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ペットな王子様  作者: 水無月
第七章:王子様と王家

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第36話

「王家ねぇ……」

 グラスの中にさしたストローを指でいじりながら、頬杖をついた蓮はそう呟きながら眉間に深い皺を刻んだ。

 今は放課後。帰り道にあるカフェで蓮と二人でお茶をしている最中だ。桜子はバイトがあるからと、今日は寄り道をせずに帰っていた。

「やっぱり何かあるの?」

「んー」

 首を傾げる私を困ったように見つめながら、言葉を選ぶ時間を稼ぐかのようにストローをくわえてアイスカフェラテをコクリと飲む蓮。くりっとした瞳が天を仰いでいる。

 少しして視線を私に向けると、ため息のような声を漏らした。

「まぁ、詳しい政治的内情までは知らないんだけどさ……、ラウル、あっちでは難しい立場なんだよ。あのバカ親のせいで」

「え?」

 眉を曇らせた蓮の告白に、私の心の中に靄のように不安が広がる。いつも自信満々のラウルからは、蓮が深刻な顔をするような事情があるとは思わなかったが、ジニアさんや蓮の言動からすると、私が想像もしていない事情が何かあるのだ。

 蓮はわずかに目を伏せ、静かな口調で言葉を続ける。

「こないだ話したろ。王族はこっちの世界にくることはない。向こうでも、庶民と対面する事はない。あいつと姉ちゃんの結婚は、シンデレラストーリーじゃない。王族にとっちゃ禁忌なんだよ、本当は。だから、庶民の血をひくラウルの存在を心良く思ってない連中がいる」

 蓮の表情から、真実が告げられているのがわかる。それが、胸に痛い。自分の存在を、大切な両親の血をひくが故に否定されたら、どんな気持ちになるだろう。

「どうしてそんな人がいるの? 本当は自分の娘が王妃になりたかったとか?」

「それもなくはないと思うけど、そう簡単な問題でもない」

 蓮は嫌なものを吐き出すかのように、ふぅっと長く息を吐いた。

「こっちと違って、王族の血は象徴的なものじゃないんだ。代々魔力の高い者同士の婚姻を繰り返し、普通の人間の何倍もの高い魔力を持つようになった血族が王族。それよりも少し劣るが、やはり高い魔力を持つものが貴族。魔力は生まれつき上限が決まってて、努力で増えるもんじゃないし、遺伝でだいたい決まる。だから、王族はその高い魔力を維持するために、高い魔力を持つ者としか婚姻を許されない。しかも、あの変人は魔法界の歴史史上最高といわれる魔力を持ってる。その力を、魔力の低い庶民の血で穢されたくないってのが、一部の考え。個人の恨みとかじゃなく、この国の事を思ってのことだからこそ、やっかいなんだよ」

「ラウルは、期待通りの子じゃないって事?」

 蓮は静かに首を振った。切なげな瞳で、私を見つめる。

「ラウルは王族レベルの魔力はちゃんと持ってる。努力もしてる。卒業試験がうまくいけば、史上最年少で国政に関わる事になるくらいには、優秀だ。それでも、異常な程の魔力を持つ父と比べられ、劣るのは母親のせいにされる。くそ生意気だけど、それは早く周囲に認められたいからだと思う。姉ちゃんのために」

 いつも自信に満ちた笑みを浮かべるラウルの裏に、そんな想いが隠されていたとは気づかなかった。ときおり見せる大人びた言動は、それだけ苦労している事があるということか。

 唇を噛んだ私を、蓮は優しい眼差しで見つめた。

「だから、拾ってくれたのがひまわりで、本当によかったと俺は思ってるんだ」

「?」

 意味がわからずきょとんと見つめると、蓮は柔らかに目を細めた。

「あいつ、必要以上に早く大人になろうとしてるんだ。普通、十八歳くらいで受ける試験を、半分の歳でうけるくらいに。自分が優秀なら、母親が責められないと信じてる。幼い頃から他の王族や貴族の目を気にして、父親を真似て自信たっぷりで、優秀なふりをしてる。でも、本当はまだガキじゃん。今回の課題はさ、そういうプレッシャーのない所でのびのびと過ごさせるのと、母親が育った場所に行ってみたいっていうラウルの願いを叶えさせるためでもあると思うんだ。卒業したら、こっちに来る隙なんて皆無になるから。子供らしく過ごしても許される時間と場所、ラウルに与えたかったんだよ、たぶん」

 そう言って微笑んだ蓮の眼差しは優しかった。本当は、甥っ子の事が大切なんだとわかる。

「ラウル、俺の家族の前でも気を張るんだよ。俺に対抗心もあるし、おやじとおふくろの前でも立派な孫を演じようとする。その点、ひまわりにはよく懐いてるみたいだし、気負いすぎも感じない。ひまわりにとっては迷惑かもしれないけど、あいつに普通の子供らしい時間を過ごさせてもらっててよかったなって」

「そんなにラウルのことを想ってるなら、もっと優しくしてあげればいいのに」

 くすっと笑いながらそう言うと、蓮はぽりぽりと頬をかいた。

「わかってるんだけど、あいつの顔があの変人とそっくりすぎて、つい、な」

「大人げなーい」

「わかってます」

 かくりとうな垂れる蓮を見て、くすくすと笑う。なんだか、ホッとした。

 ラウルを取り巻く環境は、蓮の言うとおり、決して優しいものではないのだろう。王子様も楽じゃないのだ。私にはわからない、重圧や苦難がたくさんあるかもしれない。

 でも、こんな風に想ってくれる人が傍にいるなら、きっと大丈夫。顔を合わせれば喧嘩になったとしても、本当の想いはきっと伝わるはずだ。

「重圧から逃れて、息抜きしてたのかな……」

 だらけまくっていたラウルを思い出し、私はカプチーノをコクリと飲みながら微苦笑を浮かべる。

 庶民の血を引く王子としてのプレッシャーがかかる世界から抜け出し、この世界に慣れた頃、王子としてでなく、一人の少年として自由にできる事に開放感を感じてだらけてしまったのかもしれない。好きな時間まで遊んで、寝て、思うままに過ごしたいと誰だって一度は願うだろう。だがジニアさんが現れて、その夢のような時間から、ラウルは現実にかえった。それ以前から密かに努力はしているようだと蓮は言っていたが、さらに熱心に勉強を始めたのかもしれない。

「それはあるかもな。王子としてでなく、ただのラウルとして触れ合ってくれてるから、ひまわりは」

 私の考えを読み取るかのように、蓮は優しく微笑んでそう言った。しかし、次の瞬間にはきりっとした表情になる。

「でも、甘やかさなくていいからな? あいつも調子に乗りやすいから」

「大丈夫。そこはびしっとしつけるから!」

「そうそう。子供の頃のしつけが肝心だしな」

 お互い真面目な顔で見詰め合ってから、二人同時に思わず噴出す。

「なんだか、子育中の会話みたいだよね」

「ほんと、幾つだよ俺ら」

「子育て話する年じゃないのにね」

 そう言って二人でクスクス笑いあっていると、突然蓮の瞳がぎょっとしたように見開かれる。

 その視線を追って肩越しに振り返ると、そこにはトレーを持って立っている同じ制服の男子三人。何やらニヤニヤしている。顔に見覚えがあるが、私には名前はわからなかった。

「れーんー」

 笑いを含んだ声で名を呼び、ゆっくりと近付いてくる彼ら。

 蓮の方に視線を戻すと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。さらには、追い払うような仕種の手。

「蓮の友達でしょ?」

「あーうん、そうなんだけど……」

 私の問いに答えている間に、彼らは私たちの席まで来ていた。

「何だよ、蓮。いつの間に日向さんとできてたんだよ」

「ふぇ?」

 ニヤニヤとしながら放たれた言葉に、私は思わずおかしな声を上げる。すると、ニッコリ微笑みながら私を見つめる三人。

「ようやく付き合いはじめたんだね、二人とも」

「いやーよかったよ。心配してたんだよね~」

「こいつ、肝心な所で度胸ないからさぁ」

「おーまーえーらー」

 矢継ぎ早に向けられた言葉をイマイチ理解できず、きょとんと彼らを見上げている私の前で、唸るような声を出す蓮。彼らがあれ? とでも言うような表情に変わる。

「将来の子育ての話しで盛り上がる程仲が進展したと……」

 蓮の怨みがましい表情に、語尾がだんだんと小さくなるお友達。恐る恐るといった感じで三人は再び私を見る。

「えっと、ただの世間話だし、それに蓮は友達だから進展も何もないと思うんだけど」

 解答を求められた気がしてそう言ったものの、三人とも急に表情を曇らせたので少々焦る。

「あれ? 私何か変な事言った??」

「いやいや、普通の答えだから大丈夫」

 慌てる私に、苦笑しながら答える蓮。お友達三人は、何故か憐れむような眼差しで蓮を見つめている。

「邪魔したな、蓮……」

「……負けるなよ」

「どうぞごゆっくり」

 それぞれそう言って蓮の肩を叩き、私には笑顔を向けて、三人は離れた席へ向かっていった。

 私はよくわからなくて、しばし去っていった彼らを見つめる。

「何だったんだろ?」

 ポツリと呟いて首を傾げると、ふて腐れたように頬杖をついて彼らを半眼で睨んでいた蓮に苦笑が浮かぶ。

「あいつらが変なだけだから、ひまわりは気にしなくていいよ」

「そうなの?」

「そ。それよりさ、ラウルの事だけど……」

 再び話を元に戻し、穏やかな笑みに戻る蓮。しかしその瞳にはどことなく哀愁が漂い、話しも誤魔化された感がある。

 だけどそれがどうしてなのかよくわからなかった私は、追及することなく蓮がふった会話に乗ったのだった。

2013.4.20 22:41 改稿

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