銀の月
ルルが死んでから、レイヤは変わってしまった。
もうあれから一週間も経つ。
私達は現在、王都からまた北に向かってゆっくりと、ゆっくりと進行していた。
森の中の街道を私達はゆっくりと歩く。
ルルのお父さんに会いに行くのだ。足取りは重い。
レイヤは笑わなくなった。
あれだけいつもへらへらして明るかったレイヤは、もういない。
レイヤは、私から絶対に離れなくなった。
何をするにしても、私から離れない。
私が眠る時も、レイヤはずっとそばに居る。
私から目を離さなくなった。
レイヤは眠らない。
絶対に安全だと判断した時、少しだけ眠る。
それでもいつもうなされて、目覚めた時は決まって私を抱きしめるのだ。
レイヤは以前のようにふざけた絡みをして来ない。
前は鬱陶しかったのに、それが今じゃ愛おしい。
優しかったレイヤだけど、今じゃ人を殺すことになんの躊躇いもない。
むしろ、笑う。
笑って、人を殺すようになった。
魔物や魔族を殺す時でもそんな顔は一切しなかった。
キラキラしていたレイヤはもう戻らないかもしれない。傷は癒えないかもしれない。
そう思うとすごく悲しかった。
全部私のせいだと思った。
私がいなかったら……
そこまで考えて、やめる。
そんな話をルルが死んだ日に話したら、ぶたれたんだった。
その後、泣きそうな顔で抱きしめられたのだ。
だからレイヤはそんなこと思ってない。絶対に。
私は思った。
ずっとこの人と一緒にいたい。いや、いよう、と。
弱ったレイヤが可哀想で愛おしくて、癒してあげたくて、辛い。
だけど、脳裏に浮かぶのはルル。
ルルのことを考えたら、涙が出てしまう。
ルルが死んで、3日くらいは泣き続けた。ずっと、泣いていた。
だけどレイヤは泣かなかった。
少なくとも私には涙を見せてくれなかった。
辛そうな顔はする。
目の下にはくまを作って、顔はやつれてしまっている。
でも、明らかにレイヤの心は壊れてしまってるけど、私だけには優しい。
だから私がしっかりしないといけないのだ。
レイヤを困らせるのはいつも私。
私が強いと思っていたレイヤは思ってたよりずっと脆かったのだ。
私がしっかりしないと……。
ティルフィングの口数もめっきり減った。
レイヤとの修行の時だけいくらか話す。
それ以外の時は、ほとんどと言っていい程話さなくなった。
たまに話すティルフィングの言葉に、前のような騒々しさはない。
「なぁ、ティルフィング……」
ふとレイヤは小さく口を開いた。
ティルフィングは【ああ】と返事をする。
「……俺って強くなってるか?」
【ああ……なってるさ】
「俺は世界最強に近づいてるのか?」
【ああ、近づいてる】
「そうか、良かった」
一日に一回は繰り広げられる会話だ。
レイヤはこれで安心を獲得していた。
「……レイヤ」
私は繋いだレイヤの手をきゅっと握る。レイヤも弱くだけど確かに私の手を握り返してきた。
「……そろそろ休もうか」
「はい……」
日はもうとっくに暮れていた。
今日もまた木陰で野宿だ。
レイヤはティルフィングを鞘ごと地に突き刺すと、座って木の幹にもたれ掛かった。
私もレイヤの隣に座り、同じようにもたれ掛かる。
レイヤは手の上にパッと毛布を創り出して、私達を包んだ。
温かい。
私が心から休まることのできる時間だ。
私はレイヤの肩にもたれ掛かった。
「…………」
「泣くなよ、シャーラ」
「泣いて、ませんよ……」
「…………そうか」
小さく鼻をすする。
耐えられるわけがない。こんなの。
レイヤは私の肩を抱き寄せた。
私はそのままレイヤの膝に倒れ込む。そして伸ばしていた足を抱えるように丸める。
「寒くないか?」
「……はい」
レイヤは私の頭を優しく撫でる。
レイヤのズボンをまた涙で濡らしてしまったけど、私はいつしか眠りに落ちていた。
ーーー
翌朝。
私が目覚めると、辺りはもう明るかった。
私は驚いて身を起こす。
「起きたか」
「……ごめんなさい」
また寝過ごしてしまった……。
レイヤはどうして起こしてくれないんだろう。
「いや、いい。もっと寝ててよかった」
「でも、レイヤが……」
「俺もちゃんと寝たよ」
「……本当ですか?」
「ああ」
嘘だ。絶対寝てない。
レイヤは私が起きている時くらいしか眠らないのだ。私が眠っていれば修行にも集中できない。
「起こしてくださいよ……。お願いですから……」
申し訳無さと悲しさで瞳に涙が溜まっていった。胸も苦しい。
「泣くなって……」
「だって……!」
レイヤは私を抱き締める。私もそれにしがみついた。
「悪い……」
「……っく……うう……」
唐突にレイヤが私を引き離して、立ち上がった。
毛布がめくれ、レイヤが離れた為に寒かった。
「ど、どうかしたんですか……?」
「人が来た」
私も立ち上がってレイヤの視線の先を見た。
しかし何も見えない。
「……行こう」
レイヤはティルフィングを地から引き抜くと、私の手を引き、歩きだした。
レイヤがフードを被るのを見て、私もフードを被った。
そしてしばらく歩くと、後ろから馬車が進んできた。
私達は道の端に寄る。
しかし、丁度追い抜かれたというところで馬車は止まった。
「君達……、止まってくれないかな」
馬車の男は言った。その男もフードを被っていて、顔は見えない。
「……何か?」
レイヤは足を止めて、俯いたまま言った。
私を道の対角に誘導して、逆の手ではティルフィングに手をかけていた。
レイヤは、道中で会った人が、少しでも私達に敵意があったら殺してきたのだ。
レイヤが人を殺すのは見ていて辛い。
多分、今回も……。
「乗ってくかい? レイヤ、シャーラちゃん」
驚いて顔を上げると、そこにはフードをとった男がいた。
その男は私が嫌いな人物、ビンセント・ラインだった。




