第63話
「さて、何しようか、ラウル」
昼食の片付けを終えてそう尋ねると、ラウルは軽く眉根を寄せた思案顔で腕組みをした。
一緒に過ごせる最後の日。
ラウルが望むものは何なのかと思って返事を待っていると、ラウルは何か思いついたのか、大きな瞳で私を見上げた。
「くっきーを作るぞ」
「クッキー?」
「うむ」
予想外の言葉に問い返した私に向かい、ラウルはこっくりと頷いた。そして、口元に笑みを浮かべ私を見つめる。
「くっきーならば、帰った後もしばらく食べれるであろう? 他の物はあまりもたないようだからな」
「……餌付けか?」
遊びに行きたいとか何かやりたいではなく、持って帰れるお菓子をご所望の王子様に、懐かれた理由はそれだったのかと思わずぼそりとツッコむ。だが買ってくるのではなく一緒に作ろうという辺り、こちらの世界のお菓子が食べたいわけではなく、私と作ったものが食べたいということだろう。
それならば、嬉しい事だ。
「何か言ったか、ヒナタアオイ?」
「何でもない。じゃ、ちゃっちゃと用意しよ!」
「うむ!」
嬉しそうに返事をしたラウルに笑顔を向けてから、クッキー作りを開始する。以前にもラウルと作ったことがあるのだが、その時は料理に不慣れだったラウルはなかなか個性的なクッキーを仕上げていた。しかし、だいぶ料理も上手になった今のラウルは、お菓子作りも見ていて安心感がある。
やる気さえあれば、何をやっても飲み込みの早かったラウル。
こちらではずいぶんぐうたらしたりもしていたが、きっと立派な世継ぎになるのだろう。こうやって見ているとただの子供と変わらないが、その小さな肩には大きなものを背負っているのだ。
「ねぇ、ラウル」
「なんだ?」
一生懸命生地を作っているラウルの横顔を見ながら、私は口を開いた。
ラウルは生地と奮闘しながら、こちらを見ずに答える。
「お城に帰って……大丈夫なんだよね?」
「なんだ寂しいのか、ヒナタアオイ?」
「誰もそんな事言ってないし」
私の問いにニヤリと笑みを浮かべたラウルに、びしっと言い返す私。
だが、ラウルはふふんと嬉しそうな笑みを浮かべている。
「そうじゃなくて、もう本当に危なくないのかと思って聞いてるの」
ラウルの背負うものを考えた時、ふと不安になったのだ。
今回は阿須田さんがアリッサムを思った故の自爆テロ的な犯行だったが、阿須田さんをそのように誘導したイベリスは何の罰則も受けずに健在なのだ。もしまた狙ってる人がいたらと考えると怖くなる。
離れても、ラウルが元気ならいい。
でも、もし……。
「心配するな、ヒナタアオイ」
表情の曇った私に、不敵な笑みを向けるラウル。
自信に満ち溢れた瞳で私を見つめ、ラウルは言葉を続ける。
「イベリスの様な過激な事を考える者のはごく僅かだ。多くの者は俺を慕っている。それに、命を狙うほど度胸のある者が、そうそういるとは思えんしな」
「度胸の問題か?」
思わずツッコんだ私に、ラウルは僅かに目を細めた。
それは、笑ったというよりも、少し寂しげな表情。
「第一継承者の命を狙うという事は、自分の命も捨てるようなものだと皆わかっておる。自分の地位や名誉どころか、命を捨てる覚悟のある者が多いとは思えん。オレを王位につかせんと考えるような輩は、自分の保身を第一に考えるような奴らだ。そんな危険な手段にはでないだろう」
「でも、それって……」
命は狙われなくても、何かよくない事に巻き込まれる可能性はまだあるという事だろう。ラウルの住む世界がどんな所か聞いたところで本質までは理解できないと思うが、子供がのびのびと育てるような環境ではないことは確かだ。
そんな場所に、ラウルは帰っていくのだ……。
「だから、心配するなといってるであろう。人よりも多くの物を持って産まれたのだ。それ相応に乗り越えなければならないものも多くて当然。それに、オレはそれを乗り越える才能も持ち合わせている。心配せずとも、オレは歴代で一番と謳われる立派な王になってみせる。だから安心して嫁に来ればよい」
「……はい?」
しんみりと聞いていた私は、ラウルの最後の言葉に間を置いてから疑問詞を投げかけた。どうも、おかしな言葉を耳にしたような気がする。
「人並み以上の魔法の使い手の母上でさえ、王家の血筋ではないというだけで色々あるのだ。魔力を持たないヒナタアオイを妻にするには、父上以上の王にならねば皆を納得させられぬからな。姑息な手でオレを落としいれようとするような小者にはかまってられん。国民の為に優れた王となり、ヒナタアオイを王妃にするのだ!」
「いやいやいやいやっ!」
一人満足げな笑顔を浮かべているラウルに、思いっきり否定する私。昨日も似たようなことを言っていたが、どうやら本気だったらしい。
ラウルは何が言いたいのだと言うように、小首を傾げて私を見つめている。
「何で私が異世界の王妃になるわけ?」
「何を言う。真実の愛を築いた相手と結婚するのは当然であろう?」
「いや、築いてないし。つか、真実の愛がどーのこーのは、お父さんの嘘だったわけでしょ?」
私の言葉に、ラウルは半眼になるとふんっと鼻を鳴らした。
「たとえどんな事情があろうと、ヒナタアオイと真実の愛に目覚めると決めたのだ。男に二言はない!!」
「二言があるとかないの問題じゃないと思うんだけど」
都合の悪いことは聞こえないのか、ラウルは何故か勝ち誇った笑みを私に向けている。
色々と背負った王子様のようで、やっぱりわが道を突き進むラウル。
どこまでが本気なのか、いまいちわからない。
だがどうやら、私を嫁にすると言うのは今のことろやる気満々のようだった。
「父上が母上を守ったように、オレもヒナタアオイを守れる男になる。昨日のように不覚をとって泣かせたりしないように、城に戻ってもっと色々と学ぶのだ。だから、寂しくても少し辛抱するのだぞ。必ず迎えに来るからな」
「私の意見は聞かないんかい」
決定事項のように言ってのけたラウルに一応突っ込んでみるものの、見事にスルーするラウル。言いたい事を言ってすっきりしたのか、満足げな笑みを浮かべたままクッキー作りに再び集中し始める。
「なんだかなぁ……」
背負ってるものを隠して、わが道を行こうとする王子様を、私は微苦笑を浮かべて見つめた。
いくら異世界やら魔法を受け入れた私でも、異世界に嫁にいけると思えるほど常識がずれているわけではない。
だけど、ラウルが私を嫁にすることを目標にあっちの世界で頑張れるなら、大変なことや辛いことを乗り越える為の支えになるのなら、否定することもないと思った。
「自分のためだけじゃなくて、国民みんなの事を考えられる王様じゃないと、お嫁には行きたくないんだけどな」
「何を言っておる。国を、国民を大切にする者でなければ立派な王とは言えんだろう。当然、オレはそのような王になる。安心して待っておれ」
「はいはい」
やる気満々の笑みを浮かべたラウルを見て、微笑む私。
その私の手元を見て、ラウルははっと目を見開いた。
「ヒナタアオイ! それは何だっ!?」
話しながらものそのそと手を動かしていた私は、ココアの入った生地でクッキーをつくていた。
話と自分のクッキーに夢中だったラウルは、私が作っていたものにようやく気づいたらしい。
「え? 黒猫さんクッキー」
「そんな技も持っておったのか、ヒナタアオイ!!」
猫型のクッキーを見て、キラキラと目を輝かせるラウル。
どうやら、今まで話していたことが吹っ飛ぶほど、自分もやってみたいと興味をそそられたらしい。テンションの上がったラウルに作り方を教えつつ、私たちは残り少ない時間を楽しく過ごしたのだった。




