表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ペットな王子様  作者: 水無月
第九章:王子様と魔法とカフェ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/67

第48話

 よく見れば、怒り心頭の青年の服には今ついたばかりだろう茶色のしみ。そして、床に散乱したカップや崩れたケーキなどから察すると、注文の品を運んでいた桜子が客である青年にぶつかってしまったのだろう。桜子は謝罪の言葉を述べながら頭を下げている。しかし青年の罵声は止まず、店の奥から店長らしき男性も慌てて駆けつけてきた。

「大丈夫かな、桜子」

「何故サクラコが謝るのだ」

 文句を言い続ける青年の怒りを静めようと真摯に謝る桜子を心配して呟いた私の耳に、不服げなラウルの声。視線をラウルに向けると、可愛らしい顔を思いっきりしかめていた。

「え? だって、お客さんにぶつかって服を汚しちゃったわけだし……」

「だが、ぶつかっていったのはあの男の方だぞ? サクラコが横を通りかかった瞬間に、周りも見ずにいきなり席をたったのだ。よけられるわけがなかろう。悪いのは、男の方だ」

「え……」

 ラウルの座る位置からは、桜子たちがよく見える。音がする前に桜子に気付いたラウルは、事の次第を全部見ていたのだろう。

 私はもう一度振り返って、騒ぎの中心を見た。

「てめぇ、店員にどんな教育してんだよ。ちゃんとこの服弁償してくれるんだろうな!」

 自分に一切非がなかったかのように、桜子と店長を責め続ける青年。連れの女性も彼をなだめる素振りもなく、謝る二人を小ばかにしたような眼差しで見ているだけだ。

「サクラコは何故お前が悪いと言わぬのだ。いつもならハッキリ言うではないか!」

 ラウルは苛立ちを隠さずに、テーブルをバンっと叩く。悪い事をする度叱られているラウルからすると、青年にも非があるのに桜子だけが頭を下げているのが理解できないのだろう。

 真っ直ぐな桜子の性格をよくわかっているから。

 確かに、これがバイト中ではなく、桜子が私達のように見ている側の客だったら、きっと桜子はすっと立ち上がり、怒鳴り散らす男にびしっと言って聞かせるだろう。相手が誰でも本来なら物怖じなどしない。

 だけど……。

「仕事中だから言えないんだよ。どっちに非があったとしても服を汚しちゃったのは事実だし、桜子が正論言って余計怒らせたら店に迷惑かけちゃうかもしれないから。だから、我慢してるんだよ」

「客ならば、何をしても許されるというのか?」

「そんな事ないよ。でも……」

 納得がいなかい表情をしたラウルに、否定しつつも言葉を濁した。

 客だからといって、自分の非を全て棚に上げるのはおかしい。客だろうが店員だろうが、悪い事をしたら謝罪すべきだ。

 だが、お店にはお店なりのトラブルの対処法があるだろう。雇われているからには、桜子はそれに従うしかないのだ。

 私だって、桜子があんな男に理不尽に文句を言われているのは悔しいし、許せない。

 だが、桜子が責任を負おうとしているのなら、私が出来る事は、後で桜子と一緒に遊んで、怒りや苛立ちを発散させてあげる事だけだ。

「ならば、オレが行ってこよう」

「え?」

 今は黙って見守るしかないと、悔しく思いながら唇を噛んだ時、ラウルはそう言うとすっくと立ち上がって桜子たちのほうへ歩き出した。怒りのオーラをまとったその小さな背中は、桜子の代わりにびしっと言う気満々だ。

「ちょ、ラウル……」

 ラウルのしようとしている事は人として間違ってはいないだろう。だが、この場面で子供が出て行くのは余計な混乱を招くかもしれない。

 そう思って慌てて止めようと腰を浮かしたものの、私より早くラウルを制した人がいた。青年に頭を下げながら、横目で来るんじゃないと射抜くような鋭い視線をラウルに向ける桜子。そのあまりに鋭利な視線にラウルは思わず立ち止まり、そして追いついた私を唇を尖らせながら見上げた。

「何ゆえオレが怒られなければならぬのだ……」

 私は微苦笑を浮かべながら、拗ねたようなラウルの手をとり、とりあえず席に戻る。そして、その手を握り締めてラウルの大きな瞳を見つめながら口を開いた。

「ラウル、桜子は怒ってるわけじゃないと思うよ。きっとラウルの気持ちは嬉しいと思う。でも、子供が口を出したらあの人はもっと怒りそうだから止めただけだと思うよ」

「オレをそこら辺の子供と一緒にするでない!」

「ラウルだけじゃなくて、私も含めて子供扱いされるんだよ。それに、もし桜子と私達が話してたの気付いてたら、知り合いだからって都合いい事言ってるだけだって言いそうな相手だし、桜子は私たちのことも気遣ってくれたんだよ」

 先ほどから続いている聞きたくもない青年の文句は、どれも理不尽なものばかり。桜子に加勢した相手にも、きっと愚にもつかない攻撃をするだろう。それがわかるからか、巻き込まれたくないのか、周りの客も彼の行動を見ていたかもしれないが、騒ぎを見ながらも誰も助けようとはしていなかった。

 ラウルはムッとしたように口を閉ざす。怒りを露にした瞳で、店の奥で話をしようとする店長を無視してその場で怒鳴りつけている青年を睨んだ。

「だが、あんな愚かな男は許せん」

 小さいが怒気の含んだ声。

 私の友達の為に、そこまで怒ってくれるラウルの気持ちは嬉しかった。桜子が早く解放される事を祈りつつ、ラウルの気持ちをなだめようとその手をずっと握り締めていると、少しして、何か思いついたようにラウルの眉がピクリと動いた。そして、口元に不敵な笑みが浮かぶ。

「ラウル……?」

 なんとなく不安がよぎり名を呼ぶと、ラウルはふふんと強気な笑みを私に向けた。

「知り合いではなく、子供でもなければいいのだな?」

「え?」

「大人で、サクラコと関わりがなければ、あの男に物申してもよいのだろう?」

「えっと……まぁ、桜子には迷惑かからない……かな?」

 あの青年が大人しくなるかはわからないが、私達が行くよりは波風が立たないだろうと思い、何やらラウルに気おされておずおずと答える。その答えに満足したのか、ラウルは一度窓の外の道行く人たちに視線を向けると、私の握っていた手を離して立ち上がった。

「ラウル?」

「トイレだ」

 止めようとした私に、肩越しに振り返ったラウルは艶やかな笑みを残し、そのまま騒ぎとは逆の方向にあるトイレへと向かう。

 しかし、何も企んでいないはずはない。正義の怒りを灯した時のラウルは、行動力があるのは経験済み。絶対に何かをするつもりだ。

 私はまずそうだったら即止めなければと注意しつつ、いい加減うんざりする青年の文句に頭を下げ続けている桜子を心配して見つめていた。


 そして、数分後……。


 店中が騒ぎの方に注意を向けていたはずが、突然、周りの客達の視線が次々に異動していった。何かに惹かれるように、皆同じ方を見つめ始める。そして、心を奪われたかのようにぼぅっとした瞳になっていく女性たち……。

 トイレの方向にうっとりとした視線を向ける客達に不安を覚えつつ、私もゆっくりと視線を移動した。

 そこにいたのは、すらりと背の高い八頭身以上ありそうなスタイル抜群の青年。ブラックジーンズに黒のジャケット、そして白のシャツを着た彼は、少し長めの前髪が歩くたびにサラサラと揺れ、切れ長の美しい瞳は自信に満ちた光が宿り、漂うオーラからは気品とフェロモンが溢れ出ている。

 見たこともない美青年。

 だが、妙に確信がある。

「……ラウル」

 いつもは深い緑色の瞳だが、女性の注目を浴びている青年の瞳の色は黒。そして、以前私が見た幻覚のラウルとも少し違う。

 だが、このタイミングであんなオーラを放ってトイレからでてくる人なんて、他にいるはずがない。

 そう言えば、実家に帰っている間にこちらでの魔法の使い方のコツやら、いろんな魔法を覚えてきたと言っていた。高度だと言っていた変身魔法は使えないにしても、ジニアさんが使った幻覚の魔法のようなものなら使えるのかもしれない……。

 思わず私もうっとりしそうになりながら、桜子たちのほうへ歩いていくラウルを目で追う。

 コツコツと足音を響かせながら歩いていくラウルに気付くと、騒ぎの中心にいた店長や青年までが、一瞬言葉を忘れてラウルを見つめた。

 それ程に人を惹きつけるオーラを纏った美青年を、桜子がただ一人、正体を察したのか訝しげに見ていたのだった。

 

2013.4.26 21:52 改稿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ