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ペットな王子様  作者: 水無月
第十章:王子様と憧れの人

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第61話

 それから数時間後。

 罰として桜子から掃除を命じられた彼らは、桜子の厳しい監視のもとに掃除を続けていた。

 蓮は家の手伝いをきちんとしているのか、一番手慣れた手つきでリビングを隅から隅まで掃除していた。壁まできっちりと掃除してくれている。 

 背の高い阿須田さんは、キッチンの換気扇や、風呂場の壁や天井など私が普段手が届きにくいところを黙々と掃除してくれていた。他の事を考えないようにするためか、一番掃除に集中している。こちらの世界にいた時にしていたのか、蓮に次いで手際がよかった。

 ジニアさんは一番掃除に慣れておらずやる気もなかったが、桜子の厳しい指導と監視付きで寒くて暗い中、庭と庭に面した窓ふき&壁掃除をさせられている。実は一番過酷なのではないだろうか。

 ラウルは床や廊下や階段を拭き掃除してくれていたのだが、普段の就寝時間をとっくに過ぎている事と、今日色々あった疲れからか、掃除をしながら船をこぎはじめていた。

 さすがにもう十分だろうと思い、桜子にもう終わらせてもらうように頼むと、私は全員ぶんのハーブティーを用意した。

「お疲れ様でした」

 ぐったりとした様子でソファに座る四人の前にそれぞれ温かなハーブティーを淹れたカップを置くと、四人はほっとした様子でそれを手に取った。

「本当に疲れました。はぁ、癒される香りですねぇ」

 ジニアさんに同意だと言わんばかりの表情で蓮もハーブティーに口をつけ、小さく微笑んだ。少しは疲れをとるのに役立ってくれそうだ。

 阿須田さんも静かにそれを口にし、肩の力を抜いている。

 ラウルはといえば、私の隣でカップを手にしたままぐらぐらと揺れていた。起きているのが限界に近いらしい。

「桜子さん、これでもう本当に許していただけますかね?」

 よほど厳しい指導を受けたのか少し怯えた眼差しで訊ねたジニアさんに、桜子は口角を僅かに上げる。

「反省したのなら、いいんじゃないかしら?」

「えぇ、深く反省いたしました。今後はもう二度と、葵さんを泣かせることだけはいたしません」

「わかったならいいのよ」

 ふふふふっと妙な微笑みあいをしている二人に微苦笑を浮かべつつ、私はラウルの手からカップをとりあげると、ふらふら揺れている頭を膝の上に導いた。抵抗することなくぽてっと横になったラウルは、そのままスヤスヤと寝息をたてはじめる。よっぽど疲れていたに違いない。大人のような言動はするものの、寝顔はまだ可愛い子供そのものだ。

「ひとつ訊ねてもよろしいでしょうか?」

 ラウルが眠ったのを見て、阿須田さんがおずおずとジニアさんに訊ねた。

「なんですか?」

「ラウル様をこちらの世界に送ったのは、私を密かに捕えるためですか?」

 それだけの為にこんなことを? と言いたげな阿須田さんに、ジニアは小さく笑う。

「まさか、そんなわけないでしょう。ユリアさまは自分が育った街を見せてあげたかった。王は、魔法界で見つけられなかった大切なものを見つけたこの世界をラウル様にも体験してほしかった。それが一番の理由。あなたはそのついでです。そうじゃなければ、ラウル様にプレッシャーのない世界でのびのび過ごしてほしいというお二人の想いを叶えてくれた葵さんに失礼でしょう」

「そう、ですか」

 阿須田さんは、少しほっとしたように微笑んだ。ラウルまでが自分のせいで利用されていなくてよかったと思ってくれているようで、私もほっとする。やっぱり阿須田さんは悪い人なんかじゃないのだ。

「それにしても、葵さんには全て丸く収めていただいて、本当に助かりました。おかげで、最終手段を出さずにすみました」

 ラウルの寝顔を優しく見つめながら話し始めたジニアさんに、カップを両手で持ちながら顔をしかめた蓮が尋ねる。

「最終手段?」

 嫌な響きの言葉に、阿須田さんのも不安げな表情を浮かべる。しかし、ジニアさんは楽しげだ。

「はい、最終手段です。アスターのきき分けが悪かった時の必殺技。『私がアリッサムに求婚しますよ』攻撃です」

 朗らかに言った言葉に、阿須田さんの綺麗な顔が思きりひきつる。

「アリッサム様は、まだ七歳ですよ!?」

 阿須田さんの叫びに、口に含んだばかりのハーブティーをぶっと吹き出しかける蓮。ゲホゲホと咽ている。ジニアさんは気にした様子もなく、優雅な仕草でハーブティーを一口飲んだ。

「年齢は関係ないでしょう。あと五年……いや、十年もたてば十分食べごろですよ」

「五年で一回悩む辺りが、変態の変態たる所以ね」

 凍りついた阿須田さんとひきつった蓮とは違い、冷めた口調で呟く桜子。しかし、ツッコむべきは他にも大量にある気がする。

 食べごろってなんだ、食べごろって……。

 若者たちがひいているのもお構いなしに、ジニアさんは楽しげに続ける。

「十年たっても私はまだまだ子どもが作れる年齢ですからね、歳の差は関係ないですよ、アスター? 私からの求婚に、アリッサムに拒否権はないですし? それに、ラウル様と結婚する不安も消えて喜ばしいことじゃありませんか」

「そ、それは……」

 否定したいのに否定できないのか、困り顔で言葉につまる阿須田さん。私はラウルの頭を撫でながら、呆れ顔の蓮にどういうことか説明を求める。

「さっき位が上のものの求婚は断れないっていってただろ。自ら放棄しているとはいえ、これでもこいつ、本来は王位継承権も持ってるくらいの立場の王族だし、貴族のイベリスの孫には断る権利ないだろうな。残念だけど」

「そ、そうなんだ……」

 青ざめている阿須田さんに同情の眼差しを送ると、ジニアさんは意地悪な笑みを浮かべた。

「あなたの守ろうとしている国はそういう所だと自覚しなさい、アスター。古くからの規則が正しいとは限らないと思いませんか?」

「それは……」

「イベリスへの嫌がらせでアリッサムを私のお嫁さんにできる制度を、正しいとでもお思いですか?」

「…………」

 完全に沈黙する阿須田さん。

 嫌がらせで結婚できる制度ではないんじゃないかと心の中で突っ込んではみるが、阿須田さんが今の国の在り方を考えるきっかけになるのならいいのかな、と思って黙っておく。

 桜子も似たような考えなのか、黙って見守っていた。

「さて、美味しいハーブティーもいただいたことですし、そろそろ魔法界へ帰るといたしましょう。アスター、あなたも一緒にきなさい」

 ジニアさんの必殺技の衝撃からようやく抜け出せたのか、阿須田さんは返事をすると、ゆっくり立ち上がったジニアさんにならうように立ち上がった。ジニアさんは立ったまま、すやすやと眠るラウルの横顔を見つめる。

「ラウル様には、明後日迎えに参りますとお伝えください」

「……え?」

 突然自分に向けられた言葉の意味が理解できず、私は一拍置いて聞き返した。

 ジニアさんは細い目で私を真っ直ぐに見つめる。

「どんな形であっても魔法は解けた。ラウル様の卒業試験は終わったのですよ、葵さん」

「あ……」

 私の中を衝撃が走りぬけ、ラウルの頭を撫でる手が止まった。桜子や蓮が気遣うような眼差しを送ってくれていることも気づかぬまま、茫然とジニアさんを見つめ返すしかできない。

「明日はラウル様とごゆっくりお過ごしください。それでは……」

「皆様、申し訳ありませんでした」

 私を心配そうに見つめ、申し訳なさそうに頭を下げた阿須田さんを連れ、ジニアさんはすぅっと姿を消した。ただ姿を消したのか、向こうに帰ったのかはわからない。ただ、いつものメンバーだけが残された。

「ひまわり?」

 しばらし動かない私を心配した蓮に声をかけられ、私はようやく我に返る。

「え? あ、うん」

「いや、何がうんかわからないし」

 私の反応に、苦笑を浮かべる蓮。桜子は、優しい眼差しで私を見つめる。

「今日はもう何も考えずに休んだら? で、明日一日ゆっくりと王子と過ごした方がいいんじゃない」

「うん。そうだね……」

 ぐっすりと眠っているラウルの頭を撫でながら、私はそう言うのが精一杯だった。

 ラウルがこちらの世界にいる理由がなくなった今、ラウルが元の世界に帰るのは当然の事だ。だけど、私にとってラウルと一緒に暮すことが、いつのまにか当たり前のようになっていた。だから魔法がとけてしまったとわかっていても、ラウルがいなくなるという実感はなかった。

 さっき、ジニアさんが迎えにくると言うまでは……。


「じゃ、俺がラウルをベッドまで運ぶよ」

「あ、うん。お願い」

 気遣うような蓮の瞳に笑顔を浮かべたものの、自分でもぎこちないものだとわかる。

 ラウルが命を奪われるかもしれないと思ったときとは少し違う、胸の苦しさ。

 それを、隠し切れなかった。


「今日も一緒に寝るわけ?」

 二階の私の部屋の前までラウルを抱きかかえてきた蓮は、微苦笑を浮かべながら尋ねた。

 いつもは猫姿のラウルだったが、魔法が解けた今、少年の姿のラウルと寝る事になる。今までは、いくら子供とはいえ、人間の姿のラウルと寝ることは少々抵抗があったが、今日ばかりはそんな思いはなかった。

 少しでも、一緒にいたいと思った。

「うん。もうすぐ……お別れみたいだし」

 精一杯平気なふりをしたつもりだったが、声に力もなく、表情も笑顔を浮かべ切れなかったのだろう。蓮のほうが切なげな表情になって私を見つめていた。それ以上何も言わず、ラウルをそっとベッドに横たえる。

「ありがと、蓮」

「どういたしまして」

 優しく笑んだ蓮と共に、私は一度部屋を出た。

 それから一緒に階段をおり、蓮と桜子を玄関まで見送る。

「じゃ、またな」

「何かあったら、連絡しなさいよ」

「うん。ありがと」

 元気のなくなった私を気遣ってくれた二人が帰っていくと、さらに寂しさが襲ってきた。

 ラウルが明後日にはいなくなってしまう。

 違う世界だとしても、たぶんもう二度と会えないわけじゃない。

 ラウルと過ごした思いでも消えるわけじゃない。

 だけど、もう二人の生活が出来なくなってしまうと思うと、いつかこんな日が来るとわかっていたはずなのに、どうしようもなく寂しかった。

「……いかんいかん」

 私は自分を奮い立たせるように、一人でふるふると首を振った。

 そして、気持ちを入れ替えようとシャワーを浴びに浴室へ向かう。

 一緒に過ごせる最後の日だからこそ、明日は一日笑顔で過ごさなければいけなかった。

 だいたい、別れが寂しくて湿っぽい顔など見せたら、ラウルがつけあがるに決まっている。

「絶対『そうか、オレがいないとヒナタアオイはそんなに寂しいのか』とか、勝ち誇って言うに決まってるんだから」

 シャワーを浴びながら、一人ラウルの物まねをする私。

 小生意気に勝ち誇られるのはしゃくだと思うことにし、寂しさを胸の奥にしまいこむ。

 それから部屋に戻ると、ぐっすりと眠っているラウルを起こさぬよう、静かにベッドにもぐりこんだ。

「明日は何しようか?」

 返事が返ってこないとわかりながらも、ラウルに問いかける私。

 最後だからといって、態度を変えるのはやめておこう。

 何をするとしても、今まで通りの二人で過ごそう。

 笑顔で楽しく、そしてラウルが何かをしたらびしっと突っ込んで……。

「おやすみ、ラウル」

 ラウルの小さな手をとってそう言うと、私も目を閉じ、眠りについたのだった。



2013.12.23 17:02 改稿

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