第40話
ラウルがお城に帰った翌日。私は一日かけて家中を掃除した事に疲れ、一人ぽてっとソファに倒れこんでいた。ラウルがいない方が家事などははかどるが、一人じゃないことに慣れるとやはり寂しい。今日も何度ラウルに話しかけたつもりで、ついうっかり独り言を言ったことか……。
「一週間かぁ」
思わずため息と共に零れ落ちる言葉。
ジニアさんのからかうような言葉が頭をよぎる。
時の感覚は、たとえ同じ時間でも気持ちによって長くも短くも感じるもの。ラウルのいない一日が長く感じているのは、それだけ私の中で存在が大きいからなのだろう。
「でも、普通のペットだっていないと寂しいもんだし……」
誰が聞いているわけでもないのに、クッションを抱きしめてごろごろしながら言い訳をする私。今日は予定のない休みの日だからそう感じるだけで、学校に行けば一週間なんてすぐに感じるはずだと自分に言い聞かせる。
だって、ラウルが現れる前はそうやって過ごしていたのだから……。
「ごはん……どうしよう」
クッションに顔を埋めながら、ぼそっと呟く。
一緒に食べてくれる相手がいないと、料理もなんだかめんどくさい。
たまにはインスタント食品でもいいかと思いながら、ソファに横になったままなんとなくつけたテレビを見つめる。そして、苦笑を浮かべた。
これじゃあ、だらだらしすぎと叱った時のラウルと一緒だ。
それはよくないと小さく息をついて起き上がった時、突然チャイムが鳴った。ぱたぱたと歩いて行き、インターフォンに出る。
「どちらさまですか?」
『あ、ひまわり。俺』
名乗らずともその呼び方で誰だかわかる。
「ちょっと待ってて」
そう答えると、少々乱れていた髪を手櫛で直し、リビングを出て玄関へ向かった。玄関の扉を開けると、寒そうに身を縮こませながら手に何か包みを持った蓮が立っていた。
「おっす、ひまわり」
「いらっしゃい、蓮。どうしたの?」
突然尋ねてくる事は珍しいので、私が不思議そうに訪ねると、蓮は持っていた包みを視線の高さまで持ち上げた。
「いや、うちの母親がさ、夕飯のおかず作りすぎたからひまわりの所持ってけって。ラウルがいつも世話になってるからさ。ちなみに、コロッケだけど」
「わー、ありがとう!」
漂ってくる揚げ物の良い香りに顔をほころばせながらそれを受け取ると、まだほんのりと温かい。 きっと出来立てを急いで届けてくれたのだろう。
「まだ夕飯の準備してなかったんだ」
「そりゃちょうどよかったな」
寒さで頬が少し赤く染まった蓮がにっこりと微笑むのを見て、私ははたと思い出す。
「あ、でも、せっかく沢山持ってきてもらったけど、ラウルいないんだよね」
「なんで?」
「実家に一週間ほど里帰りだって」
「……は?」
予想外の展開だったのか、あからさまに顔をしかめる蓮。またラウルの父親がよからぬことでも考えてると思っているのだろうか。
「何か行事があるとかじゃないの?」
「いや、今の時期は公式行事も特にないし……。ま、一般庶民が知らない王族の何かがあるのかもしれない……くしゅんっ」
いまいち納得いかない表情をしていた蓮が、寒さのためかくしゃみをする。確かに、冷え込み始めたこの時期に外で立ち話もないだろう。
「大丈夫? 冷えたでしょ、あがっていきなよ。温かい紅茶でも入れてあげるから」
「え、あ、でも……」
「あ、ついでに夕飯も一緒に食べてかない? せっかく沢山持ってきてくれたのに一人じゃ食べきれないし」
「えぇっ? あ……えっと……」
何故か動揺したような蓮。きょとんとして蓮を見つめていて、はっと気付く。
「あ、お母様がせっかくご飯作って待ってるんだから、帰らなきゃ申し訳ないよね」
「え? いや、別にうちは気にしなくていいけど」
「じゃ、用事があるの?」
「……いや、暇だけど」
「じゃ、どうぞ?」
何を躊躇うんだろうと不思議に思いながら家に上がるように促すと、蓮はちょっと困ったような笑みを浮かべつつ、それじゃ……と靴を脱いで家に上がった。スリッパを履いてリビングに入った蓮は、上着を脱ぐとどこか落ち着かない様子でソファに腰を下ろす。
「紅茶でいい?」
「何でも嬉しいです」
どことなくそわそわしている蓮を横目で見ながら、ティーポットとカップを用意する。メールなどはしていたものの一日一人だったからか、なんだか家の中に自分以外の人がいるのが嬉しい。お茶でさえ、誰かのために淹れるほうが美味しいものができそうだ。
「夕飯、蓮のお母様が作ってくれたコロッケの他に、サラダとスープぐらいしかできないけど、いいかな?」
紅茶をカップに注ぎながらそう尋ねると、手持ち無沙汰にクッションを抱きしめていた蓮は、何故かちょっと顔を赤らめる。
「作ってくれるだけで何でも嬉しいです」
「そう? って、何で急に敬語なの」
「ん? いや……なんとなく?」
「何それ」
なんだかぎこちない蓮に思わずくすくす笑ってしまう。今日はなんだか借りてきた猫のようだ。学校や放課後遊びに行ったときなど二人で話していてもなんともないのに、今日はどうしたというのだろう。
「今日はジニアさんも隠れてないだろうし、安心してくつろいでてよ」
「いや、いないから問題なんじゃ……」
小さな声で何やら呟く蓮。
「何?」
よく聞こえなくて聞き返した私に、蓮は笑顔でごまかした。
「じゃ、夕飯の支度してくるね」
私は小首を傾げたものの、せっかく頂いたコロッケが冷めないうちにとキッチンへ向かう。エプロンをつけて目的の材料を冷蔵庫から出していると、ふと背後に気配を感じた。振り向くと、蓮がおずおずと中を覗いている。
「どうしたの?」
「何か手伝おうか?」
ただ待っているのは申し訳ないと思ったのだろう。気遣うような表情の蓮に、冷蔵庫を閉めながら笑顔を返す。
「ありがと。でも、大丈夫だよ。突然誘ったのは私だし。ぱぱっと作っちゃうから、リビングで待ってて。お母様にも連絡した方がいいんじゃない?」
「ん。じゃ、お言葉に甘えてそうするな」
ふわっとした微笑を浮かべて静かに戻っていく蓮の後姿を見送ってから、私は急いで夕飯の支度を始めたのだった。
2013/04/21 15:23 改稿




