第60話
「アスターは言い訳が嫌いなようなので、私が説明いたしましょう」
苛立たしげに顔をしかめていたラウルに、ジニアさんが楽しげに提案する。蓮はジニアさんの胸ぐらをつかんだままだったが、話は聞きたかったのか乱暴にその手を放した。
ジニアさんは一口紅茶を飲んでから、目を伏せている阿須田さんを見つめながら話し始めた。
「まず、アスターが桜子さんにかけた魔法ですが、わざわざ複雑な魔法に構成にしていかにも危険そうな雰囲気を醸し出させておりましたが、ひも解けばあれはただ眠らせるだけの魔法ですよ。桜子さんも、眠っていただけとおっしゃっていたでしょう?」
「な……」
蓮は驚いて息をのんで阿須田さんを見つめたが、その表情でそれが事実だと悟ったらしい。がっくりと力なく項垂れる。
「アスターの演技と複雑な魔法の構成に騙されましたね、蓮坊っちゃん。あれくらいすぐに見抜けないようでは、守護者としてまだまだですよ」
「…………」
悔しそうに唇を噛んでいる蓮。守護者の仕事を誇りをもってやっているからこそ、悔しいに違いない。
ラウルはそんな蓮を一瞥し、目を伏せたままの阿須田さんの心を覗き見るようにじっと見つめている。ジニアさんはラウルの横顔をちらりと見つめ、説明を続ける。
「ラウル様の命を狙った件ですが、これも演技でしょう。己の命を捨てる覚悟は本物でしょうが、ラウル様の命を奪う気など最初からなかった。国の将来を思い、ラウル様の命を狙った者がいると、ユリアさまに届けばよかった。自分のせいで未来ある者が処罰を受けて命を失うことにユリアさまが何よりも胸を痛め、責任を感じると知っているから。だから蓮坊っちゃんには何もしなかったのでしょう? 証人になってもらう為に」
阿須田さんは、否定も肯定もしなかった。目を伏せ、ただ静かにそこに座っている。
「そうなのか? アスター」
「ラウル様の命を狙ったのは事実です。罪は罪です」
ジニアさんの言う通り、阿須田さんは一切言い訳をするつもりはないらしい。ラウルも蓮も、怒りと困惑が入り混じった複雑な表情で阿須田さんを見ている。
そんな中、冷静な眼差しで阿須田さんを見つめていた桜子が口を開く。
「自分の命をかけてまで王子の命を狙えば、蓮のお姉さまが責任を感じて王妃の座を退くと思ったんでしょうけど、その理由は何?」
その答えは言い訳にならないと考えたのか、阿須田さんは澄んだ眼差しで桜子を見上げた。
「それは、これからの国を憂い……」
「そんな建前を聞いてるんじゃないんだけど」
「え?」
桜子にぴしゃりと言われ、戸惑いの声を上げる阿須田さん。阿須田さんの心を見透かすようにじっと見つめている桜子を、他の四人が驚いたように見つめる。
「国の為? それだけで自分の命を捨てられる人間なんて、いやしないわよ」
「そんなことは! 国の将来は、それだけなど言われる様に軽いものではありません」
阿須田さんが珍しく怒ったように言い返したが、桜子は全く怯まない。
「そう、軽くはないし、大事なものよ。だけど、今現在国が傾いてるわけでもないんでしょ。不確定な国の未来の為に命をかける? あなたはそんな狂信的な人間には見えない。建前の裏に、他の理由が必ずあるはずよ」
「っ……」
桜子の強い眼差しと言葉に、阿須田さんは息をのんだ。全てを見透かしそうな視線から逃れるように、絨毯の上に視線を落とす。
「人が動く理由なんて、つきつめれば自分自身や自分の大事な人の為よ。国が大事なのも、自分や大切な人がそこにいるからでしょう。あなたが命を懸けようとしたのも、もっと個人的な理由があるわよね? それを聞いてるんだけど」
問い詰める桜子に、阿須田さんは答えない。膝の上に置いた手をギュッと握りしめただけだ。桜子は獲物を見つけた肉食獣のように、じわじわと追いつめていく。
「自分は生き延びる計画で王子を狙ったのなら、出世が目的とも考えられるけど、処罰を受ける覚悟だったんでしょう? だったら違うわよね。身を滅ぼしてもやり遂げたいこと。そうなると……」
「復讐、か?」
桜子が言葉を遮る様に、ラウルの硬い声が割り込んだ。重い言葉に、蓮と私の顔が曇る。
ラウルは顔をあげた阿須田さんの視線を、静かに受け止めた。
「アスターの一家は、オレを身ごもった母上を暗殺しようとして処刑されたのだろう。その、復讐か?」
「ラウル様……」
「確かお前は、数年前に父上が即位する時に起こった騒動の時も、暗い顔をしておったな。自分の家族と重ねておったのだろう? どちらも父上が母上と結婚したが故に起きたことだ。オレが生まれなければ、起きなかったことだ。」
阿須田さんの顔が苦しげにゆがむ。それは、ラウルを憎んでいる顔ではなかった。ラウルに、まだ誰かに守られるべき年齢の子供に、そんな事を言わせてしまった自分への後悔。
ラウルは感情を表に出していないが、その事実に傷ついていないわけがない。自分の努力でどうにかなることなら、立ち向かうことも出来る。でも、自分に流れる血は変えられない。いや、敬愛する母親の血を否定などしたくないだろう。どんなに努力をして王にふさわしくあろうとしても、流れる血を理由にされてしまったらラウルにはどうすることもできない。
ラウルを抱きしめてあげたいと思った。だが、テーブルの向こう側で王子として阿須田さんと向き合ってるラウルを、傍に行ってただの子供として抱きしめることはできなかった。今はただ、見守ることしかできない。
「それも違うわね」
重くなった空気を、桜子のあっさりとした声が霧散させる。ラウルは説明を求めるように桜子を見つめた。
「復讐なら、王子の命を奪ってもいい。奪わなくても、自ら復讐だと公言したほうが効果的だわ。何も言わずに裁かれて、自分の身と引き換えに王妃の座を退けさせ、王子を後継者の座から引きずり降ろせるかもしれないなんて僅かな希望にかけるなんて、復讐としちゃばかげてるわよ」
「だったら、理由はなんだと言うのだ」
必死に平静を装っているラウルの問いを受け、桜子は目を伏せている阿須田さんを一瞥した。それから、ラウルを真っ直ぐに見つめる。
「何も言い訳せずに裁かれようとしてるのは、守りたい人がいるからよ。本当の理由を言ってしまったら、その人に迷惑がかかるかもしれない。だから、言えない」
「守りたい……人?」
ラウルは考え込むように、軽く握った拳を唇にあて、阿須田さんを見つめた。
その間にも、桜子はまるで謎解きをする探偵のように阿須田さんを問い詰めていく。
「大切な人の為に将来の国に不安があったらたいへん、なんて曖昧なことじゃないわよね。命をかけても王妃が王子と共にその座を退く確証もないのに、この計画を行った理由……。そうね、可愛がってる年下の妹のような存在が鍵かしら?」
阿須田さんの様子を見ながら探る桜子の声に、阿須田さんがぴくっと身体を揺らした。その反応にラウルははっとしたように目を見開く。桜子は唇の端を僅かに上げた。
「当たりね?」
「なるほど、そういうことか」
顔をこわばらせた阿須田さんを見て、ラウルは長いため息を吐いた。
話の展開にいまいちついていけない私が小首を傾げ、やはりまだピンと来ていないらしい蓮が軽く眉間に皺を寄せていると、場違いな拍手がジニアさんから発せられた。見れば機嫌よさそうな笑みを浮かべている。
「お見事ですね、桜子さん。ラウル様の補佐として雇いたいくらいです」
「笑うところじゃねーだろ。どういうことなんだよ」
フフッと笑うジニアさんに蓮が噛みつくようにそう言うと、ジニアさんはやれやれと言う様に首を振った。
「魔法界の事情を知らない桜子さんがここまでわかるのに、蓮坊っちゃんがわからないとは嘆かわしい」
「っ……」
言い返す言葉がなかったのか、悔しげに唇を噛む蓮。ちらりと桜子を見ると『情けないわね』と書かれていて、蓮はさらに打ちのめされた様に肩を落とした。そんな蓮を見てジニアさんは楽しげに微笑んでから、横目で阿須田さんを見た。
「葵さんの顔にもわけがわからないと書いてあるので、私から説明いたしましょう」
その宣言に、阿須田さんは膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめる。そして覚悟を決めた様に顔をあげ、ジニアさんを見つめた。
「アスターが大事にしているのは、イベリスの孫娘のアリッサムでしょう。魔法界に戻りイベリスの屋敷においてもらうようになって、ずいぶんと懐かれておりましたからね。そんな彼女が、ラウル様の婚約者候補というのが心配だったのでしょう?」
「ラウル、婚約者なんていたの!?」
驚いてつい声をあげてしまった私に、ラウルは眉間に皺を寄せながらため息を吐いた。
「候補と言ったであろう。正式にはまだ誰も決まっておらぬ」
「ま、まだって……」
「国の世継ぎなのですから、決まっていてもおかしくないのですよ、葵さん。まぁ、婚約者が決まっていても、それを無視して一番好きな人と結婚してしまうこともありますから、実際に結婚するまでどうなるかわかりませんけど」
クスクスと笑うジニアさんを、蓮は呆れた様に、阿須田さんが硬い表情で見つめているので、その好きな人と結婚してしまったのがラウルの父親だと理解する。だが、疑問は残った。
「でも、イベリスって人は、ラウルが王様になるのは嫌なんですよね? だったら、どうして自分のお孫さんを?」
自分の大事な孫を、追い落とそうとしている人間の婚約者にする意味が分からない。しかし、わかっていないのはどうやら私だけのようだった。蓮ももう、事情を悟ったような表情を浮かべている。
困惑する私に説明してくれたのは、やはりジニアさんだった。
「そう、イベリスはラウル様が王になられることを止めたがっています。だが、もし止められなかったら? ラウル様が王になったあかつきには、反対派だったイベリスの立場は悪くなるでしょう。そんな時の為の保険ですよ。孫娘が妃ならば、イベリスの地位は盤石ですからね」
「そんなのって……」
ラウルに対しても、孫娘に対してもひどすぎる。そんな気持ちがそのまま顔に出ていたのか、ジニアさんは私を見て苦笑を浮かべた。
「王族や貴族の間では、結婚とはそんなものですよ。良い血筋を残すことを最も大事としている。次に、保身。恋愛結婚できる方が珍しい世界なんです。良い血筋を残すために、位が上の者からの求婚は断れない決まりですしね」
大したことではないと言われている気がしたが、それでも心は納得できない。唇を噛む私の背を桜子がぽんっと叩くまで、私が話を止めていることにも気づかなかった。
私がはっとそれに気づいたところで、ジニアさんが話を再開する。
「ラウル様がこのまま無事学院を卒業すれば、ラウル様を支持する人間が増えるでしょう。皆、自分の地位を守るために優位な方につきたがりますからね。そうなれば、婚約者選びも本格的になる。年齢的にも地位的にもつりあうアリッサムに決定するかもしれない。もし将来、アリッサムがラウル様と結婚し、生まれた子供が王族にふさわしくない魔力だったら? 王族にふさわしい魔力をもつラウル様でも反対されるのです。そうなったら、アリッサムはどんなに胸を痛めることになるか……。という所でしょう? アスター」
「……現王妃は、自分の選択で決めたことです。責任を負う覚悟はあるでしょう。でも、アリッサム様は違う」
だから命を賭しても守りたかった。
口にはしなかったが、阿須田さんのそんな気持ちが沈痛な面持ちから伝わってくる。
ラウルはそんな阿須田さんを黙って見つめ、ジニアさんは短く嘆息し、蓮は眉間に皺よせて、桜子は鼻で笑った。
「バカじゃないの?」
桜子の呆れた一言に、阿須田さんは棘のある眼差しを向ける。
「自分の未来を自由に決められるあなたたちにはわからない事です。アリッサム様がどれほど不安に思っておられるか……」
「わかってないのはあなたの方よ」
阿須田さんの言葉を途中でバッサリと切り捨てる桜子。怒りを含んだ阿須田さんの視線を、冷たく見据えている。
「王子と結婚しなくてすんだとしても、それと引き換えにあなたが死んで、その子は喜ぶの? 命がけで私の未来を守ってくれてありがとうって、感謝するの? しないでしょ。もしするような人間だったら、命を懸ける価値なんてない」
「それは……」
きっぱりとした口調の桜子に、阿須田さんの瞳が動揺したように揺れる。
桜子は追い打ちをかけるように言葉を続ける。
「その子、あなたに懐いてるんでしょう? 不安だとあなたに伝えるくらい、頼っているんでしょう? 将来への不安よりも、今そばにいるあなたが自分の為に命を失うことの方がどれだけ深く傷つくかわからない? 未来はどうとでもなる。でも、失った命は二度と返らない。どんなに悔やんでも、どうにもならないの。もし自分が弱音を吐かなかったら、あなたに甘えなかったら、あなたは罪を犯さなかったかもしれない。そんなどうにもならない後悔を、その子にずっと抱えさせるのよ。それがわからないなんて、バカとしか言いようがないじゃない」
桜子は怒っていた。私を泣かせたことを責めたときよりももっとずっと心の深いところで怒っていた。
もしかしたら、大切な人を失った悲しみを知っているのかもしれない。そんな、痛みを感じる怒り。
阿須田さんもそれを感じたのか、黙って桜子を見つめ、そして苦しげに顔を歪ませて俯いた。
「それでも、私にはこんな方法しか思いつかなかったんです……」
阿須田さんの消え入りそうな呟きに、ジニアさんは唇の片端をあげた。
「ご丁寧に貴族の地位を捨てる書状をしたためてイベリスとは縁を切り、国の将来を憂いてという理由でラウル様暗殺未遂を演じる。自分は処罰されるだろう。だが、上手くいけば責任を感じたユリアさまがラウル様を連れて王城をでるかもしれない。そうならずとも、既に部下ではないのでイベリスまで処罰は受けることにはならないが、罪人の後見人をしていたイベリスの孫娘が婚約者の筆頭になることはない。こんな方法ですか? 本当に、馬鹿げてますね」
呆れたという口調に、私はついカッとなる。
「だったら、止めてあげればよかったじゃないですか! わかってたんでしょう?」
私の言葉に同意だと言うように、蓮もジニアさんを睨み付ける。
「ひまわりの言う通りだ。なんで泳がせて、わざわざ罪を犯させる必要があった!」
罪を犯してから捕えるより、罪を犯す前に止める方が絶対にいい。それが、誰かの為を思っての罪ならなおさらだ。それは間違いだと、止めてあげなきゃいけない。それなのに……。
私たちだけでなく、ラウルも桜子も責めるような眼差しをジニアさんに向けている。だが、ジニアさんは全く気にした風はない。軽く肩をすくめ、唇を笑みの形に変える。
「やるだけやってからの方が、反省すると思ったんですよ。自分がいかに無力かもわかるでしょうしね」
「でもっ……」
反論しかけた私を、ジニアさんは微笑で制す。
「それに、アスターはまだ罪を犯してないでしょう?」
「……え?」
ジニアさん以外の五人がその言葉にキョトンとなる。ジニアさんはおかしそうに細い目をさらに細めた。
「桜子さんにかけたのは、ちょっとした記憶操作とぐっすり眠れるだけの魔法。ラウル様には言葉では脅迫したものの、まだ何もしてませんよ。それがどれだけの罪だと?」
「反逆罪としては十分な罪です」
阿須田さんが即答するが、ジニアさんは長い髪を揺らして首を振る。
「残念ながら、ここにいる誰もそんな証言はしてくれませんよ。ねぇ、蓮坊っちゃん、ラウル様?」
「そうだな」
蓮は複雑そうに顔をしかめただけだったが、ラウルはすぐに肯定した。そして、小さくため息をついて阿須田さんを見つめる。
「真面目なおまえのただの空回りだからな。そもそも、オレは誰かに決められた婚約者と結婚する気など最初からない。妻となる者は自分で選ぶ。産まれてくる子供の能力に怯えている者など、対象外もいいところだ」
「な……。王と同じ過ちを繰り返すおつもりですか?」
非難のこもった口調に、ラウルはニヤリと笑む。いつものラウルらしい強気な笑み。
「父上が母上を選んだこと、オレは過ちだと思ったことは一度もない。国に不利益な事だと思ったこともない。深く愛する者同士の結婚が過ちだと言うのなら、それを過ちだとする方が間違っておるのだ」
「そんな……」
ラウルの強気な笑みに、絶句する阿須田さん。ジニアさんは堪えられないと言うように吹き出した。
「さすがラウル様。王にそっくりでございますね」
「笑い事か?」
蓮が呆れた様にツッコんだが、ジニアさんもラウルもしれっとした顔だ。本気で悪いと思っていないらしい。
阿須田さんは怒ったような呆れたような複雑な表情でラウルを見上げている。
そんな阿須田さんを見て、ラウルは再びため息を吐いた。
「だいたい、純粋なお前を捨て駒のように操っておいて平気な顔をしておるイベリスと、お前を救おうと密かに策を練った母上と、どちらが国の為になる人物かよく考えろ。血筋だけを大切にしても、国はよくならんぞ。アスターも王族に守られるべき国民の一人。本当に国民を大切に思っているのはどちらであろうな」
ラウルの言葉に、阿須田さんは困惑したように眉根を寄せる。
「イベリス様は今回のことは何もご存じありません。捨て駒なんて、そんなこと……。それに、妃が私を救おうと策を練るなど……」
ラウルは答える代りに、ジニアさんに視線を送った。その目が、お前が答えろと言っている。ジニアさんは意地悪な微笑を浮かべ、戸惑う阿須田さんを見つめた。
「あの古狸が、あなたの行動を把握していなかったと本気でお思いですか? 箱入り娘のアリッサムを子供好きのあなたにだけはよく遊ばせていたのはどうしてでしょう? ラウル様がこちらの世界にいるかもしれないと教えたのは誰でしょう。今日のアリッサムの誕生祝の宴で婚約の話が具体的になるかもしれないとあなたの耳に入るようにしたのは? その日、王も私もその場に招待されていると告げたのは何故でしょうね?」
「それ……は……。いや、ですが……」
「あなたがこちらの世界で数年過ごしてから後見人として名乗り出たのは何故でしょうか。そもそも、あなたの一族が罰せられたのは誰にそそのかされたからでしょうね?」
ジニアさんが次々と投げかける疑問に、阿須田さんの顔から徐々に血の気が引いていく。
苦虫を噛み潰したような表情のラウルは、同じことを考えてジニアさんに話を振ったのだろうか?
呆然とする阿須田さんを、ジニアさんは微笑んで見つめた。
「あなたが魔法界に戻ってきた時、ユリアさまはあなたがイベリスに利用されるのではと心配しておりました。イベリスを信じ、ユリアさまの存在を快く思っていないあなたが自分のせいで道を踏み外さぬよう、気に留めてらっしゃいましたよ。親子ともども、イベリスに利用されることのないようにとね」
「そんな……」
信じられないと言うようにジニアさんを見つめる阿須田さん。ラウルのお母様に気に留めてもらっていたことよりも、恩人と思っていた人に利用されていたかもしれない可能性に打ちひしがれているように見える。それを違うと否定してほしいようにラウルを見たが、ラウルは憐れむような視線を阿須田さんに向けた。
「イベリスは国の為なら何でもする。同時に、自分の地位を守るためにも何でもする奴だ。オレが母上のお腹の中にいた時のことは詳しく知らんが、そうであってもおかしくないと思うぞ。オレの存在を消したいという思いは、イベリスが一番強かったようだからな。自分の手を汚さないために、誰かを利用できる男だ。まぁ、証拠は何一つ残していないだろうがな」
「そんな……こと……」
否定しようと阿須田さんがあげた声は、弱々しかった。だんだんと、不安が心を侵食しているのだろう。恩人のことを疑い始めているのかもしれない。
「母上がお前を泳がしたのは、犯行に及ぶ前にイベリスに迷惑をかけぬよう、イベリスの元から離れる手続きをとると考えたからだろうな。イベリスもそれを素直に受け取るとふんだのだろう。こちらの世界で犯行をおかそうとしたところで、捕まえるのはオレ自身かこの一帯の守護者として働いているレンかおじい様だ。どうとでもひねりつぶせる。そうなれば、イベリスの手を離れているお前を保護できるからな」
ラウルの言葉に、ジニアさんがにっこりと笑った。
「正解です、ラウル様。まぁ、当初の予定では蓮坊っちゃんとラウル様がもうちょっと自分たちでなんとかしてくれて、葵さんや桜子さんにこんなにご迷惑かけるとは思わなかったんですけどね?」
「「…………」」
ジニアさんのさりげない攻撃に、ラウルと蓮が渋い顔で黙り込む。それに関しては、自分たちでも不甲斐ないと思っているのかもしれない。
一方で、阿須田さんは力なく項垂れていた。何を信じていいのかもうわからなくなっているのかもしれない。
「あの……ですね」
阿須田さんの広い背中があまりにも小さく見えて、私は隣にしゃがみ込んで声をかけた。阿須田さんがゆっくりと顔をあげ、傍にいる私を見つめる。
「私も何が本当で、何が嘘かさっぱりわからないんですけど、でも、ちゃんとわかることもあります」
阿須田さんが、視線でそれは何かと問う。弱々しい瞳に、私は微笑を返した。
「阿須田さんがアリッサムちゃんを大切だって想う気持ち。それと、アリッサムちゃんも阿須田さんを慕ってるってこと。そこに嘘はないと思います。そして、その想いが一番大事だとも思います。大切な人の為に、阿須田さんはやり直せばいい。アリッサムちゃんが安心して人生を歩める国を、人の命を奪うやり方じゃなくて、人を生かす方法で作っていく努力をしてください。もちろん、自分自身も生かて。ラウルも、それでいいよね?」
ラウルを見つめると、ラウルはニッと笑う。
「当然だ。己の間違いに気づき、それをこれからに生かせるならそれが一番良い。人は変われるのだからな。お前をこれ以上せめて、女子のアリッサムも泣かせたくはないしな」
「日向さん……、ラウル様……」
驚いたように見つめる阿須田さんは、泣きそうな顔で僅かに微笑んだ。
少しは気持ちが届いただろうか?
そう思っていると、ラウルが誇らしげに胸を張った。
「アスター、ヒナタアオイはいい女であろう? これくらいでなければ、オレの妻は務まらん!」
「いや、務める気ないけどね?」
反射的にツッコむものの、ラウルは聞こえぬふりなのか聞こえていないのか、満足げに微笑んだままだ。蓮はそんなラウルに苦笑を浮かべ、ジニアさんもクスクスと笑っている。
重かった空気は、少し明るいものに変わったようだ。
ほっとしたところで、黙って話を聞いていた桜子が目だけ微笑の形をつくったまま口を開く。
「葵が優しくまとめてくれたところで、そちらの政治の話は終りにしましょうか。詳しいことはもうそちらだけでやってくれるかしら」
「そうですね。今回の件、アスターの今後も含め、あちらに持ち帰って検討いたします。それでは……」
「じゃあ、葵を泣かせた件についての落とし前をつけてもらいましょうか?」
席を立ちかけたジニアさんともども、男子四人が凍りつく。
「え、そこ、戻るの?」
おずおずと尋ねた蓮に、桜子は一見爽やかな、だが絶対零度を感じさせる笑みを返す。
「阿須田先生がしたことの責任の取り方はそちらに任せるわ。でも、葵を泣かせたことは別問題。阿須田先生はもちろんのこと、他の三人にも責任あるわよね?」
「そ、それはだな……」
「私、宴をこっそり抜け出してきているので、早々に戻らねば!」
桜子のかける重圧に、目を逸らすラウルとそそくさと逃げようとするジニアさん。だが、後ろで一つに束ねた髪をがしっと掴まれる。
「逃がすと思う? どんな理由があろうと、人の大切な親友泣かせた罪は消えないわよ?」
「さ、桜子。私は大丈夫だよ?」
男子四人の心の悲鳴が聞こえる気がして止めてみるが、桜子は満面の笑みを私に返す。
「葵は気にしなくていいの。結局大事なところは葵になんとかしてもらった情けない男たちにはきちんと反省してもらった方がいいのよ?」
「えーと……」
ははははーと乾いた笑いを返しつつ、助けを求める眼差しだった男の子たちにごめんなさいの視線を送る。この桜子には、私も勝てない。
青ざめた男子四人に、桜子は朗らかに笑う。
「さて、何をして反省してもらおうかしら?」
桜子から漂う不穏な空気に、四人はピシリと固まったのだった。
2013.12.23 16:25 改稿




