちゃんさぁ、オカ研には興味ない?」
「無理」
「断るの早っ……なんで?」
「美月はそういう部活に入る人物じゃないから」
「部活じゃないんだけど……まぁそんな縛りがあったらダメね」
冷房が効いたアジトで葛葉レイはガッカリした表情を見せた。
彼女が部屋へ訪れる様になってから暫く経つ。
夏休みに入っても状況は変わらず、レイが黒川ミズチと二人きりで話す日も多くなった。
「なんつってもミズちゃん学校ではお嬢系の優等生だもんな」
「……どうしてレイはあたしに入ってほしいの?」
「今ウチ含めて二人しかいなくて。活動するのに人数が足らなくてさ。あと二人は見つけたいんだ」
「それなら直人くんに聞いてみたら」
「いいの?」
飛びつく勢いで聞いた彼女にミズチが目を見開く。
「いいのって。意味が分からない」
「やぁ、木徳を勝手に誘ったらミズちゃんの機嫌が悪くなるかなぁって。ウチもそれで死にたくない」
レイが頭を掻きながら笑う。
「レイとは関係を結んだから。もう殺そうとは思わないよ」
「じゃウチが木徳を誘ったり、それで入っても怒らない?」
ミズチは黙ってしまった。どこか落ち着かない印象を受ける。
様子を見ていた彼女は年下に気を使う要領で提案してみせる。
「そんならさ、ミズちゃんから木徳に聞いてくんない? ダメなら諦める」
一考した間隔でミズチが答える。
「そうだね。ミズチから聞いてもいいよ」
「さっすが。今日も眼鏡が似合って可愛いねぇこのぉ」
煽てたレイが肘でミズチを押す。
押されたミズチはメトロノームの様に身体が揺れた。
褒められ揺れて機嫌を良くしたのか、ミズチも提案する。
「もう一人のあて、心当たりあるよ」
「マジ?」
「マジ」
「誰?」
「由美ちゃん」
「ああー」
黒川組の、と言いそうになる。
彼女は由美の性格を知らなかった。話す機会も滅多にない。
「由美ちゃんは部活に入ってなくて、前に心霊番組や怖い話が好きだと言ってたから」
「やった、それならいけそう!」
ミズチに抱きつきハグをする。
「ミズちゃんありがと」
「いいけど……」
この時のレイにはハグに感謝以上の意味はなかった。
ミズチがぎこちなく抱き返してくるのが分かる。
意外に不器用なんだなと彼女は感じた。
*
レイが帰った後、ミズチは木徳直人をアジトへ呼び出していた。
「直人くん部活は入ってなかったよね」
「入ってないけどなんで?」
「オカルト同好会」
「ああ、僕に入れって?」
「うん」
察しがいいのか慣れたのか話は早かった。
「いいの?」
なぜレイと同じ台詞を言うのかと彼女は瞬時に不満を持った。
「いいけど。レイと同じ事言わないで」
「へぇー」
彼はゲラゲラと笑った。ミズチには何が可笑しいのか不可解だ。
「僕は別にいいよ、ミズチがいいなら。小説のネタ探しにもなりそう」
「あたしはどっちでもいい。レイに頼まれたから聞いた」
「そうか」
直人がククっと軽く笑う。
気に入らなかった彼女も変な気分になっていた。
「何が可笑しいの?」
「なんでもない」
また彼が大きく笑った。
つられてミズチも軽く笑いだす。
「直人くんやめて」
「可笑しすぎて」
最後には競う様に笑い合った。
*
夏休みのある日。
空調が効いたオカルト同好会の部室には珍しく人が集まっていた。主に夏制服を着ている。
会長の葛葉。
副会長になった躬冠泉。
黒川美月に促されて訪れた次元由美。一人だけ私服。
泉が連れて来たクラスメイトの友紀陽子。
そして、落ち着かない直人。
必要な人数は四人だったが想定より多い。
唯一男子の彼は女子の匂いが充満する部屋から出たい気分だった。
自然に各々の自己紹介も始まる。
すると些細な雑念も消え失せた。
「一年の躬冠泉です。副会長してます。宜しく!」
その名字を聞いた直人は驚きを隠せなかった。




