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ペットな王子様  作者: 水無月
第七章:王子様と王家

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第37話

 日が落ちる前に家に戻ると、私は静かに玄関の扉を開けた。帰宅の挨拶もせずに靴を脱ぎ、足音を忍ばせてリビングを覗く。そこには昨日と同じく真剣な面持ちで本を読んでいるラウルの姿。私はラウルに気づかれないように背後から回り込むように近づくと、ソファにもたれかかった華奢な首筋に腕を回した。

「たっだいま~!」

「ぬぉっ!?」

 突然背後から抱きついた私に、本を閉じる事もできずただ驚きの声をあげるラウル。

 私はその隙にラウルが開いている分厚い書物に視線を走らせた。

 当然のことながら見たこともない言語、おそらく魔方陣の解説っぽいイラスト。

 全くと言っていいほど理解できないものだった。

「お、驚かすでないっ!」

「たまにはいいじゃない」

 我に返ったラウルは少し不機嫌そうに文句を言ったものの、抱きつかれた事は不快ではなかったらしい。すぐそばで微笑む私を、まんざらでもなさそうに横目でちらりと見つめる。

「ずいぶん難しそうな本読んでるんだね、ラウル」

「ん? お!? むぉっ!?」

 驚きすぎて忘れていたのか、慌てて手にした本を閉じるラウル。

 葡萄茶色のスウェードに金色でタイトルの書かれた表紙は、いかにも高級そうで難しそうで、私なら表紙を見ただけで中まで目を通さなそうだ。

「なんで隠すの?」

「別に隠してなどおらん」

「とかいいつつ、しっかり袖に隠してるし?」

 素早く本を隠したラウルの横顔を覗き込むと、誤魔化すように視線をそらす。

 紙に書いてあったメモらしき物も、そっと手を伸ばしてさり気なくしまおうとしていた。

「勉強するの、いい事じゃない」

「……別に、本当は学ばずともオレは使いこなせるのだが」

 不服そうにぶつぶつと言い訳を始めるラウル。勉強する姿を見られたのがかっこ悪いとでも思っているようだ。今までもかけられた魔法を解く勉強を密かにしていたようだが、私に気づかれるようなことはしなかった。

「努力しなくてなんでもできる人より、努力して何かを得る人の方がカッコイイし、私は好きだけどなー」

「…………」

 不貞腐れたような横顔見つめながらそう言うと、ラウルの表情が少し和らぐ。

 私の表情を確認しようと、緑色の瞳がゆっくりと移動した。微笑んだ私と目が合うと、照れたようにほんの少し頬が朱に染まる。

「……そうか?」

「本当だよ。だって、努力するのって結構難しいじゃない。自分との戦いでしょ。それができる人ってすごいし、人としてカッコイイと思うよ」

「ふむ……」

 考え深げにため息のような声を漏らすと、着物の袖に腕を通して腕組みをするラウル。

 予想外の言葉だったのか、どうリアクションしていいのか迷っているようだった。

 私は抱きしめていた腕を解き、ソファを回り込んでラウルの隣に腰を下ろした。

「あのさ、ラウル。どんなにすごい人だって、弱さもあるし、かっこ悪い所も駄目な所もあるんだよ。ただ、それを補うほどの努力をしてるだけだと思う。そんな姿を人に見せたくない気持ちもわかるけど、ありのままの姿を見せられる人もいたほうがいいと思うんだ」

 そう言って綺麗な横顔を見つめると、ゆっくりと首だけ動かし、ラウルは私を見つめた。視線が合ったところで、私は再び口を開く。

「私はラウルの身分とか背負ってるものとかよくわからない。でも、だからこそ王子様としてじゃなくて、ただのラウルとしてありのままの姿を見せてくれていいんだよ。せっかく異世界の人間と一緒にいるんだし、無理しないで肩の力抜いてさ。もっと私を信じてよ。真実の愛を見つけるなら、尚更ね」

 ニッコリと笑った私に、ラウルは怪訝そうに小首を傾げた。

「何故、そこで真実の愛がでてくるのだ?」

「魔法を解くには必要なんでしょ?」

「そうではなく……、好きになるなら悪い所を見せない方がいいであろう?」

 不可解そうに眉根を寄せるラウルに、思わず小さく噴出してしまう。

 大人ぶっていても、そんな仕草は子供らしくて愛らしかった。

「何を笑うかっ!?」

「ごめんごめん。可愛かったから、つい」

 むっとしたラウルに苦笑して謝ってから、再びきちんと向き合う。

「上辺だけ好きになってもそれは真実の愛なんかじゃないよ。欠点も見せ合って、それでも互いに悪い所も許せて補い合える関係こそ、本当の愛なんじゃないかな。良い時だけじゃなくて、どんな時も相手を信じて支え合えたら、きっとそれはすごく幸せな事だと思う」

「……そうか」

 視線を落として考え込むような表情のラウル。しばらくして顔を上げると、にやりと自信ありげな微笑を浮かべた。

「ヒナタアオイはそんなにオレと真実の愛を芽生えさせたかったのだな」

「んなっ!?」

「そうかそうか、既にそんなにオレに惚れていたのか」

 ふふっと自信ありげに笑んでいるラウルの予想外の攻撃に、私は返す言葉もなくただその笑顔を見つめる。重いものを背負っている少年の気持ちを少しでも楽にできたらと、真実の愛じゃなくても魔法が解けることを知っているのを隠して言ったのに、返ってきたのがそれとは……。

「つか、あれだけだらけた生活見せといて、今更かっこつけてもしょうがないんだけどね」

「あれはこちらの世界の子供がどのように生活しているかの世間勉強だ」

 厭味ったらしく言ったのに、不敵な笑みにあっさりと返される。さっきまで可愛らしかったのに急に小憎らしくなったラウルにむっとして、私はそばにあったクッションを抱きしめた。

 そんな不貞腐れた私の横顔に、ふっと何かが近づく。

 あれ? っと思った時には、柔らかな唇が頬に触れていた。

「だが、お前の言葉は嬉しかったぞ」

 耳元で囁くような柔らかな声。

 不意打ちのようなその言葉に、唇の温もりが残る頬を押さえながら思わず赤くなる。

 そんな私を見てラウルは形のいい唇の端を上げ、柔らかに目を細め、颯爽と立ち上がった。

「心配するな、無理はしておらん。これも、王となるべく生まれたものの義務。当然の事をしているだけだ」

「でも、義務でも辛い時はあるでしょう?」

「どんな者も、辛い事はあるであろう? オレは生まれたときから地位も名誉も、美貌も魔力も、すぐれた頭脳も得ている。最初から持っているものが多い分、成さねばならぬ事が多いのは仕方がない事。どんな素晴らしい宝石も、磨かなければただの石だからな。自分を磨くには、大変でもやるしかあるまい。オレは、国で一番輝かねばならぬのだからな」

 凛とした深い緑色の瞳に吸い込まれそうだった。

 小さな身体に、その心に、どれだけの物を秘めているのだろう。

 子供のようで、時々驚くほど大人びた事をさらりと当然のように言ってのける。

 それが背伸びしているように見えず自然に感じるのが、さすが未来の王と言ったところだろうか。

「だが、そうだな。心配ならたまには甘えてやってもいいぞ?」

 ただじっと見つめていた私ににやっと笑ってそう言うと、ラウルは本をしまいに行くのか踵を返してリビングの出口へと向かった。

「毎晩一緒に寝るのは甘えじゃないのか……」

 その背を見ながらクッションを抱きしめたままボソッと呟いた私を、リビングを出たところで優しい眼差しが捕らえる。

 少し嬉しそうに見えるのは、私の言葉が少しは心に届いたからと、そう願いたかった。

 

2013.4.20 23:24 改稿

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