後日:面会
カンタン様が先代エルヴェシウス公爵によって廃位された後、継承権第一位を有していたテオファーヌ様が即位されました。
反逆を起こした北部貴族は、借金を棒引きにされ・先の戦争の功績に対する褒美も与えられない事になり、当主の引退を命じられました。
そして、反逆軍の征伐を放棄した将軍は、免職となりました。
たったそれだけの罰に、反逆の裏にはテオファーヌ陛下がいらっしゃったのではないかという疑惑を抱いた者もいると思いますが、表立ってその事に触れる者はおりません。
在位期間が一年にも満たなかったカンタン様は、庶民達の間で『半年王』と呼ばれているようです。
「お久しぶりです。カンタン様」
私は、テオファーヌ陛下の許可を取り、廃城に幽閉されているカンタン様と面会しました。
カンタン様の身の回りの世話をする為に、側近の一人であった乳兄弟が一緒に幽閉されています。
面会には、立会人が三名付きました。
「レミ。貴様、良くもノコノコと顔を出せたものだな!」
カンタン様は私を見て怒りを露にしました。
テオファーヌ陛下のスパイの疑いが晴れていないので仕方が無いのですが、
私が面会に来たのは、他の側近だった者達には面会許可が下りないので、頼まれての事です。
「此方、皆から差し入れです」
当然ですが、差し入れる品は検閲を受けています。
私が託されたのは、書籍と手紙です。
食べ物もあったのですが、それは許可されませんでした。
「キトリーは、無事なのだろうな?!」
「はい。出産も終え、アングル子爵家に戻っております」
カンタン様が廃位されて幽閉となった為に結婚が無くなった事で、ジョルダン侯爵家との養子縁組は解消されました。
「養子縁組を解消するとは、ジョルダン侯爵の薄情者が!」
「お言葉ですが、キトリー様のご希望でもあります」
「何?!」
「カンタン様との結婚が無理となった以上、養子のままでは心苦しいと」
まあ、本当は、ジョルダン侯爵夫人にいびられたからですけれどね。
「……キトリーらしいな」
キトリー様を思い浮かべたのでしょう。
カンタン様の表情が穏やかになりました。
「御子息の名前などの詳しい事は、キトリー様の手紙に記されているそうです」
「そうか! 生まれたのは息子か!」
カンタン様は喜色を露にしましたが、直ぐに表情を曇らせました。
「王位継承の争いの元だと、命を狙われるのではないか?」
「それはないでしょう。我が国では、婚外子に王位継承権はありません」
そう答えると、カンタン様は複雑そうな表情になりました。
御子息に王位を得て頂きたかったのでしょうか?
仮に、婚外子にも王位継承権が与えられるとして、父は廃位され幽閉・母は大きな後ろ盾がない状態ですね。
それに、アングル子爵が属する派閥は、北部貴族の反逆の際、何の役にも立っていません。
そんな人達が王位継承争いで、勝てるのでしょうか?
まあ、謀略と軍事力は別の能力でしょうが……。
そう言えば、そもそも彼等は、子爵令嬢が産んだ子を自分達の上に据えたいでしょうか?
「私が叔父上の野心に気付かなかったばかりに、息子に不憫な思いをさせる事になってしまったな」
「カンタン様。発言にはお気を付けください」
立会人の内の一人は、テオファーヌ陛下の側近です。
昔からの側近ですので、カンタン様もご存じの方です。
その面前で、先代エルヴェシウス公爵の裏にテオファーヌ陛下がいらっしゃったと決め付ける発言をするのは、問題ですよね。
チラリと様子を窺えば、表情は変わらないものの、剣の柄に手をかけています。
怒りに任せて斬るような方では無いと思いますが、絶対ではありませんし。
病死と言う事にして命を奪うなんて有り得ないとは、言えません。
「カンタン様。我が国では、基本的に王族は罪を犯しても処刑されませんが、例外が有ります。それが、直系尊属殺人です。……将軍に疑われた事をお忘れなく」
「叔父上が、私を疑うと?」
私は、テオファーヌ陛下に疑われる可能性に顔色を悪くしたカンタン様を理解出来ません。
「カンタン様は、証拠も無くテオファーヌ陛下の企みで玉座を追われたと思っていらしたのに、陛下が証拠も無くカンタン様の父親殺しを疑う訳がないと、信じていらしたのですか?」
何故、敵と思い込んでいる相手を信じられるのでしょう?
情が深いからでしょうか?
「現在、証拠探しが行われております」
「証拠などある訳が無い! 私は父上の命を奪ってなどいないのだからな!」
「カンタン様。お忘れですか? 貴方様を恨む者達がいる事を」
命を奪わなかったのは、許したからとは限りません。
父王殺しの汚名を着せ、後世まで罪人として名を残させたかったからである可能性は、否めないでしょう。
「エルヴェシウス先代公爵等は、処刑されなかったのか?!」
「はい。ただ、エルヴェシウス公爵は代替わりしましたので、先々代ですね」
今は、シモンがエルヴェシウス公爵です。
「相応の罰を与えぬとは、やはり」
「カンタン様」
私は、カンタン様の御言葉を遮りました。
御自身の身の危うさを、忘れないで頂きたいですね。
「誰かが証拠を捏造しなくとも、テオファーヌ陛下の即位の正当性を問う者がいれば、カンタン様を父王殺しの罪人とせざるを得ないのです」
「レミ。貴方は、カンタン様を絶望させる為に来たのですか?!」
カンタン様の乳兄弟が、私を睨んでそう言いました。
「私は、カンタン様がご自分の絶望的な状況に胸を痛めていると思い、せめてもの慰めにとキトリー様達の手紙などをお持ちしました」
別に、絶望的な状況に気付いていないだけなら良かったのですけれど。
「まさか、テオファーヌ陛下の側近に対して、ご自身の終焉を早める催促をするような言動を取るとは、思いも寄らず……。カンタン様の身を案じていらっしゃるキトリー様がお気の毒だと、思います」
「キトリー……」
カンタン様は、ご自分でキトリー様を悲しませるところだったのかと後悔したような表情になりました。
その後、カンタン様は陛下の側近に謝罪されました。
今後は、キトリー様と御子息の幸せを祈って生きていかれるそうです。
来月の面会日も、元気なカンタン様にお会い出来るよう、お祈り致しましょう。




