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ペットな王子様  作者: 水無月
第十章:王子様と憧れの人

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第59話

「ずいぶんと騒がしい起こし方ね。魔法使いの蓮くん?」

 身体を起こしソファにきちんと座った桜子の笑みと言葉に、蓮が凍りつく。

 全ての魔法を解除する『魔法破壊』。

 桜子はそれによって阿須田さんにかけられた魔法から解放されたわけだが、桜子にはもう一つ魔法がかけられていたことを私は思い出す。

「ね、姐さん、ひょっとして、昔の記憶も?」

「あんなインパクトの強いこと、なーんできれいさっぱり忘れてたのかしら? それも含め、色々と説明してほしいわね。もちろん、阿須田先生からも」

 桜子から冷たく一瞥され、拘束されたまま黙っていた阿須田さんはびくっと肩を揺らした。魔法は解けているのだから「阿須田先生」と呼んだのは嫌味のようなものだろう。先ほどまでは可愛らしい寝顔を見せていた桜子はどこへやら、暖房の効いたリビングの温度が下がった気がするくらいの冷笑は男子たちの心を怯えさせている。

「あら、そこにいる変態さんも逃げるのはなしですよ?」

 音もなく後退っていたジニアさんも、桜子の一睨みにクモの巣に絡め取られた獲物のように動きを止める。桜子の醸し出す予想以上の不穏な空気に逃げようとしたらしいが、桜子の凍りつきそうな微笑は強力な魔法以上の効果があるようだ。ふと傍にいるラウルを見れば、動じていないと思っていたラウルも恐れて凍りついているようだった。

「桜子、身体は大丈夫なの?」

 唯一冷気を向けられていない私が声をかけると、桜子はようやく柔らかに微笑んだ。

「大丈夫、良く寝ただけよ。心配しないで。でも、葵が温い紅茶を淹れてくれたらもっと元気がでるかも?」

「わかった。皆の分も淹れるね」

 桜子の後半の言葉を、みんなで紅茶でも飲みながらゆっくりと話し合いましょうということだと理解して、私は出しっぱなしで冷めてしまった3つのティーセットを片づけて、キッチンへ向かった。

 急いで準備して戻ってくると、その間に桜子が指示を出したのだろう。桜子とテーブルを挟んだ向かい側のソファに、ラウルと蓮、ジニアさんが窮屈そうにおさまり、テーブルの横の床の上で拘束を解かれた阿須田さんがきちんと正座をしていた。

『しーん』という音が聞こえそうなほどに五人の周囲の空間は静まり返っていたが、私が戻ったのを見て男性陣の間にホッとした空気が流れる。

「……で?」

 桜子の隣に座り全員分の紅茶を淹れた後、紅茶を一口飲んだ桜子がようやく問うような言葉を発すると、蓮はびくっと肩をすくめた。

 桜子の正面に座っている蓮の横で、ラウルも借りてきた猫のように大人しくなっている。まるで親にお説教されている子供達のようだ。

「えーっとですね……」

 冷や汗をたらしつつ、言葉を探している蓮。一番隠したいこともばれてしまい、何から話していいのか迷っているのだろう。

 いつもは二人しかいない我が家のリビングに今日は六人もいるにもかかわらず、普段よりもかなり静かな時が流れていく。

「あの……」

 その静けさにたまりかねたかのように口を開いたのは阿須田さんだった。

 背筋を伸ばして正座をしたまま、見るに忍びないといった表情を浮かべながら、一番近くに座るジニアさんに疑問を投げかける。

「何故、蓮殿が責められているのでしょうか。お叱りを受けるべきは、私では?」

「もっともな意見だね、アスター」

 そう答えたジニアさんを軽く睨んだ桜子だったが、ややすると小さくため息を吐いて口を開いた。

「あんたを待ってたら時間の無駄みたいだから、とりあえず私から聞くわね」

「は、はい」

 膝の上で拳をぎゅっと握りしめ、覚悟を決めた眼差しで返事をする蓮。桜子は腕を組み、ソファに背を預けながら口を開く。

「私の中の断片的な情報を組み合わせると、王子の命を狙っている阿須田先生が私に魔法をかけ葵に近づいて王子の居所を探った。私を人質に取った阿須田先生に脅され、王子は素直に言うことを聞くふりをし、蓮は狼狽えることしかできず、変態さんは高みの見物をし、葵を泣かせた。これでいいかしら?」

「えーと、桜子。着地点はそこ?」

 桜子の話しぶりだと、一番の重要な点が私が泣かされたことになっているので一応ツッコむと、桜子はニコリと笑う。

「もちろん、そこに決まってるでしょう。おかしな力が発動されるくらい、葵を追いつめたんでしょ?」

 桜子から漂う冷気に男子四人は身をすくめる。ラウルと蓮は何か言いたげだが口を開く勇気がまだでないようだし、ジニアさんは逃げるように視線をあさっての方向に向けた。ただ、阿須田さんだけが桜子の視線を受け止めた。

「関係のないお二人を巻き込んだことは、申し開きできません。日向さんの前でラウル様を連れ去ればどれだけ傷つくかわかっていても、私は自分の意志を貫こうとした。全ては私一人の責任です。申し訳ありません」

 言って、私と桜子に向かって静かに頭をさげる阿須田さん。ラウルにしようとしたことは許せることではないが、どうしても悪い人には見えない阿須田さんに土下座のように謝られて狼狽える私とは反対に、桜子は冷静な眼差しで阿須田さんを見つめている。なかなか頭をあげようとしない阿須田さんをしばし見つめた後、小さなため息を零す桜子。そして、横目で蓮とラウルを見る。

「元凶が一番潔いってどうなのよ?」

「本当ですねぇ」

 目を逸らしたままクスクスと笑うジニアさんに、桜子は呆れた眼差しを向け、蓮は顔をひきつらせた。ラウルはふて腐れた様に唇を尖らせる。

「そもそも、オレはサクラコに怒られるようなことはしておらん。確かにヒナタアオイを泣かせてしまったが、それはサクラコを守るために仕方なくだな……」

「こうなる前に防げなかったの? のんきにこちらの世界を謳歌していた王子様?」

 笑顔と共に放たれた桜子の口撃に、ラウルは反撃の言葉を失った。自分が狙われるかもしれない立場だと危機感を持って過ごしていれば、もっと早くに阿須田さんの存在に気づけたかもしれないと、そう思っているようだ。

「いやでも、桜子……」

 それはラウルにとって酷すぎる。向こうの世界で難しい立場のラウルに、こちらの世界でもそんなに気を張っていてほしくない。私の傍にいるときくらい、子供らしくいてほしい。

 そんな気持ちで桜子を止めようとしたが、桜子の鋭い視線は間をおかずに蓮に突き刺さった。

「だいたい、蓮は何で私に言わなかったの? 葵に自分の正体がばれた時点で私にも白状しておけば、私が阿須田先生に利用されることは防げたかもしれないのに」

「それ……は……」

 責められて、蓮は言葉に詰まって唇を噛んだ。こちらも反論の余地がないらしい。

 少なくとも、桜子に魔法がかけられていると気づいた時点で事情を話して協力してもらっていれば、今日のようなことにはならなかっただろう。

 だが、蓮もちょっぴり可哀そうだと思う。私に正体を知られた時も、今までと態度を変えられるのではと少し怯えていた蓮。私よりももっと付き合いが長い桜子に知られるのは怖かったのだろう。

 唇を噛んだまま目を伏せる蓮を、じっと半眼で見つめる桜子。

「まさか、魔法使いだって知られたら何か変わると思った?」

 無言で頷いた蓮に、桜子はため息を吐く。

「そんなわけないじゃない。別に正体がなんだって蓮は蓮でしょ。中身が同じなら、宇宙人だろうと神様だろうと魔法使いだろうと、その体が猫だろうと犬になろうと同じように扱うけど? たいした問題じゃないわよ」

 何を当たり前のことを悩んでるんだかという桜子の呆れた眼差しに、蓮は戸惑いの表情を浮かべている。いくら過去の記憶がよみがえったとはいえ、あまりに素直に受け入れられすぎてどうしていいのかわからないらしい。

 そんな蓮に、私は微笑む。

「桜子らしい答えってことでよかったじゃない、蓮。今まで通り、何も変わらないって事だよ!」

「ひまわり……」

 ほっとしたように微笑む蓮。だが、それは長くは続かなかった。

「そうだよな。俺の正体なんて、たいした問題じゃ……」

 言いかけた蓮は、その瞳に写った桜子の表情に再び凍りつく。血も凍るような冷笑。

「そう。そんなたいしたことのない問題を隠していたせいで、葵を泣かせるはめになったのよ。どう落とし前つけるのかしら?」

 ひっと息をのんだ蓮を見て、隣に座るジニアさんが堪えきれないように吹き出す。そんなジニアさんを睨む余裕もない蓮がおかしくてしょうがないらしい。

「そもそも、ホッとできる内容じゃなかったと思いますよ、蓮坊っちゃん。今の桜子さんの言葉、言いかえれば『たとえ神だろうと蓮坊っちゃんは私の下僕』ってことなんですから」

「桜子と蓮は友達ですから!」

 一応ツッコむが、遠い眼差しをする蓮と含み笑いの桜子の姿を見ると、ジニアさんの言葉はこれ以上否定しようがなかった。

 フフフっと楽しげに笑っているジニアさんだが、桜子の視線が自分の上から移動しないことに気づいたのか、笑顔のまま動きを止める。冷や汗をたらりとたらしたジニアさんに、桜子が微笑みかける。

「で、阿須田先生以上に性質が悪いと思われる変態さん?」

 ついに自分にターゲットが回ってきたことを覚悟したのか、ジニアさんは細い目で桜子を見つめ返した。そして、さらりと長い髪を揺らしながら小首をかける。

「その前に、桜子さんにひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「あら、何かしら?」

 丁寧な口調ながらも緊張感をはらんだ会話をハラハラしながら見つめていると、ジニアさんが不思議そうに桜子に訊ねる。

「私へのその呼び名はどうしてかと思いまして。桜子さんが目覚めてから蓮坊っちゃんが私をそのように呼んだ覚えはないのですが?」

 言われてみれば確かにそうだ。私は蓮がジニアさんをそう呼ぶのを知っているが、ジニアさんに初めて会ったはずの桜子は知るはずがないし、ジニアさんも変態めいた発言はしていない気がする。

 ラウルも蓮も同じく疑問に思ったのか不思議そうに桜子を見つめる中、桜子は目を細めて口を開く。

「あなたが蓮のお義兄さまと一緒に幼い蓮をからかって楽しんでいたころ、蓮のお姉さまに言われたんです。『あの人は変態さんだから、桜子ちゃんは絶対についていっちゃダメよ』って。蓮が昔使った魔法の記憶が蘇ったついでに、あなたの顔も鮮明に思い出したもので」

「おや、そんなことが? ひどいですねぇ、ユリアさま。いくら私といえど、幼稚園児はさすがに対象外ですのに」

 変態呼ばわりについては否定しないのかと内心ツッコみつつ、桜子の答えに納得した。桜子は蓮の義理の兄、つまりラウルのお父様のことを知っていた。その側近であるジニアさんがお父様のそばにいたのなら、顔を知っていてもおかしくないのだ。

「で、話を戻しますけど」

「誤魔化されてくれませんか?」

「されません」

 逸れた話をすぐさま戻され、残念そうにため息を吐くジニアさん。桜子は、笑顔で問い詰める。

「全て知りながら何もしなかった理由はなんですか? 罪を犯す前にその芽をつむことも、あなたならできたように私は思うんですけど?」

 桜子の言葉に、ラウルと蓮も頷く。

「そうだ、何故アスターのことをオレに報告しなかったのだ。知っておったのであろう?」

「それに、桜子に危険な魔法がかけられた時になんで何もしなかったんだよ。お前ならすぐに解けただろ? 何かあったらどうするつもりだったんだ!」

 三人の意見に私も同意だったので、じとっとジニアさんを睨んだ。

 若者四人に厳しい眼差しを向けられ、ジニアさんは小さく肩をすくめる。

「特段危険を感じなかったので見守っていたのですがねぇ」

「はぁ? 何ふざけたこと言ってんだよ!」

 のんきな口調のジニアさんに、蓮が声を荒げてジニアさんの胸ぐらをつかんだ。だが、ジニアさんは全く動じない。背後にいる、まだ頭を下げたままの阿須田さんに声をかける。

「そうですよね、アスター?」

「!?」

 ジニアさんの言葉に、全員が驚いたように阿須田さんを見つめた。阿須田さんはゆっくり身体を起こすと、その視線を受け止める。そして、困ったように眉根に皺を刻んだ。

「ジニア様は、全てわかっておられるのですね」

「私と王を出しぬけると思う方が間違いでしょう」

「……そう、ですね」

「どういうことだ、アスター?」

 力なく呟いた阿須田さんに、ラウルが固い声で尋ねる。だが、阿須田さんは答えようとしなかった。


2013.12.23 15:50 改稿

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