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ペットな王子様  作者: 水無月
第九章:王子様と魔法とカフェ

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第50話

 トイレから戻ってきたラウルは、先ほどの大人の姿や高貴な雰囲気は影も形もなく、いつも通りの可愛らしい子供の姿だった。注文しておいた品がテーブルの上に揃っているのを見ると、嬉しそうに微笑む。

 だが、ご機嫌なのは美味しそうなケーキを目の前にしたからだけではないだろう。

 達成感たっぷりの満足げな表情。思い通りに先ほどの青年をやり込めたのが嬉しいらしい。

「見たか? ヒナタアオイ」

 さっそく目の前のショートケーキをほお張りながら、キラキラした瞳で尋ねるラウル。

「うん。口の周りにクリームついてるね」

「そうではなく!」

 ぷぅっと頬を膨らませるラウルを見て、思わずクスクスと笑ってしまう。さっきまでの大人っぽさは何処にいったのだろう。

「何を笑うか、ヒナタアオイ!」

「ごめんごめん。びしっと注意したラウル、かっこよかったよ」

 そう言いながらラウルの口の周りについたクリームを指先で拭うと、ラウルは満足げに微笑んだ。

「そうか。これであやつも反省すればよいのだがな」

「そうだといいね」

 そう簡単に人が変わるとは思えないが、公衆の面前であれだけ言われたらさすがに少しは堪えるだろう。逆恨みするタイプの人間だったら嫌だが、姿を変えているから危ない目にあう事もないはずだ。とりあえず、彼が大人しく話をする気になっただけでもラウルの功績はあったと言えるだろう。

「魔法も、見事だったであろう?」

 どこか誇らしげに尋ねるラウル。

 確かに見事な変身ぶりだった。

「うん。あれはどんな魔法なの?」

「ふふ。あれはだな……」

 そう言って、ラウルが楽しげに解説をはじめようとした時だった。バッグの中の携帯電話が震える。その音に反応してラウルが言葉を止めたので、私は謝りながら送られてきたメールを確認した。

 送り主は蓮。

『そのケーキ食べ終わったら、姐さんに気付かれないようにラウル連れて外に来てくれない?』

 どこかで私達を見ているらしいメールの内容に驚いて窓の外を見れば、向かいのビルの片隅に身を隠すようにしながらこちらを見ている蓮の姿。私が気付いた事を確認すると軽く手を上げ、それから一歩退くと蓮は壁の向こうに姿を隠した。いつもの蓮なら笑顔を見せるところだが、なんとなく表情が硬い。

「どうしたのだ?」

「んーと……、とりあえずケーキ食べちゃおっか」

 笑顔でそう言った私を不可思議そうに見つめたラウルだったが、雰囲気で何かあったと察してくれたのか、文句も言わずに素直に残りのケーキを平らげた。そして、こくこくとアイスミルクティーを飲み干す。

「で、どうしたのだ?」

「じゃ、外に行こうか?」

「サクラコを待つのではなかったのか?」

 小首を傾げて訊ねるラウル。正直に外で蓮が待っていると言ったらおそらく渋るであろうラウルに苦笑を返しつつ、私はバッグを持つと席を立った。

「外で待つから、行こ。ラウル」

「??」

 歩き出した私を不思議そうな顔で追いかけてくるラウル。支払いを済ませながら、まだ店の奥から出てこない桜子に『外で待っている』とメールを送る。そして、向かいのビルまで歩いていった。

「ヒナタアオイ、いったいどうし……うぐっ!?」

 私を見上げて訊ねたラウルの頭に勢いよく拳が振り下ろされ、不意をつかれたラウルは頭を押さえてしゃがみこんだ。

「ちょ、蓮!?」

「お前は、アホかっ!」

 驚いて名を呼んだものの、どうやらお怒りのご様子の蓮の耳には届かなかったらしい。痛みのあまり涙目で蓮を見上げたラウルを、半眼で睨みつけている。

「突然何をするのだ、レン!!」

「何をするんだはこっちのセリフだ!」

「ぬぉ!?」

 いつもと違い、本気で怒っているらしい蓮に少々怯むラウル。そろそろと立ち上がると、不服そうに唇を尖らせながら蓮を見つめた。

「何をとは、何なのだ?」

 訊ねるラウルにピクッと顔を引き攣らせると、今度はペシッっと平手で頭を叩く蓮。

「れ、蓮?」

 いつになく攻撃的な蓮のジャケットの袖をそっと掴むと、ようやく蓮は私がいた事を思い出してくれたらしい。はっとしたように私を見つめると、苦笑を浮かべる。

「あ、ごめん。ひまわり」

「……謝るのはヒナタアオイにではなく、暴力を振るわれたオレにではないのか」

 一瞬表情を和らげた蓮だったが、ラウルの呟きに再びきっと目を吊り上げる。しかし、私が袖を掴んだままだからか、さすがにもう手を上げる事はなかった。

「ラウル……。お前な、自分の立場を理解してんのか?」

「立場とは、オレが王子であるという事か?」

「そうだ」

「そんなもの、わかっているに決まっているであろう。バカにしておるのか、レン」

 ため息混じりに返事をしたラウルに、蓮の怒りのメーターが振り切れそうになるのが見て取れた。だがじっと見つめている私の手前か、蓮は落ち着こうとふぅっと息をつくと、静かに口を開いた。

「お前、桜子に魔法をかけた奴がいるって知っててここに来たよな?」

 どうやら、蓮は最初から私達の事を見ていたらしい。と言うよりも、桜子の様子を心配して来ていたのだろう。ラウルが桜子に抱きついてるのを見て、大体の事を察したに違いない。

「う……うむ」

 恐る恐る答えるラウルに、蓮の冷たい視線が突き刺さる。

「で、相手の正体も、そいつが周囲にいるかいないかもわからなかったんだよな?」

「そ、そうだが……」

 蓮の静かな怒りの雰囲気に気圧されながら、おずおずと答えるラウル。冷笑を浮かべつつ、蓮はラウルを問い詰めていく。

「それなのに、ちょっとした怒りに任せて大衆の面前で堂々と魔法を使ったわけだ……」

「あ、あれは正義の為ではないか! それに、レンも人前で魔法を使うであろう」

「俺とお前を一緒にするな!」

 ぴしゃっと言われ、思わずびくっと肩をゆらすラウル。蓮がこれだけ怒るのも珍しい。

「だいたい、問題なのはここの世界の住人じゃない。こっちに来ている向こうの人間だろ」

 真剣な眼差しの蓮にそう言われ、ラウルはぐっと息を飲んだ。

「俺は周りの状況を把握した上で使ってるし、魔力も極力抑えてる。そして何よりも、俺はただの一般庶民だ。万が一誰かに魔力を感じとられても問題ない。だけどな、お前は仮にも一国の王子なんだ。こんな場所にいるなんてばれたら色々厄介なんだよ! それをお前は、タチの悪い奴がいるかもしれない場所で、あんな派手に魔法を使って……」

「でも今までもラウルは魔法使ってたし、その時は大丈夫だったんでしょ? 今日も蓮がみて怪しい人がいなかったら平気なんじゃ……」

 唇を噛んで俯いたラウルの代わりに私が尋ねると蓮は私に苦笑を向け、それからラウルに視線を戻した。

「今、ジニアいないだろ」

「うむ……」

「お前の父親似の必要異常に目立つ魔力がいやに控えめなのは、変身魔法の一環じゃなかったみたいだな。あいつが傍にいて押さえてたんだよ。いなくなったとたん、これだ。つか、魔法を使った時に今までと違う事に気付け。俺じゃなくても、離れててもわかるくらい目立ってたぞ。国民は皆あの変人の魔力を知ってる。それに酷似した魔力を感じたら、バレバレだ」

「だがしかし……今回はあの男を……」

「お前が何もしなくても、桜子なら自分でなんとかできる。あれはおまえ自身が言ってすっきりしたかっただけだろう。正当化するな」

 よかれと思ってやった事を否定され、ラウルは拗ねた顔でうつむいた。

 蓮が言うことも納得できるが、少々可哀想になる。

 いつもの蓮なら、もっと優しく注意するのに……。

「蓮、ラウルも悪気があってやったわけじゃないし、次から気をつけると思うから、今日はこれくらいで……」

「いや。ダメだ。こいつは父親に似て、すぐ調子に乗るところがあるからな」

 庇うようにラウルの前に立った私に、厳しく言い切る蓮。

「でも、ラウルはちゃんと大切な事はわかってるよ。気付けは守れる子だと思うけど」

「気付いてからじゃ遅い事もある。つーか、まだわかってないだろうから、もう少し言わせてもらうけどな、ラウル」

 私の影からじとっと見上げているラウルを見つめ、蓮は言葉を続ける。

「こっちにいる間にお前が誰かに狙われる事があったら、一緒にいるひまわりまで巻き込む可能性が高いんだ。それ、わかってんのか? 今までは大衆の面前で使わなかったし目立たなかったから見逃してやってたけど、こっちの世界に慣れてきたからって調子に乗って所構わず魔法を使うんじゃない!!」

「……そう言う事か」

 啖呵を切った蓮だったが、私の背後から聞こえたのは呆れたようなラウルの声。しゅんとすると思いきや、むしろ半眼で睨み返したラウルに、蓮はひくっと顔を引き攣らせる。

「なんだよ、その言い方は」

「道徳的や法的な問題でもなく、オレの心配をしているわけでもなく、ようするに、ヒナタアオイに迷惑がかかるのではと怒っているのだな」

「え?」

「それは……」

 蓮と私の声が重なったあと、ラウルは深々とため息をついた。

「レンがそんなに怒るとは、おかしいと思ったのだ」

「ラウル」

 やれやれといった風のラウルに、蓮が唸るような声をあげる。

 しかし、ラウルはにっこりと微笑んで言葉を続けた。

「確かに、今回の事はオレの考えが至らなかったかもしれん。でも、安心しろ。もし、何かがあったとしても、ヒナタアオイの事はオレが必ず守る。危険なめになどあわせん。オレと真実の愛を築く相手なのだからな」

 堂々とした雰囲気で、不敵な笑みを浮かべるラウル。

 その発言はとても嬉しかったのだが、蓮がぷちっと切れた気がして、私は何も言えなかった。

「……ひまわり」

「はい」

 静かに揺らめく怒りの炎を隠しもせず、私に一見爽やかな笑みを向ける蓮。

「家の鍵貸してくれない? オレの家、こいつ出入り禁止だから」

「ど、どうぞ……」

 きょとんとしたラウルの前でそっと差し出した鍵を受け取ると、ぐいっとラウルの首根っこを掴む蓮。

「ぬあ!?」

「お前は家でゆっくり説教してやる」

 低い声でラウルにそう言うと、蓮は私に笑顔を向ける。

「ひまわりは姐さんとごゆっくり。リビングだけ使わせてもらうな」

「どうぞごゆっくり」

「ぬぉ!? ヒナタアオイ、助けぬのか!!??」

 ずりずりと引きずられているラウルとご立腹な蓮の後姿を、苦笑を浮かべながら手を振って見送る私。

 二人の世界に関する事は、私は口を挟まないほうがいいだろう。

 ラウルがちょっぴり可哀想だと思いながら、蓮って本気で怒ると結構怖いんだと新たな発見に少々驚きつつ、私は桜子から連絡があるまで近くでふらふらと時間をつぶしたのだった。


2013.4.26 22:38 改稿

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