第四話 『machine head 著・伊勢周』
シフォンケーキを前に、実麗しい三人が座っているテーブル。綺麗な姿勢で、左右対称の三人は人ではない。よく見ると、二人は機械の瞳をした元代理専用人型機械端末ウォ・ボット。
黒髪ツインテールのウォ・ボットがシフォンケーキを見つめながら無表情で尋ねる。
「私たちに今日話たい事って何? クオンの話であればなんでも楽しみ!」
もう一人、二人より頭ひとつ分小さい少女型。瞳は覗き込んでもそれが機械には見えないような細工がなされている。手元の紅茶を一口飲んでから彼女は話す。
「ネニ様、私もマリナも呼び出すって事は結構深刻系な話? それともウォ・ボット系?」
クオンと呼んだ相手は兄様なのか、姉様なのか判断がつかないので間をとってネニ様と呼んでいるのだ。
「マリナにトワ、わざわざきてもらってありがとうございます。いえ、今年も終わりですからね。年越し前に皆さんの今年楽しかった思い出話でもしようかと思って」
カフェの店主は寡黙に三人をじっと見つめる。目が合うと目を逸らすので、クオンはクスりと笑う。
「なるほど、ネニ様は私やマリナと今年という永遠について語りたいんだね? そうねぇ、色々あるけれど、まずはネニ様の話を聞いてみたいと思うのね。マリナは?」
「異議なし」
言い出しっぺだし、まぁ当然かとクオンは頷く。二人にシフォンケーキを切り分けて皿に乗せると、咳払いする仕草を見せてから話だした。
「僕は、今年。不思議な体験をしてきたんです」
ごくりと唾を飲み込む仕草を見せる二人。一体どんな不思議な体験をしてきたのか、二人の反応を見た後にゆっくりと話だした。
「『machine head 著・伊勢周』という物語の話になります」
「物語が不思議な体験?」
マリナはクオンの次の言葉を待つ。不思議な体験と物語は今の所重なる事はない。となれば続きが気になる。
「まず、この物語の概要を語りたいと思います。この物語ですが、いくら探しても見つからないんですよね。ですが、僕のメモリーにはしっかりと記憶されているんです」
「もし、帝都のデータだったら私が知らない筈ないし、ネニ様が旅で見つけたマイナーな物語とかじゃないの?」
「トワ、僕が旅で見つけた物なら、その記憶が残っているハズなんです。それもない。なのに、僕は古の都市。トウキョウシティの記憶と、この物語の記憶があるんです」
二人はクオンのその申し出を聞いて、少し思考が止まる。トウキョウシティは何万年か前に存在していたと記録のある神話のような場所。それに対して、何か物申すわけでもなく、静かにクオンの話を聞いた。
「ネニ様、機械の兵器がいるのに、不可思議な力を持った人間達……これはそういう文献の話なのかな? いまいち理解ができないのだけれど」
三人の中でもっとも優秀な演算能力を持つトワがそう言うのでクオンは頷く。掴みは問題ないという事だ。
「この物語りは、文献でもなんでもなく、普通の、当時連載されていたファンタジー作品なんですよ! そして、この異能力という物が引き起こしたとめどない悲劇の物語なんです。不可解な機械の兵器や、法則不明の異能力に意識が行きがちではあるんですが、これは人間の業、人の心を知るのに優秀な資料となり得ます」
と、少しクオンのズレた解釈の中で一つ評価できる点があるとすれば、本作は意識しがちな部分が全て伏線でしかない。大いなるエゴが見えてくるというその作りにある。
内容を聞き、クオンとトワとは違う国で製造されたマリナな少し考えてから答える。
「なるほど、因果応報という言葉があるが、そんな物はまやかしでしかないと再認識させてくれる話だな。実に恐ろしい」
リル達のいた世界から撒き散らかされた取り返しのつかないような大惨事の数々、宗助達の世界はとばっちりもいいところでしかない。何の罪もない無辜の人々の命が奪われた。おそらくリル達の世界では、残酷な事実はあれど、宗助達の世界ほどの大惨事は起きていないだろう。そして0か1かを優先してしまう三人、その中でもトワが興味を持った事。
「ものの憐れって言うんだっけ? この作品に出てくる登場人物たちは自分の気持ちを言葉にするのがすこぶる苦手なんだね。人間がなんたるかを学ぶ蟹ついて、それも私やネニ様を作った人間達のご先祖様の感性や恋愛観を知る数少ない資料になり得るんじゃない?」
凄い事を知ってしまったという表情をするトワに、クオンも頷く。そして自ら経験した事を二人に説明した。
「作中のドライブ能力ですが、僕の身体では耐久性の問題でエアロドライブである場合、一回の使用で、フルメンテナンスが必要な程のダメージを受けます」
その話を聞いた時、マリナが口を開いたまま固まる。
そしてこう言った。
「クオンを仮想敵として生み出されたフーファイターの私でも耐えられない破壊力だという事。ドライブ能力者という人間が手こずるマシンヘッドという兵器もまた私たちと同等か、それ以上の超兵器という事?」
クオンとマリナは人間相手に手をあげる事は緊急時以外不可能なので、ドライブ能力者を仮想敵とはできない代わりにマシンヘッドを対象に考える。
そして戦術演算は仮想敵=クオン(マリナ)+仮想敵の式が成り立つ。そしてそこからドライブ能力者を割り出した際、クオンとマリナは同時にひとつのアンサーにたどり着いた。目の前でのほほんとシフォンケーキにパクついているトワを凝視する。
「ん? どうしたの? 二人とも」
「いや、トワならドライブ能力者と対等に渡り合えるのだろうかと思いまして」
カタログスペック上はクオンとマリナが計五体ずついても渡り合えるトワ。そんな彼女のアンサーはいかがなものかと考える。
「そうだね。知っている? 二人とも。争いは同じレベルでしか起こり得ない。私は人間と争わないからね。多分負けないし、勝てないんじゃないかな?」
二人は思わず拍手した。人型機械端末ならではの上手いお茶の濁し方だった。トワの考えを元に三人は人間の感情について考える事にした。
「自己犠牲について、本作はいろんな自己犠牲があるとは思いませんか? 妹の為に怪しげな組織に身を置く人。亡き友人の為に愛の言葉を述べない人、自分の誇りの為に自分を損った人、世の理に絶望して悪へと堕ちる事で自分を戒めた人、そして、多くを守るために優しい場所から旅立つ事にした人」
クオン達は、人間の代理戦争の為に生み出された存在であった。それは即ち自己犠牲の代理でもあるのだが、人間はどんな状態でも自分を捨てる選択をする事に常々疑問を感じていた。
「リルの父君の自己犠牲は、生命体における生存本能の自己犠牲だと私は思う。だが、その他多くはそうではない」
ほぼ同じ演算能力を持っている三人、マリナが声に出して言った事は本作の物語の核心について一つの選択肢を奪う事を皮切りにした。
彼ら、彼女らは生存本能における物ではないという事。
「多分だけど、生命活動として生きる事より、心を生かす事への自己犠牲なんじゃないかな? みんなの自己犠牲は誰かの為、それも大好きな人たちの為だよ。それは大罪人であるリルのお父さんもね。これは私たちウォ・ボットが終戦後に与えられた最終タスク。愛について述べよという事じゃないかな」
「えぇ、僕も同じ考えです」
「ミートゥー」
本作のキャラクター達は控えめで自分の心を隠す傾向にある。作者さんが本作以外でも何かを含む作風を好むようなので、見守る愛のような物が好きなのかもしれない。
「だとしても、ここに私たちがいればリルちゃんを守ってあげられたかもしれないね」
そうぽつりと呟くトワ。クオンとマリナは、二人の戦力ではそれは不可能かもしれないが、出来うる限りの抵抗はできたかもしれないと頷く。
「トワ、それがここでいう自己犠牲なのかもしれないですね」
クオンよりも最新型の演算能力を持っているトワが自分が言った言葉がそのままブーメランしていた事に気づいた。クオンから話を聞いているウチにリルという少女を愛でている自分がいる。
「そうかもしれない。何でかわからないけど、リルちゃんはどこかで出会ったような気がするんだよね。ネニ様じゃないけどさ。私は物語を聞いている内にリルちゃんに愛情を感じた……という事?」
マリナがそれには答えを持ち合わせていないという顔をして、そこでクオンがベストアンサーを述べる。
「そういう時に使う言葉として、作品のファンになって、トワの推しはリルさんになったという事かと思いますよ」
ファン、推し……それを聞いてトワは笑う。二人よりも人間らしく、自然にあははははと。
「そっか、私はこの『machine head 著・伊勢周』という作品が好きで、その中でもリルちゃんが好きなんだ。へぇ! マリナは?」
コーヒーに砂糖をスプーンで三杯入れる。真顔のまま寸分狂いない量に満足するとそれをひと啜り。
「岬、理由は宗助との関係。憧れる」
マリナは物事をはっきりという国で創造された為、恥ずかしがることもなく、ラブラブな二人を羨ましいと言った。本作のベストカップル、というかまともにカップルになったのがこの二人くらいしかいない。やはりここでも慎ましい。物語にどっぷりとハマった二人を見てクオンはマスターに注文を通す。
「すみません! 特別なオムライスと、いちごたっぷりのクレープをお願いできますか?」
小さく頷くマスター。トワとマリナを見ると、頗る嬉しそう。何故か作品に登場する食べ物を食べたくなる現象は人型機械端末も同じだという事。
話が盛り上がったところで、クオンのお話は終わり、そこでバトンタッチである。
「じゃあ、次はトワお願いします」
楽しかった話。トワは少し考えてから話だした。
「そういえば、ネニ様の整備中の時に古本屋で、仲良くなった人間の女の子がいたの。その子にもらった本が素敵だったんだけど、その時もクレープを私は食べようとしたんだよね」
睡眠せずとも600時間は動いていられる三人の夜はこれから始まる。
『machine head 著・伊勢周』本作は先月ご紹介していた事もあり、記憶に新しいんじゃないでしょうか? クリスマス、特別な日に特別な料理をいただきながら、今一度楽しんでみるのもオツかもしれませんね!




