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ペットな王子様  作者: 水無月
最終章:王子様と私

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最終話

 寂しさを胸に抱きながらもいつの間にか時は過ぎ、気がつけばラウルと過ごした時間よりも多くの月日が流れていった。

 桜の花は散り、緑輝く夏が訪れようとしていた……。


「夏休み入ったらさ、海でもいかない?」

「そうだな。来年になったら受験でそれどころじゃないしなー」

 放課後、私と蓮は桜子のバイト先のカフェにいた。

 窓越しに街路樹を眺めながらのほほんと会話をしていると、私たちのテーブルの前に誰かが立ち止まる。

「なーに現実逃避してんの」

 呆れた声に顔をあげると、バイトの制服に身を包んだ桜子の姿。営業スマイルを浮かべながら、空になったケーキのお皿を片付ける。

「だって桜子。楽しい事考えた方が、辛い事頑張れるんだよ」

「そう言いながら、さっきから全然進んでないみたいだけど?」

「あう……」

 目の前のテーブルの上に広げてあるのは、中間テスト対策のプリント。

 楽しい夏休みの前に二回待ち受けている最初の試練に、私と蓮はカフェで涼みながら勉強をしていたのだがはかどってはいなかった。

「つかさ、脱線してる俺らより、テスト前までバイトしてる桜子はどうなんだよ?」

「今回に限らずしてるけど、あんたたちより成績下だったことがあったかしら?」

「……はい。ありません」

 軽い反撃を試みようとした蓮だったが、桜子に笑顔で一蹴された。

 留学資金を貯める為にバイト三昧な桜子だが、親に認めさせるために成績もしっかり上位を保っている。人の見えないところで努力しているのだろうが、ちゃんと休んでいるのかと時々心配になる。

「桜子。頑張るのはいいけど、無理はしちゃダメだよ?」

「ご心配ありがと。葵は王子に負けないように、しっかりやんなさい」

「はーい」

 桜子は私の返事にくすっと笑うと、踵を返して颯爽と仕事へ戻っていった。


 卒業の課題は終わったが、学院を卒業する時期はもう少し先らしいラウルは、向こうで勉学に勤しんでいるようだった。

 私からラウルの事を尋ねると寂しがっているとラウルに伝わってしまうのではと我慢しているのだが、どうやら口に出さなくても顔に書いてあるらしい。時折ふとラウルの事を思い出していると、蓮は何気なく向こうの世界の事を報告してくれていた。


 今のところラウルの周囲に不穏な空気はないこと。王子としての生活に戻ったラウルは、以前よりも周囲を思いやれるようになった事。

 それから、ラウルがこちらの世界に足を踏み入れるのはやはり難しそうだという事……。

 私に何かあれば法を破ってでもやってくる気は満々らしいが、国民の模範となるべき王子がそう簡単に違反はできないのを自覚しているらしい。

 ただ会いたいからでは理由にならない。

 そして、違反だとわかっているのに、私がラウルをこちらに呼ぶことも無い。

 だから、ラウルにまた会えるのかどうかはわからない。

 いつか素敵な王子様が必ず迎えに来てくれるなんて夢見るお年頃でもなく、とりあえず、ラウルが元気に頑張っているのがわかればそれでいいと、私は寂しいながらもそれで満足していた。

 

 

「ひまわり、どうする? どうやらここにいても集中できないし、家に帰ってそれぞれやるか?」

「うん。そうしよっか。あんまり長居するのも邪魔だしね」

 集中力の切れていた私たちは、苦笑を浮かべるとテーブルに広げていたノートやプリントなどを片付けた。そして、仕事中の桜子に手を振って店を出る。先に歩き出した蓮は、当然のように私を送る道を選んでいた。

「ひまわり、夕飯の買い物してから帰る? なんなら荷物持ちするけど」

「ありがと。でも、昨日まとめ買いしたから大丈夫」

「そっか。今日の夕飯は何つくんの?」

「えーとねー、エビとアボガドのサラダと、オムライス」

「へー美味そうだな。ラウル、好きそう」

「確かに両方とも好きかも。蓮、代わりにに食べてく?」

「それじゃ、また勉強すすまないし。つか、その前に何度も口をすっぱくして言ってるけど、一人の時に男を家に上げるなって」

「だから、何度も言うけど蓮しかあげてないから」

 いつも通りの、他愛のない会話。

 こんな調子で蓮がラウルの事も何気なく話題にだしてくれるから、ラウルと過ごした日々が夢じゃなくて現実なんだと実感できた。蓮がいなかったら、ラウルと私だけの生活だったら、きっと今頃夢のように思えてきていただろう。蓮がいるから、ラウルに会えなくてもまだどこかでつながっていると思えた。

「って、雨!?」

 雲行きが怪しいとは思っていたが、ぽつりぽつりと振り出した雨に思わず叫ぶ。

 しかし、この辺りは住宅街で避難する店も無い。家までもまだ距離がある。

「ひまわりっ」

 雨雲を睨むように見上げていた私の名を呼んだ蓮は、私の手をとると走り出した。そして、近くの軒先に避難する。

 軒下に入ったとたん、ざぁっと激しく雨が降り始めた。

「さっきまで晴れてたのにな」

「もうすぐ梅雨になるのかなぁ」

「どうだろう? まだ早いんじゃね?」

 二人並んで軒先で並びながら、音を立てながら地面に叩きつけられる雨をしばし見つめる。と、急にはっとしたように息を呑んだ蓮は、ぱっと繋いでいた手を離した。

「わ、悪い。つい……」

「別に手を繋いだくらい、謝ることでもなくない?」

 焦りすぎな蓮に、思わずくすっと笑う。

 そんな私を見て、視線をそらせてぽりぽりと頬をかく蓮。

「まぁ、ひまわりが嫌じゃないならいいんだけど」

「蓮なら、大丈夫だよ」

 そう言って蓮を見つめると、蓮は照れたようにはにかんだ。

 ラウルと出会って、一番変わったのは蓮との関係かもしれないと思った。

 以前から仲がよかったし一緒に遊ぶことも多かったが、最近はさらに一緒に過ごす時間が増えていた。

 ラウルの話ができるというのもあるが、蓮といると何だか落ち着くのだ。

 ドキドキするような恋愛も好きだが、柳くんや阿須田さんの事もあり、今はそんな恋を求める気になれないのも理由の一つかもしれない。

 安心して一緒にいられる蓮と過ごすのが、心地よかった。

「蓮と一緒にいるのは、なんか落ち着くし」

 徐々に弱まっていく雨を見ながら、私はそう呟いた。

 こんな突然の雨宿りも、二人なら嫌じゃなかった。

「……俺も、ひまわりといるとホッとする」

「え?」

 静かな声でそう返した蓮に、私は少し驚いて聞き返した。

 いつもは照れるだけで、そんな事を言うタイプでもない。

 驚いた私を見て、くすっと笑う蓮。

「まぁ、しっかりしてるようで結構ぬけてるから、はらはらする事も多いけどなー」

「別にぬけてないし!」

「本人しっかりしてると思い込んでる辺り、危険だよなー」

「思い込みじゃないし!!」

 私の抗議に、くくっと楽しげに笑う蓮。

 ここでふざけてくる辺りが、まだ子供だと思う。

 もっとこう、その柔らかな空気のままきてくれれば、私ももっとこう気持ちがぐっと……。


 …………ぐっと???


 自分の思考回路に、思わず疑問が浮かび上がった。

 気がねなく楽しく話せる蓮に、ぐっとくる何を求めているというのだろう。

「……ひまわり」

「ん?」

 思わず考え込んでいた私の名を、ゆっくりと呼ぶ蓮。

 顔を上げると、優しい瞳が私をとらえていた。

 じっと見つめるその瞳に、思わずとくんと胸がなる。

「俺……」

 いつもとは違う少し緊張をはらんだ、少し熱を帯びた声。

 他愛の無い会話ではなく、何か特別なことを言われそうな感じだった。 

 私は蓮をじっと見つめながら、言葉の続きを待つ。

 だが次の瞬間、蓮ははっと目を見開くと苦笑を浮かべた。

 そして、いつの間にか雨の上がった空を見上げる。

「えーと……俺、急用を思い出したから、この辺で帰ろうかと思うんだ。雨もやんだし、まだ明るいし、一人で平気だよな?」

「へ? あ、うん」

 明らかに最初の『俺』とは雰囲気の違う内容の言葉に、思わず間の抜けた声をあげてから返事をする私。

 蓮はそんな私を目を細めて見つめてから、先に軒先を出る。

「んじゃ、ひまわりはまっすぐ帰れよ! また明日な!」

「あ、うん。またねー?」

 私はまだ状況が飲み込めず、その場で蓮の背中を見送った。

 どう考えても、絶対に話の内容を変えたとしか思えない。

 真摯な男らしい瞳から一転、えーととか言い出す辺りが怪しすぎる。

「……もー」

 私は小さく息をつくと、明日蓮に聞いてみようと思いながら、家に向かって歩き出した。

 雲間から現れた西日を浴びながら、人気の無い道を進む。

 そして家の傍の、ラウルとはじめてであった場所を通り過ぎた時だった。

「みぃ」

 可愛らしい鳴き声が足元から聞こえ、思わずドキッとする。

 まさかと思いつつ、声のしたほうに視線を走らせた。

 そこにいたのは、小さな黒猫。

「ラ……ラウル?」

 ちょこんと道に座って私を見上げていた猫に、おずおずと尋ねてみる。

 ラウルなら、きっと俺に決まっているだろうと言わんばかりにピンっと尻尾を立てて、私を見上げるはず……。

 だが、目の前にいた子猫は再び小さく鳴くと、興味をなくしたかのようにどこかへ歩いていってしまった。

「そう……だよね」

 去っていく黒猫の姿を見つめながら、苦笑を浮かべる私。

 ラウルがこちらの世界に来ているはずが無い。それにラウルがまた来たとしても、猫の姿のはずが無い。

 わかっているのに、時々期待してしまう。

「駄目だなぁ……」

 小さくため息をついてから、私は再び歩き出した。

 もう、寂しさで泣くことは無いが、絶対に無いと思いつつもラウルと過ごした日々が帰ってくることをどこかで望んでいる。黒猫ラウルと同じような猫を見るたびに、ひょっとしたらと思ってしまう。

 完全な思い出になるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 そんな自分に反省しつつ、近くの公園を通り過ぎた時だった。

「あぁ!?」

「?」

 子供の叫び声が突然聞こえ、反射的に声のしたほうに顔を向ける。と、こちらに向かってサッカーボールが勢いよく飛んできているのが見えた。

 これはよけ切れなくて当たる。

 瞬時にそう判断して、思わず身を硬くして目をつぶろうとした時、視界の端に黒い物体が映った。

「みゃぁぁぁぁ!!」

「おぉぉぉ!!」

 気合の入った鳴き声と共に、空中でサッカーボールにぶつかる黒猫。その小さな前足で見事にボールの軌道を変え、すちゃっと着地した子猫に、子供たちから歓声が上がる。

「やるなー、猫!」

「今のビデオにとってたら、賞金もらえてたよなー!」

「ちびなのに、すげー!!」

「みぃ」

 駆け寄ってきた子供たちに、誇らしげに背筋を伸ばし、ピンっと尻尾を立てる子猫。ちらりと私を見上げ、それから子供たちに向かって少し低い声で鳴く。まるで、私に謝れとでも言っているようだった。

 それに気づいたのか、はっとした子供たちは私にボールをぶつけそうになったことを謝り、ボールを拾うと再び公園の中に戻っていった。

 その場に残った私と小さな黒猫。

 見覚えのある首輪をした黒猫は、ゆっくりと振り向いて私を見上げると、ゆらりと尻尾を振った。

 深く澄んだ緑色の瞳は、何故だか不敵に微笑んでいるように見える。

「……えーと?」

「みぃ!」

 確信を持ちつつも、状況についていけてない私が疑問の声をあげると、黒猫はさっさと行くぞといわんばかりに、先頭に立って向かって歩き出した。私はぱちぱちと目を瞬いてそれが幻じゃない事を確認しながら、子猫の後についていく。

 迷うことなく私の家にたどり着く黒猫。

 というか、もはや間違いなくラウル。

 望んでいたことが突然叶うと、驚きすぎて嬉しさはなかなかやってこないらしい。

 一体何が起こっているのかと首を捻りながら鞄の中から家の鍵を探していると、足元の子猫が早くしろといわんばかりに、前足で人の足をぺしぺしと叩いてきた。

「ちょっと、待ってよ」

「みゃあ!!」

 急かされて慌てて家のドアを空けると、私よりも先にするりと家の中に入る黒猫は、私が靴を脱ごうと身をかがめた瞬間、軽やかにジャンプすると私の唇に頭突きを食らわす。

 久々の痛みに顔をしかめた私の目の前で、ふわりと懐かしい光が現れ、そしてその中から不敵な笑みを浮かべた王子様が現れた。

「まったく、帰りが遅いではないか、ヒナタアオイ! オレがもし、他の人間に拾われて無理やりキスされたらどうするのだ!!」

「いや、だってこっちに来てるって知らないし……」

「この半年で少し背も伸び、中身もずいぶんと成長したからな。猫になっても隠し切れないこの魅力で、待っている間に何度も女子に声をかけられたのだぞ。まぁ、オレは真実の愛を誓ったヒナタアオイ以外、ついていく気もなかったがな!」

「ラウルの隠しきれない魅力以前に、子猫が可愛いから声かけただけだろうけど?」

「それにしてもヒナタアオイは、やっぱりオレがいないと駄目なようだな。ぼーっと道を歩いておるから、危うく怪我をするところだったではないか。まぁ、オレが見事に助けてやったがな!!」

「いや、ボールにぶつかりそうになったのはたまたまで、いつもボーっと歩いてるわけでもないんだけど」

「ところで、今日の夕飯はなんだ?」

 人のツッコミを全てスルーし、自分の言いたいことだけ言って突き進む美少年。慣れ親しんだこのやり取りに、ようやくラウルが本当に目の前にいるのだと、実感がわいてきた。

 とりあえずラウルの質問に答えつつリビングに移動すると、ラウルの好きな甘めのミルクティーを入れ、ソファに向かい合って座る。

「えーと……なんで猫?」

 一番の疑問を口にすると、ラウルはミルクティーのカップを置き、わざとらしくため息をついた。

「もう一度、父上にまったく同じ魔法をかけられたのだ」

「え? なんでまた?」

 誰かにキスされたら云々で、前と同じ魔法をかけられたのはわかった。

 だがそれは、少し不安になるものでもあった。

 卒業試験は終わったはず。ならば、またラウルを狙う人物が現れて、阿須田さんの時と同じように犯人をおびき出すためにかけられたのだろうか?

 しばらく会えないと思っていたラウルが同じ状態で来たことに、また同じことが起こったのではと心配になる。

 だが、私のそんな表情を見たラウルは、ふっと微笑んだ。

「案ずるな、ヒナタアオイ。今回は誰にも狙われておらん」

「でも、この前もラウルは狙われてるのは知らなかったじゃない」

 言い返した私に、むっと唇を尖らせるラウル。

「そう何度も騙されはせん! ただの卒業試験のやり直しだ」

「やり……直し?」

 予想外の言葉に、私は首をかしげた。

 ラウルは不服そうに、でも口元が少し緩んだまま話を続ける。

「もう、成績一位、最年少での卒業は決定だったのだぞ。だが卒業の日が目前になって、真実の愛で魔法を解いたのは素晴らしいことだが、自分で解けなかったのは残念だと父上が言いはじめてな。オレがやればできると言い返したら、だったらやってみろとなってだな」

「ただの親子喧嘩?」

 キョトンとして訊ねると、ラウルはぷぅっと膨れた。

「ただのとはなんだ! いくら父上といえど、プライドを傷つけられてそのままにしくなど、男が廃れるだろう!!」

 男らしく憤慨するラウル。

 唇をとがらせているその可愛らしさに、思わず笑ってしまう。

「ヒナタアオイ、何を笑っておる!」

「いやいや、ごめん。ラウルだなーと思って」

 私の答えに再びすねた表情を浮かべたラウルだったが、すぐにふわりと微笑んだ。

「まあよい。ようやく、ヒナタアオイの笑顔が見れた」

「え?」

 言われて、気づく。

 そう言えばラウルが現れたことに驚きすぎて、笑顔を忘れていた。

 ラウルは笑顔が見れたことで落ち着いたのか、もう一口ミルクティーを飲むと、ゆっくりと説明を始めた。

「それで、今度は自力で魔法を解いてみせろと再び同じ魔法をかけられることになったのだ。が、これは女子にキスされなければならないであろう? 真実の愛を誓った相手がいるのに、他の女子にキスされるわけにもいかぬ。だから、魔法が解けるまでの間こちらに来ることになったのだ」

「なるほど、ね」

 嬉しそうに私を見つめるラウルを見て、私はようやく事の次第を理解した。

 これはきっと、この数か月頑張っていたラウルへの両親からのプレゼント。何か理由をつけなければこちらに来れないラウルに、強引に理由をつけてあげたのだ。こっちに王族が来るのは違法らしいのに、そんな事を気にしないのがラウルの両親らしい。

「……嬉しくないのか、ヒナタアオイ?」

「え?」

 私のリアクションがことごとく薄いので少し不安になったのか、小首を傾げて尋ねるラウル。

 私は小さく微笑むと立ち上がり、ラウルの隣へと移動した。

 そして、じっと見つめるラウルをがばっと抱きしめる。

「馬鹿ね、嬉しいに決まってるじゃない。嬉しすぎて、びっくりしてただけよ」

「…そうか」

 腕の中で、ラウルのホッとしたように呟く声。

 頬に触れるラウルの柔らかな髪が、その身体の温もりが、本当にラウルがここにいるのだと教えてくれる。

 嬉しさが、胸いっぱいに広がっていた。

「そんなに喜ぶなら、仕方ない。今のオレならすぐにでも解除魔法ができるだろうが、ヒナタアオイのためにゆっくりと考えてやろう」

「ずるする子は嫌いだけど?」

「むぅ……。素直でないのぅ」

 真顔でじっとしばし見つめあい、それから二人して笑う。

 しばらく離れていたはずなのに、あの時と変わらないやり取り。

 それが、すごく嬉しかった。

「まぁそれはとりあえず置いておいて、ヒナタアオイ。腹が減ったぞ。そろそろ夕飯を作ったらどうだ?」

「うわ、やっぱり食が中心だし」

「オムライスだったな。さっそく作るぞ!」

「はいはい」

 嬉しそうにキッチンに向かうラウルを、私は笑顔で見つめる。

 と、メール着信音が聞こえ、私は携帯を開いた。

 届いたのは、蓮からのメール。


『ラウルをよろしく。でも、甘やかさなくていいからな』 


「そっか、気づいてたんだ」

 突然話題を変えて帰ったのは、きっと甥っ子の存在に気づいたからだろう。久しぶりの再会を邪魔したくなくて、私を送らずに帰ったに違いない。

 蓮がよろしくというからには、今度は本当にラウルに危険は無いのだろう。

「了解っと……」

「ヒナタアオイ、何をしておる!! 早く作るぞ!!」

「はーい! 今行くから!」

 蓮に短い返信をしてから、私は急かすラウルの元へ足早に歩いていった。

 そして、二人で料理を作り始める。

 前と同じ、自然と笑顔の浮かぶ、楽しい時間……。

 

 大人になったラウルが迎えに来てくれるかどうかはわからない。

 でもそんな未来の事よりも、今、この小さな王子様と再び一緒に過ごせることの方が、よっぽど嬉しかった。

 きっと、また短い時間しか一緒にいられないだろう。

 でも、もう得られないと思ったかけがえの無いこの時間を、大切にしたいと思った。



これでひとまず完結です。

最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました!


2013.12.23 20:10 改稿

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