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ペットな王子様  作者: 水無月
第十章:王子様と憧れの人

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第53話

 桜子からの電話を切ったあと緊張を解き放つように深く長く息をつくと、正面に座っている気遣うような眼差しの蓮と目が合った。

「ひまわり、大丈夫か?」

「うん、平気だよ」

 そう言って微笑むと、ずっと手を握っていてくれたラウルにも笑顔を向ける。

「ラウルも、ありがと」

「うむ。だが、迷惑をかけているのはオレだ。礼を言う事はない」

 神妙な顔でそう言うと、ラウルはそっと手を放した。

 桜子からの誘いは、蓮の指示で弟の調子が悪いからと断ることになった。昼間に元気なラウルと会っている桜子がその理由を信じたかはわからないが、ラウルが理由で行けないことは理解してくれたらしい。阿須田さんに私が言った通りに伝えているのが電話越しに聞こえた。阿須田さんの残念がる声も小さく聞こえたが、そこに悪意を感じることは私にはできなかった。

「へ、変に思われなかったかな」

 いつも通りに話したつもりだが、阿須田さんの正体を知ってしまった動揺を隠しきれたかわからない。桜子との会話で阿須田さんに疑われなかったか心配だった。

「ひまわりは何も問題なかったよ」

 蓮は安心させるような微笑を私に向けてから、ラウルを半眼で見る。

「そもそもラウルが街中で不用意に魔法を使ったりするから、ひまわりのそばにラウルがいるって疑いが確信に変わろうとしてるんだろうし」

「オレのせいだと申すか!?」

 蓮の言葉に憤慨するラウル。だが、蓮の方がご立腹らしい。普段はどちらかと言えば可愛らしい顔が、般若の面のように変わっている。

「お前以外の誰のせいだ!」

「わ、私のせいかも……」

 ラウルを怒鳴りつけた蓮に恐る恐る手をあげて申し出ると、二対の瞳が私を見つめた。

「こ、これ……」

 二人に見つめられる中、ラウルに今日魔法をかけ直してもらったばかりのヘアピンをおずおずと指さす。二人の大きな目が見開かれた。

「いや、ひまわり。それくらいの魔法じゃ怪しまれる要因にはなっても、確信されるほどのものじゃないから」

「うむ。その程度の魔法で術者を特定するのは難しい。レンが渡したものかもしれぬと考えるはずだ。ヒナタアオイのせいではないぞ」

 私がよっぽど申し訳ない顔をしていたのか、慌ててフォローしてくれる二人。その気持ちにさらに後ろめたくなり、私はかくんとうなだれた。

「違うの……。さっきこのヘアピン見せてほしいって言われて手渡した上に、弟の手作りだって言っちゃって……」

 阿須田さんとのデートに浮かれて、何も考えずにそう答えてしまった自分が情けなくなる。蓮がラウルに説教している時に、狙われる可能性があると聞いていたのに……。

「ごめんなさい」

「いや、ひまわりは悪くないから!」

「ヒナタアオイのせいではないぞ!!」

 俯く私に、がたんと立ち上がって同時に口を開く二人。二人の声の大きさに驚いて顔をあげると、一緒に声を上げたのが気にくわなかったのか、軽く睨みあっているラウルと蓮。だが、私が二人を見ているのに気付くとはっとしたように座りなおした。

 隣のラウルは、私の手をきゅっとつかむと澄んだエメラルドのような瞳で私を見上げる。

「そもそも、それを贈ったのはオレだ。ヒナタアオイの傍に魔法界の者がいると疑われるきっかけにさせたオレが悪い」

「ラウル……」

 蓮にラウルのせいだと言われた時は憤慨していたのに、私のせいかもしれないとわかったら自分のせいだと言ってくれるその優しさが胸にしみる。

「その程度で誰かに怪しまれると思わずに何も注意しなかった俺も悪い。魔法界のことを何も知らないひまわりのせいじゃない」

「蓮もありがと」

 二人のフォローにぎこちなくだが微笑むと、二人はほっとしたように肩の力を抜いた。

「とりあえず、誰のせいかは今更いってもしょうがないから置いておこう」

「最初からそうすればいいものを」

 気を取り直した蓮にラウルがぼそっと言い返し、二人の間に再び火花が散りかける。だが、それでは話が進まないと気づいたのか、蓮は小さく息を吐いてそれをやり過ごした。

「問題は、相手がラウルの居場所をつきとめた後にどうするつもりか、だな」

 そう言って蓮がちらりとラウルを見ると、ラウルは腕を組んでソファの背もたれに身体を預けた。宙の一点を見つめ、ゆっくりと口を開く。

「オレが異世界にいる証拠をつかみ、イベリスに報告。アスターに与えられた指示はそんなところであろう。こちらでの探索には最適な人物ではあるが、アスターの性格上、それ以上のことはむいておらん」

「どういうことだ? ってか、桜子にかけた魔法の熟練度と言い、ひまわりに違和感を感じさせなかったことと言い、貴族のくせになんでこっちに慣れてるんだ?」

 訝しげに眉をひそめる蓮。

 確かに、阿須田さんはラウルと違ってこちらの世界に住人としてまるで違和感がなかった。だが、前に蓮が説明してくれた話によれば、貴族はこちらの世界に来ることはないらしい。よってこちらでの魔法の使い方も不慣れなはずだし、知識を入れていたとしても常識の違いに多少の戸惑いはあるはずだ。それにしては、阿須田さんのお店での対応はとってつけたようなものではなく、長年こちらに住んでいる蓮よりもよっぽどスマートな対応だった。ラウルを追ってきてから身につけたようなものには思えない。

「アスターは数年こちらの世界に住んでおったからな」

「は?」

 予想外の答えだったのか、蓮は短い疑問の声をあげた。

 ラウルは小さく息を吐くと、再び口を開く。

「イベリスは後見人だと言ったであろう? アスターは代々貴族の家系であったが、父親が罪を犯し処罰され、一家はその階級をはく奪された。だが、貴族として育った者が民衆の生活に馴染むのは難しい。それでアスターはイベリスが後見人となるまでの5年ほど、こちらの世界に住むことになったのだ。後半の数年は、レンと同じ守護者もやっていたようだし、こちらの世界でオレに気づかれずに探索するには最適であろう」

「なるほどな。どうりで精神干渉の魔法にも慣れてるわけだ」

 険しい顔で呟く蓮。苛立ちを吐き出すように大きく息を吐くと、ラウルに視線を向ける。

「で、探索以上のことはむかないってのはなんだよ? 穏やかで女子に優しいからってだけじゃないよな?」

「子供にも優しいぞ、奴は」

 自信満々に言いきったラウルに、蓮ががくっと崩れ落ちる。ラウルは何が不満だと言いたげな眼差しを蓮に向けている。

「魔法界に戻ってきたアスターと学院で一緒だったのだ。あやつが女子供にめっぽう弱いのはよく知っておる。イベリスの下につくには優しすぎると言われておったが、イベリスのことだ、そのうちオレがこちらの世界に来るだろうと読んでこちらの世界の探索にむいているアスターの後見人になったのかもしれんな」

「のんきに言うことか?」

「イベリスはともかく、アスターは危険な人間ではないからな。アスターにまだ姿を確認されたわけではない。イベリスは確証を得なければ動かぬ慎重な男だ。イベリスが他の人間を動かす前に対処すれば問題ない」

「本当に大丈夫なんだろうな? 既にひまわりや桜子に迷惑かけてんだぞ。断言できるのか?」

「二人に迷惑をかけたことは申し訳ないと思っておる。だが、政治に関しては蓮よりオレの方が優秀だぞ。いや、全てにおいて優秀だったか」

「あーはいはい」

「なんだ、その投げやりな返事は。事実であろう?」

「ラーウール」

 私はいつもの調子を取り戻したラウルの手をとってたしなめる。せっかく苛立ちを押さえようとしている蓮の顔が再び般若の面に変わりかけているからだ。

 だが、ラウルは蓮の表情の変化など全く気にした様子もなく、自信に満ち溢れた笑顔を私に向ける。

「安心するがよい、ヒナタアオイ。そんな顔をせずとも、深刻な状況ではない。それに、何かあったとしてもヒナタアオイはオレが守るから大丈夫だ」

 幼さを感じさせない力強い笑み。異世界にまで自分を狙うものが来ているというのに、そんな状況でもこんな大人びた笑みを浮かべられるようになるまで、ラウルはどんな思いをしてきたのだろう。

「……ヒナタアオイ?」

 驚いたような、戸惑ったような、少しだけ子供らしさを感じさせる声が腕の中で聞こえる。思わずラウルを抱きしめた私の背を、ラウルの小さな手がそっと撫でる。

「不安なのか? 心配せずとも、オレには守るだけの力がちゃんとある。だから……」

「違うよ」

 ラウルの声を遮って、私はラウルの耳元ではっきりと告げる。腕をといて身体を少し離し、すぐ傍で見つめたラウルのエメラルドのような美しい瞳は、良くわからないというようにキョトンとしていた。

「ラウルのことも蓮のことも信頼してる。だから心配してないよ。今のはただ、私もラウルを守りたいと思っただけ」

「オレを? ヒナタアオイが?」

「うん。魔法は使えなくても、できることは少なくても、私だってラウルを守りたいんだよ」

 何ができるかはわからないが、気持ちだけでも伝えたいと真っ直ぐにラウルを見つめる。ラウルはそんな私の目をじっと見つめた後、ふわりと微笑んだ。

「気持ちだけうけとっておく。ありがとう、ヒナタアオイ」

 ラウルはそう言うと、スッと顔を寄せて私の頬に唇を寄せる。温かで柔らかな感触に思わず頬を赤らめると、コホンと咳ばらいがリビングに響いた。はっと正面を見ると、目を閉じた蓮がひくひくと顔をひきつらせている。

「もう、いいか?」

「あ、えと、はい」

 こんな時にいちゃいちゃするなと言いたげな蓮の声に私は慌てて背筋を正して座りなおす。ラウルはわざと私にくっつくように座り、何故か勝ち誇った笑みを浮かべているが、目を閉じたままの蓮に見えていないのが幸いだ。

「とりあえず、オレは一回帰る。桜子の様子を確認したいし、あの変態にラウル引き取らせに来させなきゃいけないしな」

 蓮の言葉に、ラウルは唇を尖らせる。

「オレはまだあちらに帰る気はないぞ。まだ課題は終わっておらん」

「そんなの後回しに決まってんだろうが。ひまわりと桜子巻き込んどいて、どの口が言ってやがる」

 カッと目を見開いて言った蓮のあまりの迫力に、ラウルは返す言葉を失って視線を逸らした。不遜な態度を見せるラウルも、やっぱり怖いものは怖いらしい。

「アスターに見つかる前に、ラウルは一度帰れ。この件を片づけてからまた来ればいいだろ。ただでさえひまわりに迷惑かけてるんだ。これ以上余計な心配させるな」

「それは……そうだが……」

「向こうにいたら、ラウルは安全なの?」

 ふて腐れたラウルの手を握りながら尋ねると、蓮は頷いた。

「向こうじゃ手を出せないから、こっちで狙おうとしてるんだ。あっちにも敵は多いが、それ以上に王族の力は圧倒的だからな」

「こっちでも負けぬ」

 ぷぅっと膨れつつ、蓮の怒りにビビったのか小声で強がるラウル。

 王子様は納得いかないようだが、少しでも危険が少ない方がいいに決まっている。

「とりあえず、ラウルが安全なところに行った方がいいよ。私はラウルが帰って来るのちゃんとまってるから、ね」

「オレが帰ってしまっても、ヒナタアオイはいいのか?」

「寂しいけど、ラウルの身の安全の方が大事だもん」

「…………」

「いっそのこと、今一緒に帰るわけにはいかないの?」

 それが一番安心なのではと尋ねるが、蓮は困ったような微苦笑を浮かべた。

「ラウルをうちに連れてくのは念の為避けたいんだ。見張られてる可能性も高いから」

「ここからは帰れないの?」

 私の素朴な疑問に、蓮は異世界間の移動に関する簡単な説明をしてくれる。

 ただ移動するだけならば、そんなに複雑な魔法ではないらしい。だが、移動場所の指定はできない。二つの世界を重ねた同じ座標に移動するようだが、おおよその場所はわかっても、移動先の詳細は確認のしようがない。ここから移動すればラウルの国の首都であることは確実だが、他人の家の中かもしれないし、川の上かもしれない。極秘裏に帰るのはまず無理だそうだ。場所を指定するとなると、指定先にも魔方陣が必要だし、魔法もやや複雑になる。それが王族の住むような重要な場所になると、セキュリティーの問題でものすごく複雑な魔法になるそうだ。魔方陣を描くだけで、6畳くらいの広さが必要になるらしい。それをここで描くくらいなら、蓮が家に戻って、すでに家にあるお城直通の魔方陣で帰ってジニアさんを呼んでくる方が速いと言うのが蓮の結論だった。ジニアさんやラウルのお父様なら、そんな魔方陣を必要としなくても自分の城に帰れるらしい。

「オレがさっさと帰ってあの変態に迎えに来るように言ってから、桜子の様子を見て戻ってくる。それまで、ラウルは猫の姿でいるんだぞ」

「何故だ!」

「息子を動物に変化させるなんて、普通の発想ではありえないからだよ。つか、普通はできないからだ。万が一アスターが黒猫のお前を見たところで、お前だって普通は思わない」

「レンは気づいたではないか!」

「そりゃ、変人の魔力が溢れる首輪してたし、俺はあの変人にさんざんな目にあわされてきてるんだよ。常識がないのなんて誰よりも知ってる。普通の相手なら、首輪さえ外しとけばただの猫としか思わないはずだ。少なくとも、その姿でいるよりはマシだろ」

「ネコの姿では魔法がつかえぬではないか!」

「見つからなきゃ、魔法が必要になることもないだろ。とにかく、ジニアが迎えに来るまで人の姿に戻るんじゃないぞ。すぐに迎えによこすから」

 そう言うと、レンは私を申し訳なさそうに見つめる。

「ってことで、よろしく、ひまわり。こいつがダダこねても、人の姿に戻さなくていいからな」

「うん、わかった」

 私の返事にラウルはものすごく不満そうだったが、私が顔を近づけても逃げることはなかった。素直にキスされて、猫の姿に変化する。ソファの上に現れた黒猫は、ひょいっと私の膝の上に乗ると、そのまま丸くなった。不満ではあるが、蓮の言うことに納得もしているのだろう。ラウルの首輪を外した蓮が急いで帰るのを一緒に見送った後も、人の姿に戻せと暴れることはなく、私の腕の中で大人しくしていた。


2013.12.23 13:42 改稿

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