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ペットな王子様  作者: 水無月
第九章:王子様と魔法とカフェ

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第47話

「ご注文はお決まりですか? ……何かな、ぼく?」

 時はラウルが帰ってきた翌日。場所は桜子の働くカフェ。

 注文をとりに来た桜子は、突然ひしっと抱きついてきたラウルに、笑顔ながらも冷ややかな視線を向けた。それにもお構いなく、ラウルは無言で抱きついている。

「なんだか知らないけど、仕事の邪魔。セクハラの慰謝料代わりにペットショップに売り飛ばすよ?」

「ぬを!?」

 笑顔を崩さず小声で攻撃した桜子に、ラウルはびくっとその身を離す。桜子の冷たい視線に気付くと、渋々と席に着くラウル。

 私は微苦笑を浮かべながら、桜子にケーキと飲み物を注文した。桜子はマニュアル通り注文を繰り返すと、再び小声で話しかける。

「実家に帰って甘え癖でもついた、王子は?」

「誰がサクラコなどに甘えるものか!」

 むっとして言い返したものの、大声を出すなと言わんばかりの刺さるような視線を受け、ラウルはそれ以降の言葉を飲み込むと水の入ったグラスに口をつけた。

「いやいや。ちょっとね」

 適当に誤魔化そうとした私に、ふっと口元に笑みを浮かべる桜子。ラウルのとっぴな行動も、大して気に止めているわけではないらしい。

「まぁ、いいけど。それより葵、お邪魔じゃなかったら、この後ちょっと遊ばない? あと一時間くらいでバイト終わるんだけど、次のバイトまで時間あるからさ」

「そうなんだ。もちろんいいよ」

 ラウルが何か言いたげに私を見たのは気付いたが、快くお誘いを受ける。

「ありがと。じゃ、また後で」

 笑顔を残して去っていった桜子の後姿を見つめていると、正面から小さなため息。向かいに座ったラウルに視線を向けると、頬杖をつきながら半眼で桜子を見つめている。

「まったくサクラコは、すぐに人を売り飛ばそうしおって。いつも働いておるようだし、そんなに金がないのか?」

「うーん、お金がないというわけじゃないけど……」

「それでは、金の亡者と言う奴もぎゃっ!?」

 言葉の途中で私が頬をむぎゅっと掴んだので、言葉の語尾がおかしくなるラウル。

 私の両手を離せとばかりに掴みながら、眉根を寄せて私を見ている。

「どこで覚えたの、そんな言葉!」

「ふぁふぃむぉふぉ……」

 びしっと怒った私に何か言い返そうとするラウルだが、何を言っているのかさっぱりわからない。仕方がないので手を離すと、ラウルは頬に手をあてながらぷぅっとふくれっつらになった。

「いきなり何をする!」

「人の友達を悪く言うからでしょ。『金の亡者』はいい言葉じゃないわよ」

「むぅ……それは……」

 少々ふて腐れながら、視線を膝に落とすラウル。悪いとは思っているのだろうが、桜子の脅迫めいた冗談を度々受けているので、素直に謝れないのだろう。

「あのね、ラウル。桜子はね、自分の夢のために頑張ってるの」

「夢?」

 突然話しが変った事で顔を上げたラウルは、怪訝そうに首を傾げた。

「そう。桜子はね、海外で勉強したい事があるの。でもね、ご両親には反対されてて……。だからね、高校を卒業するまでに自分で留学資金を貯めようとしてるの。学校もちゃんと行って、良い成績を保ったまま卒業して、ご両親に自分がどれだけ真剣なのか、目標を成し遂げる為にどれだけ頑張れるのかわかってもらうために、今頑張ってるんだよ。親に頼ってのほほんと生活してる私なんかより、ずっとずっと偉いの」

「よくわからんが……そうか、夢を叶えるために努力しておるのだな?」

 腕を組んで感慨深げに声を漏らすラウル。こちらの世界の家庭事情やら、留学などはよく分からないのだろうが、桜子が努力家だというのはわかってもらえたらしい。

「うん。辛い顔も見せず愚痴も言わないで、夢を叶えるために、ご両親にも認めてもらえるように頑張ってるの。だから、悪く言っちゃダメ。売り飛ばすっていう冗談は、何か変な事しなきゃ言われないでしょ。説教みたいなものだよ」

「うむ。すまなかった」

 俯いて、呟くように謝るラウル。わが道を行くようで、こんな風に自分の非を認められる所がラウルのいい所だ。

 思わず笑みを浮かべた私が視界に入ったのか、ラウルは顔を上げると唇を少々尖らせる。

「しかし、今日は変な事ではないぞ! 桜子のためを思ってやったのではないか」

「まぁね。でも、事情を知らない桜子にしてみれば、何事かと思うだろうし。っていうか、わかったのラウル?」

「うっ……」

 私の問いに、強気に出たはずのラウルは視線を逸らす。その仕草だけで答えたも同然だ。

「そっか。やっぱりラウルじゃわからなかったんだ」

「やっぱりとはなんだ!」

 私の言葉が不服だったのか、私に視線を戻したラウルは半眼で頬を膨らませた。

 

 事の起こりは昨日の夕飯での会話。

 桜子に何者かが魔法をかけたらしく、蓮が探っているという話をした事からはじまった。

 それならば俺も力を貸してやろう! と、ラウルが言い出したのだが……。


「だって、蓮の方がその手の力は優れてるんでしょ?」

「才能では負けておらん!」

「でも、わからなかったんでしょ?」

「それは……」

 素直に負けを認めるのが悔しいのか、ふくれっつらのラウルは言葉を探すように視線を彷徨わせた。そして、少しして不敵な笑みと共に口を開く。

「城での生活に探査能力は必要ないので、オレは訓練しておらんからな。オレが生まれる前から訓練しているレンに、才能だけで勝ってしまっては可哀想であろう?」

「ま、どんな才能も努力無しには開花しないもんね」

 ラウルの見事な言い訳に、苦笑を浮かべつつ賛同する。

 きっと影では努力しているだろう蓮に、あっさり勝ってしまうのは不条理だ。

 納得してもらえた事に満足したのか、ラウルはすっかり強気な王子様に戻ったようだった。

 自信たっぷりな笑みを浮かべて言葉を続ける。

「それに、魔法の種類にも向き不向きもあるしな。まぁ、父上と母上の血をひく俺に、不向きな魔法などあるはずないがな!」

「はいはい」

「なんだ、その気のない返事は! 本当だぞ! きちんと学べばどんなものも使いこなせる!!」

「へー」

「信じておらぬな、ヒナタアオイ! 家に帰ったら見せてやる! 城に戻った時に色々学んできたのだ。母上にも、こちらで魔法を使う時のコツを教えてもらったしな」

 フフフッとやる気満々の笑みを浮かべているラウル。しかし、昨日蓮にも魔法の事を少し説明してもらったものの、まだまだよくわからない私には、何が凄くて何が当たり前なのかすらわからない。

 たぶん、ものすごく簡単な魔法でも見たら驚くだろう。

 だから、そんな凄い魔法を見せていただかなくても結構……というより、あんまり凄い魔法を使われるのも不安だ。

「あのね、ラウル」

「む、サクラコが来るぞ」

 話をしようとした私より先に、ラウルが気付いてそう言った時だった。

 私が視線を桜子に向ける前に、ガシャンっと何かが割れる音が店内に響く。

「何すんだ、てめぇ!」

 続けてあげられた怒鳴り声に驚いて振り返った私の視界に入ったのは、店中の視線を浴びて立っている目つきの悪い二十歳前後の青年と、少し青ざめた桜子の姿だった。


2013/04/24 15:48

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