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ペットな王子様  作者: 水無月
第十章:王子様と憧れの人

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第57話

 まるで風が吹いたかのように長い髪がふわりと揺れた事も、突然身体に力が入るようになった事すら自覚せず、私はただ、ラウルと阿須田さんが足を止めて私を見た事だけに気をとられていた。

 ラウルをちゃんと見つめようと反射的に起き上がり、そして感情をぶつけるように口を開く。

「行かないでよ、ラウル! 私、ラウルの事忘れたくなんてない! 突然いなくなるなんて嫌だよ。もっとずっと一緒にいたいの!!」

 王家の事情も、今置かれている状況も関係ない。ただ、私の中にあった飾りも何もない素直な気持ち。

 言った後、私の頬をつぅっと温かな物が流れ落ちた。

「ラウルが傍にいてくれなきゃ、やだよ……」

 ラウルも好んで行こうとしているわけではないのは理解している。どうにもならない状況だから、仕方なく去ろうとしているのだ。

 だから、私のこの気持ちはラウルを困らせるだけだとわかっているが、それでも溢れ出る気持ちは抑えられなかった。

 驚いたように私を見つめるラウルを、ぽろぽろと涙を流しながら見つめ返す。 

 と、その時だった。

 突然現れた青白い半透明な壁が、私の周囲に立ちはだかる。

 目の前に現れたその壁に驚いて止まる涙。

 その壁の向こうで私以上に驚いて目を見開いた阿須田さんの顔が視界に入った。

「ラウルっ」

 蓮が鋭く叫ぶとラウルは私から視線をはずし、射るような鋭い眼差しで阿須田さんを捉える。そして、はっとしたように身を引いた阿須田さんに向かって、小さな手のひらを向けた。

「油断したな、アスター」

「っ……」

 慌てて宙に何かを描こうとした阿須田さんだが、それが形を成すより速く、ラウルの前で小さな魔方陣が光を灯す。

 次の瞬間、阿須田さんの身体が後方に吹き飛んだ。ダンッと大きな音をたててリビングの壁に強く身体を打ちつけ、動きが止まる。

 それを冷静な表情で見ながら、つぃっと細い指を動かし、新たな魔方陣を描くラウル。阿須田さんを捕らえるように、光の縄が巻きつく。

「このオレが大人しく言う事を聞くと、本気で思ったのか?」

「へ?」

 自信満々の不敵な笑みでラウルが阿須田さんに向けた言葉に、私の方が思わず驚きの声をあげる。事態が好転した事はなんとなくわかったものの、状況がさっぱり飲み込めない。

 捕らえられて項垂れる阿須田さんを見て満足げに微笑んでいるラウルから、私は蓮に視線を移した。が、蓮はすでにそこにおらず、蘇芳色の光から解放されソファで横たわる桜子の隣にほっとした表情で立っていた。穏やかな桜子の寝顔に、私も安堵する。

 何が何だかわからないが、どうやら桜子にかけられた魔法が解け、人質を失った阿須田さんが攻撃されたらしい。

「桜子は大丈夫なの?」

 見た目だけでは確証を得られないので確認すると、蓮は桜子の寝顔を見つめながら頷いた。ほっと胸を撫で下ろした私は、蓮なら状況を説明してくれるだろうと思って首を傾げながら見つめると、微苦笑を浮かべる蓮。口を開こうとしたが、その前にラウルが小走りにやってきた。

「やるではないか、レン!」

 先ほどまでのしおらしさはどこに行ったのやら、テンション高めのラウルが、私に抱きつきながらそう言った。

「さすがは母上の弟だな! 少しは見直したぞ!!」

 珍しく蓮の事を褒めながら、私の首に手を回して、私の髪に頬を摺り寄せるラウル。まるで子猫姿のラウルが足もとに擦り寄ってきたのと同じようだと、思わず微笑み、ようやく混乱していた頭の中がほどけだす。

「よくわからないけど、蓮が桜子にかけられた魔法を解いたの?」

「うむ。正確な解除魔法を用いらなければならぬとアスターも言っておったであろう。術者ではなくても、正確な解除の術がわかれば解けるのだ。ただ、魔法の構成を正確に読み取り、その解除する魔法の構成を考えるのが困難なのだ。だが、その手の作業が得意な母上に魔法の基礎を叩き込まれたレンならなんとかすると思ったぞ!」

 まるで自分の手柄のように耳元でふふんっと笑うラウル。どうやら、ラウルの中では作戦通りだったらしい。

「まぁ、それも俺がアスターを油断させ、時間を稼いだおかげだがな!」

「あのな……」

「しかし、意外と速かったではないか! さすがにオレも驚いたぞ? ヒナタアオイとサクラコから引き離した所で、アスターの意識を保ったまま身動きできないように捕らえようと思っておったのだが、その前にかたがつくとはな」

 半眼で何かを言おうとした蓮を遮り、言葉を続けるラウル。阿須田さんを負かした事が嬉しいのか、やたらテンションの高いラウルを見ながら、蓮は対照的に静かにため息をつく。なんだか、見事な仕事をやり終えた人には見えない。

「あのなぁ、ラウル。お前の作戦伝わってなかったからな?」

「なぬ?」

「お前の性格からしてあいつの言う事を素直に聞くことがおかしいとは思ったけどさ……。魔法が解除できないか試みてはいたけど、お前の思惑なんて関係ないし」

 呆れたような眼差しの蓮に、きょとんとするラウル。

 ラウル的にはばっちりと意思疎通のできている作戦だと思っていたらしい。

「普通はわかるであろう! このオレが、命をよこせと言われて簡単に差し出すわけがなかろう? 時間稼ぎのげんに決まっているではないか! オレがいなくなったら、母上が悲しむ。そして、ヒナタアオイもな。女性を泣かせては、男が廃るではないか! そんな事するはずなかろう!」

「いや、今泣かされたけど?」

「ぬぉ!?」

 思わず突っ込むと、ラウルは焦りの声を上げ、抱きついていた腕をはなすと私を正面から見つめた。きっと猫の姿だったら耳を伏せてそうな申し訳なさそうな困ったような表情だ。

「それはだな、その、本当にいなくなるよりは、ほんの少しの間悲しむだけの方がましであろう? だからだな、ヒナタアオイが悲しそうな顔をするのは苦しくも……いや、ちょっと嬉しかったりもしたのだが、その、油断させて一撃を決めるのにだな……」

「いいよ、ラウル」

 パタパタと手を動かしながら必死に言い訳をするラウルを見て、思わず笑ってしまう。

 私を守る為に命を捧げようとしたのが本当じゃなかったならそれでいいのだ。

 いなくなったら悲しませるからと、どんな作戦をとっても勝とうとしてくれた。自分の命をちゃんと大切にしてくれた。

 演技に騙されて悲しい思いをした事よりも、その事のほうが嬉しかった。

「終わりよければ全てよし! みんな無事だったんだから、泣かされた事は許す!」

 ぎゅっと抱きしめると、ラウルは嬉しそうに腕の中で微笑んだ。

 しかし、そんな私たちの事を見ながら、蓮は再び小さく息をつく。

「本当に、終わりよければ全てよしだよな。ラウルの作戦、完全なる失敗だったし」

「え?」

「なぬ?」

 呟くような蓮の言葉に、ラウルは私から離れると、心外だと言わんばかりに唇を尖らせて蓮を睨んだ。

「どこが失敗なのだ? 結果的にうまく事はおさまったではないか! オレが時間を稼いだから、レンは魔法を解けたのであろう? 作戦通りだぞ」

「いや、魔法解いたの俺じゃないし」

 蓮の即答に、困惑したように固まるラウル。眉をひそめ、蓮を見つめる。

「宮廷魔道士かつこっちで守護者(ガーディアン)やってたような人間が複雑に構成した魔法を、短時間で解析・解除できるかよ。それこそ、常識はずれの変人やら姉ちゃんならともかく、俺はこの時間じゃ無理。お前の周りにいる奴は普通じゃないんだよ。だから、本来はお前の作戦は失敗なわけ」

「何をいっておる、レン。では、他に誰がやったというのだ?」

 ラウルと同じ疑問を持って蓮を見つめていると、蓮はラウルから私に視線を移した。

 そして、微苦笑を浮かべ、優しい瞳で私を見つめる。

「え、何?」

 何か言いたげな蓮に思わず尋ねると、蓮はゆっくりと口を開いた。 

「魔法を解いてくれたのは、ひまわりだよ」

 蓮の口にした言葉を理解するのに、ラウルも私も数秒を要した。

 そしてその後、家じゅうに私とラウルの驚きの絶叫が響き渡ったのだった。


2013.12.23 15:16 改稿

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