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ペットな王子様  作者: 水無月
第十章:王子様と憧れの人

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第58話

「えぇぇぇぇぇっ!? 実は私も魔法使いっ!!??」

「なんだとっ!? ヒナタアオイも魔法が使えたのかっ!?」

「いや、それは違うから」

 私とラウルの錯乱気味な絶叫に、冷静に即答する蓮。さすがにそんな驚きの事実ではなかったらしいが、事情がさっぱり飲み込めない。困惑した表情で蓮を見つめると、蓮は微苦笑を浮かべて私を見つめた。

 そんな私たちの間で、納得いかないといったように眉根を寄せるラウル。

「何を言っておるのだ。魔法を使わなければ、魔法は解けぬであろう?」

「だから……」

 蓮が半眼でラウルに言い返そうとした時、少し離れた場所で魔法で拘束されている阿須田さんが蓮の声に重なるように口を開いた。

「やはり、ジニア様は日向さんに何か魔法を施されておられたのですね」

 疑いが確信に変わったような、そんな声。

 蓮は続けようとした言葉を飲み込むと、ゆっくりと阿須田さんに視線を移した。私たちに向ける表情とは違い、冷たい表情で彼を見つめる。

「確かにそれもあったかもな。あいつが何も手を打っていないはずがない。ひまわりに手を出さず、桜子を狙ったのは正解だったと思うぜ。だが、魔法を解いた要因に関しては正解じゃない」

「だから、何だというのだ!」

 しびれを切らしたらしいラウルが、困惑した表情を浮かべた阿須田さんの変わりに答えた。と、呆れたようにため息をつく蓮。自分を睨んでいるラウルの頭に軽く握った拳を振り下ろす。

「ぬぉっ!? 何をする!!」

「少しは落ち着いて自分で考えろ。それとも、お前ら王族貴族は鈍いのか? 無知なのか??」

 突然拳骨を食らったラウルは怒ったように蓮を見上げたものの、挑発するような言葉に何か思う事があったのか、急に考え込むように視線を落とした。

 少しして、はっとしたように顔を上げる。

「ヒナタアオイ!」

「はい?」

 さっぱり状況についていけずにただぽかんとしていた私は、急に名を呼んだラウルに間の抜けた声を返す。だが、ラウルはそんな私の様子など気に止めず、真剣な面持ちで私を見つめると腕を伸ばし、小さな手で私の頬を包んだ。

「ラウル?」

 何だろうと思って名を呼ぶが、ラウルは答える代わりにその可愛らしい顔をそっと近づけてきた。そして、柔らかい物が唇に触れる……。

「え?」

 驚きの声を漏らしたのは私だった。

 確かに触れた、ラウルと私の唇。

 だが、目の前のラウルは光に包まれる事は無く、美少年姿のまま立っている。

 じっと私を見つめるラウルの瞳に、徐々に驚愕の色が広がっていくのがわかった。

魔法破壊(マジックブレイク)かっ!」

 驚いたようにそう叫んだラウルの言葉に、はっとしたように息を飲む阿須田さん。

「まさか、今のが!?」

 動揺を隠しきれない阿須田さんが答えを求めるように蓮を見つめると、蓮はゆっくりと頷いた。それを見て、阿須田さんは私に驚きの視線を向ける。

 三人の様子から、どうやら凄い事が起こったことだけはなんとなく理解できた。

 しかも、それを私がやったらしい。

 だが、まったく、さっぱり、これっぽちも自覚はない。

 魔法を解くような呪文も唱えてなければ、ラウルたちの描くような魔方陣を描いたわけではない。

 ただあの瞬間、ラウルを引き止めたい気持ちでいっぱいだっただけ。

 行かないでほしいと、もっと傍にいてほしいと願っただけ。

 それだけで、驚愕の事実につながる事が起きるものなのだろうか……。

「そうか、だから思ったよりもアスターが吹っ飛んだのだな。オレもずいぶんとこちらの世界での魔法の使い方がうまくなったと思ったのだが……」

「つか、普通気付くだろ。あの変人がかけた魔法が解けて、妙な制限なくなってんだろうが」

 一人納得しているラウルに蓮が冷ややかに突っ込むと、ラウルはむっとして蓮を睨んだ。

「しかしだな、あの時はアスターに一撃入れることに集中していたのだ! 気付かなくても仕方ないであろう!!」

「アホか。どんなに必死でも、自分の魔力の状態くらいわかるだろ。修行不足なんだよ、お前は。だいたい、オレが声かけるまでだいぶぼけっとしてただろ」

「何を言う! 思ったより早かったから少し驚いていただけだ! レンこそ、結局何も役に立っておらんではないか!!」

「えーっと……」

 すっかりいつもの調子に戻って言い合いを始めるラウルと蓮。

 色々と聞きたい事が山盛りなのだが、短い時間に色々ありすぎて何からツッコんでいいのか困って呟いた時、どこからともなくクスクスと聞き覚えのある笑い声が響いてきた。

 その瞬間、軽口を叩き合っていた二人が口を閉ざし、私の後方を睨みつける。

「???」

 阿須田さんは右前方の壁際で光の帯によって拘束され、桜子はソファで目を閉じて横になっている。目の前にはラウルと蓮。私の後方には誰もいないはず。

 だが、少し冷静に考えてみると、すぐに背後にいる人物の予想がついた。

「お二人ともまだまだですねぇ。アスターに翻弄された挙句、葵さんを泣かせた上に、事態が落ち着いたからと言って女性二人を放っておいて口論なんて」

 ゆっくり振り返ると、そこにはさっき夕飯の為に焼いた手羽先チキンをもぐもぐと頬張りつつ、細い目をさらに細めて微笑んでいるジニアさんがいた。どうやら、キッチンに隠れていたらしい。男子三人の気配がぴしっと凍りつくのを気配で感じる。

「こんな時に高みの見物してお気楽に飯食ってるお前に言われたくない!!」

「ジニア、いったいどういうことだ? 説明しろ!!」

「ジニア様、どうしてここに……」

 三人に言葉を向けられてもジニアさんは表情を崩すことなく、咀嚼していたチキンをごくりと飲み込んだ。ラウルたちに順に視線を向けた後、最後に蓮を見つめる。

「私を問い詰める前に、先ほどのことを葵さんに説明してさしあげたらいかがですか? 自分がしたことをわけのわからぬまま放っておくのはいかがなものかと思いますが?」

「う……」

 この状況で人の夕食を勝手に食べているというふざけた状況ながらも、天敵とはいえ、正論には逆らえなかったのだろう。悔しそうな声を漏らした蓮は、深々とため息をついてから気を取り直したように私を見つめ、微苦笑を浮かべた。

「ごめんな、ひまわり。ついつい頭に血が上って……」

「ううん。気にしないで。色々あったし、冷静じゃいられなくなるのもわかるし」

 笑顔を返すと、ほっとしたように目を細める蓮。ようやくいつもの蓮に戻ったようだ。

「よかったですね、蓮坊っちゃん。葵さんが心優しい女の子で」

「当然だろう。俺が選んだ女子だぞ」

 ジニアさんの言葉に自慢げに返答したのは、なぜかラウル。機嫌を直したのか、ふふんっと誇らしげに笑っている。

 その二人の態度に蓮は再びピクリと眉を吊り上げたが、今度は思い留まったらしい。自分の心を落ち着かせるように瞳を閉じ、それからゆっくりと目を開くと私を見つめた。

「とりあえず、さっき起こった現象を説明するな」

「うん」

 私がこくりと頷くと、蓮は再び口を開いた。

「ひまわりが無意識に発動したのは、俺たちの世界では『魔法破壊(マジックブレイク)』って呼ばれる物なんだ。魔力を持つ俺たちには決して使うことのできない、この世界の人間にしか使うことのできない力。全ての魔法を、一瞬で無に返す、俺たちにとっては驚異的な力だよ」

「蓮たちには使えない力……?」

 不思議に思いながら蓮の言葉をなぞる様に呟くと、蓮は肯定するように頷いた。傍にいるラウルも、その通りと言わんばかりな笑みを浮かべている。

「そう。通説としては、世界の均衡を保つ為に備わっている力なんじゃないかって言われてる」

「へ?」

 突然世界と大きな事を言われてもさっぱり理解できず、おかしな声を漏らす私。蓮は微苦笑を浮かべると、丁寧に説明し始めた。

「要するにさ、どんな物にも相反する物が存在してこそ、世界の均衡は成り立っているって説があるわけ。わかりやすい所で、光と闇とか、生と死とかな。で、魔法が使える存在がいて、一方は使えない存在がいるならば、そっちには魔法を打ち消す力が備わっているのが当然だって考え」

「ほほー?」

「……えーっとだな」

 私があまりにも理解していない返事をしたからだろう、蓮は困ったように苦笑いを浮かべる。噛み砕いて説明したつもりが全く伝わらなかったので、言葉につまったのだろう。そんな蓮の変わりに口を開いたのは、ジニアさん。

「そんなに難しく考えることはないですよ、葵さん。あなたも知っているはずです。ほら、おとぎ話で読んだ事があるでしょう?」

「え?」

「悪い魔女にかけられた魔法がキスによって解ける、とか」

 悪戯っぽく笑んだジニアさんの言葉に、私は子供の頃に読んだおとぎ話を幾つか思い出す。確かに、そのような話があったような気もする。

「魔法を使えない人間にだからこそ、魔法に対抗する力が密かに備わっている。だけど、簡単に使えるものでもないんです。ほいほい使われたら、今度は魔法使いが困ってしまいますからね。だから、発動には条件がある。お姫様や、王子様が魔法を解いた時のように……」

 ジニアさんがそこまで言った時、ラウルがハッとしたように目を見開いた。そして、キッと睨み付ける。

「まさか、変身魔法を解く条件だった『真実の愛』とは、そういう意味だったのかっ!?」

「!?」

 ラウルの発言に蓮までもが驚いたように息を飲み、露骨に顔をしかめた。

 それを見て、ジニアさんは楽しそうに細い目をさらに細める。

「二人とも今頃気づかれたんですか? 鈍いですねぇ」

 ぴきっと怒りの表情で固まる二人をよそに、ジニアさんは私に視線を移し説明を続けた。

「つまり、『魔法破壊』の発動条件は、誰かの事を強く想う気持ちなんです。もちろん、いい意味でね。自分の為には使えないし、負の感情でもいけない。悪用はできない力なんですよ。相手を大切に思う気持ちが高まった時だけ、魔法が解ける。まるで、おとぎ話のように」

 そう言ったジニアさんにはいつものふざけた様子はなく、はじめて見せる優しい微笑を浮かべられていた。

 嘘のない言葉に感じられたからか、その説明を素直に信じられた。魔法自体も未だに不思議な現象だが、そんなおとぎ話みたいな設定まで備わっていたとは驚きだ。

 でも、確かにあの時の私は、ラウルの事を想う気持ちでいっぱいだった。

 だから、その場にあった全ての魔法が解けたのだろう。

 そこまで理解した時、ラウルたちが気付いた事を少し遅れて私も理解した。

「って事はまさか、ラウルにかけられてる魔法って……」

 呆然と呟いた私に、ジニアさんの笑みが悪戯なものに変わる。同時に、ラウルと蓮の顔がひきつった。ジニアさんは全く気にした様子も見せず、さらりと事実を述べる。

「そう、ただの変身魔法ですよ。まぁ、それだけでも他の者は真似できぬ魔法なのですが、王はおとぎ話になぞらえて、キスで姿を変えるおまけをつけた。『真実の愛で魔法が解ける』というオプションはつけておりません。魔法を解くには、ラウルさまが解除魔法を自分で探し出すしかなかったんですよ。本当はね」

「だったら何故『真実の愛』が必要などと言ったのだ! 最初から自分で解けと言えばよかったであろう!」

 ムッとして怒鳴ったラウルに、彼は小さく肩をすくめると目を眇めた。

 そして、呆れたようにため息をついてみせる。

「王はちょっとしたお茶目心で言ったつもりとおっしゃっておりましたよ。まさか、そんな戯言を素直に信じるとは思わなかったと。だって、卒業試験に『真実の愛』はないでしょう?」

「ぬぅっ……」

 カァッと顔を赤くし、怒りのあまりぷるぷると小刻みに震えるラウル。だが、すぐに言い返せないところを見ると、言われてみればそうだと思えるのだろう。

「それにラウル様、魔法は万能じゃないですよ? 人が使う魔法で、真実の愛を判断できるはずがないでしょう? 『魔法破壊』のように、神が授けた特殊な力とは違います」

「むぅぅぅ……」

 追い打ちをかけられ、悔しそうに声を漏らすラウル。ちょっと可哀そうである。

 ジニアさんも曲者だが、ラウルの父も蓮が『変人』と呼ぶにふさわしい人なのだとなんとなく実感する。わざと勘違いさせるようなことを言っておいて、それに真剣に立ち向かっていく息子を楽しんでいたのだ。大人二人で、実に大人げない。

「でも、そう言われてよかったでしょう? そうじゃなければ、葵さんと出会わなかったもしれないんですよ」

 ラウルははっとしたように私を見つめた。綺麗な顔に笑みが広がっていく。

「そうだな。おかげでヒナタアオイと出会えた。騙されていたとしても、オレはヒナタアオイと過ごせたことが一番嬉しいからな」

 ラウルの優しい眼差しと穏やかな声に、私も微笑む。

「私も、ラウルに出会えてよかったよ」

 微笑みあう私たちを見て、蓮は複雑な表情を浮かべ、ふジニアさんはふふっと笑い声を漏らす。

「しかし、本当に良いものを見せていただきました。まさか『魔法破壊』がこの目で見られるとは思いませんでしたよ、葵さん。すべての魔法を解いてしまう力……。すごいものですね。『魔法破壊』で解けぬ魔法など、ユリアさまが王にかけた恋の魔法くらいですからね」

「アホかーっ!!!」

 満面の笑みで述べた言葉に、蓮が反射的に怒鳴った。お姉さんの事を持ち出され、堪忍袋の緒が切れたらしい。

「ふざけんのもいい加減にしろっ! ラウルをどう扱おうが知ったこっちゃないけどな、関係ない人間まで巻き込んでんじゃねーよっ!!」

 真剣な表情で睨み付ける蓮を見て、ジニアさんは一瞬神妙な表情を見せたものの、すぐに目を細めて微笑んだ。その反応に、さらに怒りのボルテージを上げる蓮。カァッと顔が赤くなる。

「おやおや、蓮坊っちゃん。そんなに騒ぐと大変な事になりますよ?」

「何がだっ! お前らが仕掛けたこと以上に大変なことなんて、あるわけないだろっ!!」

 怒号した蓮だが、次にジニアさんが投下した爆弾には逆らう術がなかった。

「いいんですか? さっきからずっと寝た振りをしているお姫様が本当に起きてしまいますよ?」

「へ?」

「『魔法破壊』は全ての魔法を解除するのをお忘れですか?」

 間のぬけた声を出したまま固まった蓮は、さぁっと青ざめる。ゆっくりと視線を移した蓮が目にしたものは、お姫様と呼ばれた桜子がゆっくりと起き上がる姿だった。



2013.12.23 15:27 改稿

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