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ペットな王子様  作者: 水無月
第八章:王子様のいない日々とハプニング

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第41話

 出来上がったスープにサラダ、そして温めなおしたコロッケとご飯という簡単な夕飯だったが、並べられた料理を嬉しそうに口に運ぶ蓮。沢山食べてくれると、見ていて気持ちがいい。

「ひまわりって、ほんと料理うまいなー」

「そう? ありがと。でも、今日は料理って程たいしたもの作ってないけどね」

「んな事ないだろ。このスープもすごく美味いし。くそう、ラウルは毎日こんないいもん食べてるのか……」

「そんな褒めても何もでないよ?」

 後半は少し悔しげに呟いた蓮に思わずクスクスと笑ってしまう。そんな私に微笑を返す蓮。

 久しぶりに一人で過ごした休日でちょっと寂しかったが、蓮が来てくれたおかげで楽しい夕飯になった。

 蓮は一緒にいると、なんだか和む。

「ごちそうさまでした」

 最後の一口を飲み込んだ蓮は、箸を置くとぺこりと頭を下げた。少し遅れて食べ終わった私も、頭を下げてお礼を言う。

「こちらこそ、ごちそうさま。お母様のコロッケ、すごく美味しかった」

「よかったよ、喜んでもらえて」

 笑顔でそう答えると、蓮は食べ終えた食器を重ね立ち上がった。自然な動作からすると、きっと家でもちゃんと片づけをしているのだろう。

「いいよ、蓮。私がやるから」

「いや、片づけくらいはやらないと。ご馳走になったわけだし」

 自分の分の食器を慌てて片付けて立ち上がった私に、断固とした態度の蓮。仕方がないので、蓮の後について私もキッチンに向かう。

「いいよ、ひまわり。食器洗いくらい俺一人でできるから、あっちで休んでろよ」

「でもお客様に……」

「ラウルには手伝わせてるんだろ? 俺、家でもやってるしさ」

 そう言って袖を捲くると、手際よく洗い物をはじめる蓮。ラウルと違って手慣れていて、危なっかしさに心配になる事はなさそうだ。

「んーじゃ、お言葉に甘えようかな?」

「おう」

 笑顔で答えた蓮に任せてキッチンを去ろうとしたものの、蓮の服に水がはねているのが気になって足を止める。

「蓮、濡れちゃうからエプロンした方がいいよ」

「ん? いいよ、これくらい」

「ダーメ」

 私は蓮の後ろに立ち、エプロンを手にしてちょっと背伸びをすると、蓮の首に紐をかけるように上からふわりとかけた。そして、蓮の前にストンとおりたエプロンに背後から手を回し、サイドについた紐を掴むと、蓮の腰辺りで結んであげる。

「これでよし!」

「ありがとう。……でも、ひまわり」

 ほんのり頬を染め、何故かまた急にぎこちない動きになった蓮は、微苦笑を浮かべながら私を見つめた。

「その……他に誰もいない家の中で、あんまり男に近づかない方がいいと思う。というか、それ以前にこの前の事もあるし、一人の時に男を家に上げない方がいいんじゃないかと……」

 最後の方はごにょごにょとして聞き取れないくらい小声になる蓮。手を動かしつつも、気が逸れているようだ。

「蓮、えっと……とりあえず、ものすごく泡だらけになってるけど?」

「うぉ!?」

 無意識に洗剤を追加していたのか、ハッと我に返ったらしい蓮は、腕の方まで泡だらけになった自分の手に驚いて声をあげる。クスクスと笑う私に、耳まで赤くなった蓮は泡を洗い流しながら小さくため息をついた。

「心配してくれてありがと。でも、大丈夫だよ。ちゃんと信頼してる人しか家にあげないもん」

 横から顔を覗き込んで言った私に、蓮はまだ赤い顔のまま半眼で私を見る。

 そして、ボソッとひと言。

「……男を見る目ないじゃん」

「それはっ……否定できないかもしれなくもないけど……」

 痛いところをつかれてふくれた私を見て、ぎこちなさが取れたようにクスクスと笑いはじめる蓮。

「なーによー」

「ま、自覚してるんならいいけどさ。ひまわりってしっかりしてるようで、どっか抜けてるからな」

「そんな事ないって!」

「あるよ。男は一見優しそうでも羊の皮をかぶった狼だと思うくらいがいいと思うぞ。まぁ、ラウルはまだ子供だからいいけど、ひまわりは無防備すぎ」

 洗い物をする手を動かしつつも、叱るような眼差しを私に向ける蓮。柳くんの事があったので、言い返しても説得力はなさそうだ。

「はーい。今後は気をつけます。でも、蓮くらいしか家に上げないよ」

 唇を尖らせつつそう言った私に、蓮はちょっと固まった後、ふっと口元に笑みを浮かべた。

「俺も、実は狼かもしれないけど?」

「どっちかというと、狼の毛皮を被って強がってる子羊さんじゃない?」

「それって、男としてどうなんだよ……」

 私の笑顔での反撃に、片づけが終わってタオルで手を拭きながら蓮は肩を落とした。しかし目が合うと、なんだか可笑しくなって二人で笑いあう。

「蓮は今のままでいいんだよ。一緒にいても、なんか安心できるもん」

「ま、それはそれで嬉しいけどね」

 エプロンをはずしながら、少し困ったように微笑む蓮。褒めたつもりなのに、どこか複雑そうだ。

 小首を傾げた私にエプロンを手渡すと、キッチンを出てリビングに置いた上着を手にする。

「じゃ、そろそろ帰るな」

「もう? 食後のお茶くらいしてけばいいのに」

「だーかーらー、年頃の女の子が遅い時間に男を家に上げるなってば」

 父親のようなセリフを言いながら上着を着ると、名残惜しげに見つめている私に小さく息をつき、それから微笑を浮かべた。

「久しぶりの一人の夜が寂しいわけ?」

「え? いや、えっと……」

 図星をつかれてちょっと赤くなる私を見て、蓮は優しい眼差しを向けると、懐からいつものハンカチを取り出した。そして、手のひらにふわっとのせると、その瞳を柔らかに細める。

「じゃ、今日の夜のお供に……」

 そう言ってすっと上げたハンカチの下から現れたのは、羊のヌイグルミ。

「羊数えると寝れるという迷信もあることだし、そのヌイグルミと一緒ならよく寝れるかも?」

「ありがとー!」

 手渡されたヌイグルミを抱きしめると、ふわりと薫ってきたのはローズの香り。毎回、いつ用意したんだろうと思うような物まで出てくる蓮の用意周到さにちょっと驚きつつ、思わず笑みがこぼれる。

「んじゃ、また明日な」

 笑顔になった私を見て微笑むと、玄関に行って靴を履き始める。しゃがんで靴を履いている蓮の背中をヌイグルミを抱きしめながら見ていて、何か忘れている気がして、頭を回転させてみる。

「あ!」

「ん?」

 思い出して声をあげた私に、靴紐を結びなおしながら顔だけ振り向く蓮。

「コロッケ入れてきてくれたタッパー返さなきゃ。ちょっと待ってて」

 言うが早いか、パタパタとスリッパをならしながらキッチンまで小走りでかけていき、綺麗になったタッパーを袋に入れて再び急いで戻る。

 靴を履き終えた蓮はこちらに背を向けて玄関に座っていたのだが、私の足音にゆっくりと振り向いた。

 その時だった。

 スリッパを履いたまま急いだからか、踏み出した足がずるっと滑る。

 片手に羊のヌイグルミ、もう片方にはタッパーの入った袋。

 両方離して手をつけばいいのだろうが、自宅で転ぶなどということが予想外すぎて、反射的に身体が動かない。

「ひまわ……」

 転びかけた私を、振り向きざまに立ち上がって抱きとめようとしてくれた蓮だが、最初の姿勢からではちょっと厳しかったらしい。片足を踏み出し、中腰で私の両腕を掴んでくれたものの、倒れこんでくる勢いを完全に殺す事は出来なかった。

 蓮の両腕でワンクッションあったものの、残った重力で支えてくれた蓮にぶつかる。 

 というより、触れた。

 瞳に写った自分がわかるほど近くにある蓮の大きな瞳。そして、唇には柔らかくて温もりのある感触……。

 とんっと両膝をついた時にはもう離れていたから、きっとほんの一瞬だったのだろう。

 でも、唇にはまだ蓮の体温が残っていた。

「ご……」

 突然の出来事に一瞬の静寂の後、無理に助けようとしてちょっと不自然な姿勢のまま固まっていた蓮の口から、短い声が漏れる。

 我に返って蓮を見つめると、顔を通り過ぎて首筋まで真っ赤になった蓮の姿。

「ごめっ……!!!」

 謝りの言葉すらまともに言い切れないほど明らかに動揺した蓮は、まるで魔法を使って瞬間移動したかのような勢いで、玄関の扉まで後退る。あまりの勢いのよさに、思いっきり身体をぶつける蓮。

「あ、いや、私もごめん……ね」

「いやっ、ひまわりは別になにもっ……」

 時間がたてばたつほど、これ以上はないというくらいに赤く染まっていく蓮。

「怪我、なくて、よかった。じゃ、ま、また!」

 話し方がおかしくなった蓮は、後ろ手に扉を開くと、勢いよく出て行こうとして、まだ開ききっていない玄関のドアに激突する。通常ではありえないドジっぷりで、しかもものすごく痛そうなのだが、蓮は痛がることもなくロボットのような不自然な歩き方でそのまま玄関を出て行く。

 そのあまりの動揺ぶりに、逆に私は冷静さを取り戻した。

 そもそもの原因のタッパーを渡していない事に気づき、立ち上がると急いで玄関の扉を開ける。

 と、そこにはちょうど出て行こうとして、自転車にまたがったまま入り口脇の壁に激突している蓮の姿……。

「蓮、大丈夫!?」

「ダ、ダイジョ、ウブ。ジャ、マタ」

「え、あ、ちょっと待って!」

 明らかにおかしすぎる蓮だが、私の制止もきかずに自転車の方向を直してペダルをこぎ始める蓮。

 突っ掛けを履いて追いかけようとしたものの、先ほど転びかけたのが気になって足取りが遅く、道路をのぞいた時にはふらふらしつつも蓮の背中はもう遠くなっていた。

 私は小さく息をつき、今日タッパーを返すことをあきらめる。

「気をつけて帰ってね!」

 あまりに危なっかしい後姿にそう声をかけ、私は再び玄関へと戻った。

 そして、落ちている羊のヌイグルミを抱きしめる。

「やっぱり、狼よりは羊さんじゃない」

 偶然のキスに真っ赤になった蓮を思い出し、私もちょっと照れながらもクスクスと一人で笑ってしまったのだった。


2013/04/21 15:30 改稿

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