旅の途中
「シャーラ、聞いてくれ」
「……」
俺達はルルのいる丘に向かってゆっくりと歩いていた。
しかしシャーラの機嫌は相変わらず悪いまま。
「頼む、俺の目を見てくれ」
「もういいですそういうの」
俺はシャーラの前に立って通せんぼするが、シャーラはそう言ってぷいとそっぽを向き、俺を避けて歩いていってしまった。
その場に取り残される俺。
「……ティルフィング先生、どうしたらいいですか?」
こういう時はティルフィングにアドバイスを貰うのが一番だ。なぜかシャーラ絡みのティルフィングの助言は役に立つ。
経験的に成功例が多いというか、成功例しかない。
しかし、ティルフィング先生の助言はいただけなかった。
【自分で考えろ!】
「あ? 元はといえばお前が……」
【なんだ? お前シャーラに嘘つくつもりだったのかァ?】
意地の悪い声で言うティルフィング。しかし正論なので俺は押し黙るしかない。
「……前もこんなことあったよな」
【ああ、そうだな】
「あの時はどうしたらいいか教えてくれたのになァ。こんな役に立たねー魔剣は捨てますかねぇ……」
【テメェ! 俺がいなきゃ今頃あの世だぞ!】
「それは関係ないだろ!」
【……】
「……」
【しゃーねェ、教えてやるよ】
ニヤリと笑う俺。
最初からそうしとけば良かったんだ。
【まずなんでシャーラが不機嫌なのかわかってるか?】
言われて俺はシャーラの後ろ姿を見る。
なんでって言われたら、それはあいつが水帝が嫌いだから一緒に旅をしたくないってことだろう。
それをティルフィングに言うと、剣からため息が聞こえてきた。
やっぱり違うか。
「じゃあシャーラに限ってやきもちでも焼いてるって言うのか?
それとも俺とラブラブ二人旅がしたかったのに邪魔が入った!とか?
私だけを見て!的な?」
今度はそういった答えをティルフィングに出してみる。
俺はそれを半ば冗談のつもりで言ったんだけど、ティルフィングの返答は“正解”だった。
【おお、悪くねェ】
「マジかよ!」
本当にそれで不機嫌になっているっていうのなら、シャーラはなんてキュートな奴なんだ!
でもそんなことでシャーラは不機嫌さを表に出すだろうか。
……いや、普通に出すか。
【とりあえず抱きしめとけ。しばらくそうすりゃあシャーラの機嫌は直る】
そんなことをしていいのだろうか。
というよりそんなことで機嫌が直るのだろうか。
「もっと不機嫌になるんじゃね?」
【大丈夫、やってみろ】
なんか逆効果な気がするが、ティルフィングの言うことだから信じてやってみよう。
ぶっちゃけシャーラに抱きつけるというだけで失敗のリスクより、メリットの方が大きいわけだし。
そうと決まればさっそく行動に移そう。
そう思った俺は小走りでシャーラに追いつく。
そしてズンズン歩いていくシャーラの肩を掴んで静止させた。
「シャーラ」
シャーラはすぐに俺の手を払おうとしたが、そのまえに俺はシャーラの体をクルンと半回転させ、そのままガバッと抱きついた。
「わっ! な、な、なにやってるんですか!」
シャーラはジタバタ暴れたが、俺は離さなかった。
ついでに匂いを嗅いでおく。
「は、離してください!」
俺は無言で俺の抱きしめる力を強めた。
しばらくしてシャーラは大人しくなったが、それでも俺は離さなかった。
ティルフィングの言葉を信じてっていうか、俺自身なぜか離したくなくなったのだ。
お互いの体温がしっかりと感じられる。
ティルフィングの助言以外に下心で抱きついたのもあったのだが、なんていうかこの密着は存外そういう意味じゃなく、心地良いものだった。(シャーラはどうかしらないが)
しばらくしてると、シャーラはとうとう白旗を上げる。
「わ、わかりました……。負けです、私の負けですから……。は、離してください」
そこでやっと俺はシャーラを解放する。妙に名残惜しかった。
シャーラは俺から離れてふらふらと後ずさり、言った。
「……もう、ずるいですよ……」
その顔は今まで見たことないくらいに真っ赤だった。
「お前も反則的な可愛さだぜ?」
肩をすくめてそう言う。
「もう……!」
しかし本当にシャーラの機嫌は直ったみたいだ。
ティルフィング先生様々である。
それにしても、ちょっと前から考えてたんだけど、シャーラって俺のことをどう思っているんだろうか。
こういうところを見ると、やっぱりアレなんだろうか。
……まあそれは今度また先生に相談するとしよう。
「……あ、あれって」
観念したシャーラとしばらく雑談しながら歩いていると、シャーラが遠くを指さしてそう言った。
その指さす丘の上に視線を向けると、そこにはルルが立っていた。
ルルはこっちに向かって大きく手を振っている。
「ああ、ルルだ」
ーーー
丘の上に着くと、さっそくシャーラとルルの睨み合いが勃発していた。
俺を真ん中に挟んで、お互い無言でメンチの切り合いだ。
ルルは獣のように唸るような眼光。これにはまだ可愛らしさがある。
が、それに対してシャーラの目は完全に据わっていた。
「ちょ……あの……」
【何とかしろよ】
「いや、……無理っしょこれは」
こんなのでこれからが本当にやっていけるのだろうか。心配だ。
いや、俺の責任ではあるんだけど。
俺は空を見上げる。燦々と煌く太陽の光が俺の瞳に射し込んだ。
するとクラっとめまいがし、そして息も荒くなってきた。
【どうしたァ?】
「やっべ、……なんか、急に疲れが……」
フラフラしてから、そのままドサッとと後ろに倒れる俺。
俺は二日以上寝てない上に、血も全然足りてないことを思い出す。
【オイ!】
「レイヤ!?」「だ、大丈夫ですか?」
二人の美少女が仰向けに倒れた俺の顔を覗き込む。
薄れ行く視界の中でそれを見た俺は、ちょっとした幸福感に包まれながら意識を手放した。




