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ペットな王子様  作者: 水無月
最終章:王子様と私

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第65話

 夢の中でも、別れの朝の事を考えていた。 

 朝ごはんはラウルの好きなフレンチトーストにしよう。

 ラウルの迎えが来るまで、学校をサボってしまおうか?

 しばらく会えなくなるんだし、それくらい許されるだろう。

 ラウルが去るとき、最後に何を言おう。

 思考のまとまらないまどろみの中で、想いだけが巡る。

 そして、私は緩やかに目を覚ました。

「……ラウル?」

 ゆっくりと開いた瞳に、ラウルは映らなかった。

 自分しかいないベッドと部屋。

 早く目が覚めてリビングにでもいるのかもしれない。

 そう思いながら私はのそっと起き上がり、そして時計を見て固まった。

「九時……半!?」

 意図的にサボる前に、既に遅刻な時間。

 アラームに気づかなかったのかと慌てて目覚まし時計を見ると、止めた記憶もないのに停止ボタンが押されている。さらには、携帯までご丁寧に電源を切られていた。

 自分以外でこんなことをするのは、当然ラウルだけだろう。ぐっすり眠っている私を気遣ってそうしたのかと、苦笑を浮かべながら私はベッドを降りた。

 そして、机の上に紙が置いてあることに気づく。

「『むかえがきたのでかえる。またな』。……はぁっ!!??」

 手紙に書かれたへたくそな字を読み上げ、私は短く叫び声を上げた。

 物凄く簡素な、別れの手紙らしきもの。

 何かの冗談かと思い、身支度を整える前に家の中を一通り探してみる私。

 しかし……。

「って、ほんとにいないし!!」

 ラウルの姿はどこにもなく、お土産に持って帰るといっていたクッキーも綺麗さっぱりなくなっていた。

 どうやら、王子様は本当に帰りやがったらしい。

 最後の最後に、これはあり?

 朝起きたら『ちょっと買い物行ってきます』くらいの気軽な報告レベルの置き手紙残していなくなってるって……どうなのよ?

 昨日一日でお互い心の整理はついていたとは思うが、だからっていきなりいなくならなくてもいいと思う。

 お別れの挨拶くらい、ちゃんとするのが普通だろう。


 ……………。


 予想外すぎてリビングで一人たたずみ、しばし呆然とする私。

 だが、時計の針が十時を指したのが目に入り、はっと我に返る。

「って、無駄に遅刻だし! もうっ! 目覚まし時計とか、気の使い方が間違ってるからっ!!!!」

 もういないラウルに向けて大声でツッコむと、私は慌てて身支度を整え、学校へ向かったのだった。



「それはまぁ、予想外な展開だったねぇ」

「予想外というか、ありえないし」

 昼休み。私と桜子は屋上に来ていた。

 屋外は寒い季節だが、今日のように天気がいいと太陽の光が心地よい。

 暖かな陽射し浴びつつ購買で買ったパンをかじりながら、私は事の次第を桜子に話していた。

「今日は珍しく重役出勤だったから、王子が帰るまで一緒にいたのかと思ったら……ただの寝坊だったとはね」

「昨日ぐっすり眠れなかったから、目覚まし無しで起きれなかったんだもん」

 くすっと笑った桜子に、ふてくされながら答える私。

 学校にたどり着いたのは、三時間目に入ってからだった。

 遅刻の言い訳も思い浮かばず、盛大な寝坊に皆から笑いを貰う始末。

 イメージしていたものとは全く違う朝となっていた。

 はぁっとため息をついた時、屋上の扉がガチャっと音を立てて開いた。

「おっす、ひまわり! 今日はずいぶんとゆっくりご登場だったみたいだ……な?」

 明るい声でそう言いながら屋上にやってきた蓮は、私の表情を見て最後はキョトン顔で私を見つめた。どう見ても、気持ちよく別れを告げてきた人には見えなかったのだろう。

「えーと、あれ?」

「最後まで王子は王子らしかったみたいよ?」

 戸惑い顔で私たちの元まで歩いて腰をおろした蓮に、桜子が笑いを含んだ声でそう告げる。

 怪訝な顔をした蓮に、私は先ほど桜子に話したことをもう一度繰り返した。

 昨日の過ごし方。そして、今朝起きた時の事。

 それを聞いた蓮は、あぐらから正座に座りなおすと、ご丁寧に頭を下げる。

「うちの甥っ子が、最後までご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」

「いや、別にいいんだけどさ」

 人に話したことで少し落ち着きを取り戻した私は、蓮の馬鹿丁寧なご挨拶にようやく笑顔を取り戻した。それを見て桜子も口元に笑みを浮かべる。

「ホントは、王子が何も言わずに帰った理由、なんとなく想像ついてるんでしょ?」

「うーん。まぁね」

 そう聞くということは、桜子もわかっているのだろう。

 あぐらに座りなおした蓮も微苦笑を浮かべている辺り、きっと気づいている。

「改まってお別れ言ったら情けない顔を見せそうで、きっと嫌だったんだろうね」

 明日が別れの時と知ったとき、寂しそうな背中を見せたラウル。

 いつも通りに振舞っていたものの、きっと別れを惜しんでくれていたのだと思う。

 だからこそ、迎えが来た時に改まって互いに言葉を交わしてしまったら、今から本当に会えなくなるんだと実感してしまったら、寂しさがあふれ出てしまいそうで、嫌だったのだろう。

 万が一泣き顔なんて見せたら、男が廃るとでも思っていそうだ。

「改まって別れを告げるより、何でもない風に別れたほうが、またすぐに会えるような気がするしね。王子も、そう思いたかったんじゃない」

「うん。だから『またな』なんて書いたんだろうし」

「さよならだと、ちょっと寂しいからな」

 ラウルを思い浮かべながら、三人で微笑を浮かべた。

 

 突然現れて、突然去っていった王子様。

 昨夜の少し長いキスが、ラウルにとって別れの挨拶だったのかもしれない。

 ラウルらしいな、と思う。


 ラウルのキスを思い出し、そっと自分の唇に触れる。

 そして、上に広がる青空を見上げた。

 地球上にいるのなら、この空はラウルに繋がってると感傷に浸れるところだが、さすがに異世界にはこの空は繋がっていないだろう。

 でも、似たような空の下で、元の生活に戻ったラウルは、だらけた生活ともおさらばして頑張り始めるはず。

  

 どんなに離れてても、ラウルの事、ずっと見守ってるからね。


 直接言えなかった言葉を、心の中でそっと呟く。

 優しく吹いた風が、その言葉を異世界にまで届けてくれることを祈りながら……。


「ところでひまわり。今日、カラオケでもどう? カラオケ以外にも、他にも色々ご用意しておりますけど」

 昼食を食べ終わったところで、蓮はそう言って、例のハンカチからさまざまなクーポンなどを取り出した。

「おや、気が利くわね」

 桜子も乗り気で、蓮の出したクーポンなどを手に取っている。

「あれ? 今日桜子はバイトが……」

「今日は休み」

 最後まで言い切る前に、言葉を重ねる桜子。

 だが、この間聞いた時は絶対にバイトが入っていたはず。

「夕飯、ここがいいらしいんだけどさ、どう? 安くてうまいらしいぜ」

「へぇ。行ったことないし、行ってみる?」

 いつものような遊びのお誘い。

 でも、いつもとは少し違う。

 二人とも、独りになった私を気遣ってくれている。

「そうだね。夕飯はそこにしよっか。じゃ、その前に行く場所は……」

 私も身を乗り出して、笑顔で遊び場所を決め始めた。

 心の中に、ぽっかりと穴が開いたような感覚はあった。

 だけど、こんなにも優しい友人が傍にいてくれる。

 

 私も頑張るよ。


 心の中でラウルにそう告げながら、私は二人の大切な友人と談笑を楽しんだのだった。


2013.12.23 18:20 改稿

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