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ペットな王子様  作者: 水無月
第九章:王子様と魔法とカフェ

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第49話

 ゆったりと歩いて行ったラウルが悪態をついていた青年の前で立ち止まると、店内はシンッと静まり返った。突然現れた美青年が何をしようとしているのか、カフェにいる全員が固唾を呑んで見守っているようだった。

 だが、ラウルはそんな視線を気に止めることもなく、目の前の青年をじっと見つめる。口元に僅かな笑みを浮かべているものの、それとは対照的な威圧するような眼差しに、先程まで息巻いていた青年はゴクリと生唾を飲みこんだ。

「見苦しいな」

 店中の視線を浴びながら、ラウルは静かにそう言った。

 ピクリと、青年の顔が引き攣る。

「なんだと、てめぇ」

「聞こえなかったのか? 見苦しいと言ったのだ」

 低く唸るような声を出した青年に臆することなく言葉を返すラウル。

 青年はラウルに気圧されながらも、負けじとラウルを睨んだ。

「ふざけんじゃねーよ。使えねー店員に文句言って何が悪い! こっちは、服汚されて迷惑してんだよ」

「それは周りも見ずに突然席を立った自分の不注意であろう? 他人のせいではあるまい。自業自得と言うのではないのか?」

「は? そんなもん、よけなかったこの女が悪いんじゃねーか」

 ラウルの正論にも悪びれる様子もなく、いけしゃあしゃあと言い返す青年。この女呼ばわりされた桜子の瞳に怒りの炎が揺らめくが、桜子はそれを鎮めるようにそっと瞳を閉じ、口を開くことはなかった。

「ほう……。よけなかったほうが悪いと……」

 ラウルはそう言ってふっと、口元に笑みを浮かべた。

 その表情に青年が訝しげに眉をひそめた時、ふっと何かが動いた。

「!?」

 驚いて目を見開いた青年の前には、素早く突き出されたラウルの拳。顔に当たる寸前で止められている。

「何すんだ、てめぇ!」

「よけられないではないか」

 怒鳴る青年に、拳を下げながら平静な表情でしれっと言うラウル。

 ラウルの言わんとしたことがわかったのか、青年は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「突然横から飛び出して来た物をよけるのは、簡単な事ではあるまい。お主とてよけられなかったではないか。それでもまだ、相手が悪いと申すのか?」

 ラウルの凛とした強い眼差しに、青年は言い返すことが出来ずに悔しそうにぐっと唇を噛んでいる。しかし、一時おいて彼は口を開いた。

「だが、オレは客だ! 金払ってやってんだから、この女に文句言う権利があんだよ!」

 青年の発言に、ラウルは深々とため息をついた。そして、呆れたような眼差しを彼に向ける。

「オレの勘違いでなければ、金と言うのは品物や特定の行為等の対価として支払うのではなかったか? それ以上の事は、金ではなく相手を思う気持ちでしているのであろう。感謝こそすれ、言いがかりをつける権利などないと思うが?」

「は? バカじゃねーの、お前。店は客に頭を下げるもんなんだよ。お客様がいなきゃ店はなりたたねーんだからな。客の方が偉いんだよっ」

 馬鹿にしたようにそう言った青年に、ラウルの表情が一変する。

 静かに燃える怒りの炎がラウルを包み、冷たい瞳が彼を捕らえた。華やかな雰囲気から、他者を圧倒するような王者のオーラにかわる。

 青年だけではなく、店中の人間がその雰囲気にのまれるように、息を止めてラウルを見つめた。 

「お主、何か勘違いしておらぬか?」

 静かだが迫力のあるラウルの声に、青年は息を飲んで一歩後退った。

 ラウルは強い眼差しで彼を捕えながら、言葉を続ける。

「己の非を認め詫びるのに、立場など関係ない。どんな者も、自らの過ちは認めるべきなのだ。それは恥じる事ではなく、弱さでもない。間違いを起こさぬ人間などいないのだからな。非を認め、迷惑をかけた相手がいるなら謝罪をし、そこから何かを学び取っていく。そうする事で成長していくのが人であろう?」

 ラウルの言葉に、緊張感漂う雰囲気の中、私は思わず微笑んでしまった。

 わが道を行くような王子様だが、こんな風に大切な事はちゃんとわかっている。

 それがなんだか嬉しくて、そしてちょっぴり誇らしかった。

「それにだ、過ちを認めず我を通し、頭を下げぬことが強さでも誇りの高さでもない! 寧ろ、人を赦す事の出来る者の方が人として大きいのだぞ。お前のように、非礼を詫びて謝り続ける相手をいつまでも愚弄するなど、己の器の小ささを露見するようなものだ」

「っ……」

 ラウルの言葉に、青年はぐっと拳を握り締めた。言葉で言い返すことが出来ず、大衆の面前でやり込められた怒りをその拳でぶつけようとしたのだろう。青年の拳が振り上げられる。

「!!」

 ラウルが殴られる! と思わず息を飲んだが、青年が振るった拳は宙をきっただけだった。

 ラウルはほんの少し身を引いただけで、あっさりとよけている。

 よけい悔しそうにラウルを睨む青年。

 だが、冷静に考えてみたら、青年ラウルの顔を殴ろうとしても、これがラウルの見せている幻覚ならば当たるはずはないのだ。本当のラウルの背は今見えている姿の半分ほど。実際には彼の振るった拳の位置には何もないはずなのだから。

「言葉で敵わぬと暴力を振るうとは……ほとほと呆れた奴だな」

「てめぇ……調子に乗ってんじゃねーぞ」

 怒り心頭の青年を心底呆れたように見つめたラウルは、視線をふいっと横に向ける。そして、傍で二人のやり取りを見ていた青年の連れの女性を見つめた。

「この男が席を立った所から一部始終見ていたであろう? どちらが調子に乗っているか教えてはくれぬか?」

 艶やかな笑みを向けられ、彼女はぽぅっと頬を赤らめながらラウルを見つめる。そして、びしっと青年を指差した。

「この男! 携帯なって慌てて席立って自分からぶつかってったし。つか、言い訳とかかなりウザイ」

「なっ、リナ、てめっ」

 彼女らしき人物にあっさり切り捨てられ、怒りながらも言葉を失う青年。辺りを見回せば、先ほどまでは我関せずだった周囲の客まで明らかに自分を責める視線になっており、動揺したように視線を彷徨わせる。先ほどまでは店内で一番偉そうだった青年は、今はもはや孤立無援。店中がラウルの味方と化していた。

「……ちっ」

 青年は分が悪いと思ったのか、小さく舌打ちすると置いてあったジャケットを掴み、その場を立ち去ろうとする。しかし、すっと動いた桜子が目の前に立ちはだかったので、青年は足を止めるしかなかった。

 置かれている状況が変ったからか、青年は文句を言われるのかと身構たようだった。

 だが……。

「私の不注意でご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした」

 そう言って、深々と頭を下げる桜子。青年もラウルも、驚いたように桜子を見つめいている。

「私の責任です。クリーニング代も、本日の料金も私が支払わせていただきます。それでお詫びになるとは思いませんが、今後、同じ事が起こらぬよう気をつけますので、今日の所はそれでお許し願えますでしょうか?」

「お……おぅ」

 予想外の丁寧な謝罪に、青年はうろたえながら頷いた。

「皆様も、お騒がせして申し訳ございませんでした」

 店内の他の客にも丁寧に詫びる桜子を見て、ラウルはふっと微笑む。そして、立ち去る事もできずに所在無さそうにしている青年に視線を向けた。

「謝るその姿もカッコイイものであろう? あれが、器の大きな人間の姿だぞ」

 媚びているわけでも、遜っているわけでもない、凛とした桜子の姿に、私も思わず見惚れていた。今桜子が謝る事で一方的に責められた青年の立場をフォローし、店に悪印象を残したまま立ち去らないようにしたのだろう。年齢は青年の方が絶対に上だが、桜子のほうがよっぽど大人だった。

 自分が悪者にならなくてすんだ青年は、店の奥で話をする事に同意したらしく、大人しく店長の後について歩き出した。桜子は床に散らばった食器などを片づけてくれている他の店員に礼を言うと、彼らの後を追った。ラウルとすれ違いざまに口元に小さく笑みを浮かべ、何かを言ったようだった。それを聞いて、ラウルは満足げな笑みを浮かべると踵を返し、店中の女性のうっとりした視線を浴びながら、再びトイレへと戻っていく。

 私はどうやら事態が無事収束した事にほっとして、渇いた喉を潤す為にグラスに入った水を口にした。

 そして、心の中で密かに突っ込む。

 トイレから現れてトイレに消えていく美青年。

 皆さんうっとりしてないで、誰かおかしいって気付こうよ……と。


2013.4.26 22:06 改稿

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