第53話 決闘
「面白そうな話をしてるわね」
「――殿下!」
団長であるアウグストが決闘の話を纏めていると、コロコロと楽しげな声が飛んできた。
その声にいち早くアウグストが騎士の礼をとり、ほぼ同時に騎士団員たちも続く。
ハイドたち四人の騎士見習いもそれに倣うように、声のした方へ向いて礼をとった。
全員の視線の先には、メイドを連れ添って現れたモニカの姿がある。
彼女は優雅な所作で騎士たちに楽な姿勢になるよう指示をしつつ、ハイドの隣に立つジョナスを見つめた。
「ジョナス・バルバーニ……だったかしら」
「ッ! はい! バルバーニ侯爵家のジョナスです!」
名を呼ばれたジョナスが嬉しそうに声を張り上げる。
そんなジョナスへ、モニカはにこやかな笑みを湛えたまま問う。
「わたくしの選択が間違っていると、そのようなことを訴えているように聞こえたのだけど?」
「はい!」
勢いよく返事をするジョナスに、モニカの側付きの従者たちが顔を引くつかせた。
(今のは『そのようなことは……』って弁明するためのパス……だよな?)
ニコニコと微笑んだままのモニカを見つめながら、ハイドはハラハラとした心持ちで二人のやり取りを見守る。
「間違いを指摘するからには正解を知っているのでしょう? では、わたくしは誰を招請するべきだったのかしら」
紺碧の瞳がジョナスを射抜く。
彼は一歩前へ踏み出し、高らかに応えた。
「はっ! 殿下の栄誉に授かるべきは、長くバーナード帝国を支えてきた我らバルバーニ侯爵家の子息である私を置いて他にないかと!」
「その証明を、これからしてくれるというの?」
「はい! 必ずや勝利して見せましょう!」
「そういうことならわたくしも近くで見せてもらおうかしら」
「……初めからそのおつもりでしょうに。おい! 殿下の席を用意しろ!」
アウグストの大きな声で団員たちがキビキビと動き出す。
あっという間に敷物が敷かれ、その上に椅子やテーブルが並べられていく。
広場に即席の観覧席が出来上がる中、ふとモニカに手招きをされた。
変わらずニコニコとした笑みを浮かべるモニカに嫌な予感を抱きながら、ハイドは恐る恐る彼女の前へ向かう。
「お呼びでしょうか」
「わかっているわよね」
「えっ?」
「わかっているわよね、当然。わたくしが招請したあなたが、よりにもよってわたくしの選択を軽んじる者に負けるわけがないわよね」
「…………あの、つまり」
「勝ちなさい、ハイド」
「……尽力いたします」
物凄い圧に定型文で返すと、モニカは首をゆっくりと左右に振った。
「勝ちなさい。わたくしの眼が正しいと、証明してちょうだい」
繰り返される圧にハイドは返す言葉を失い、代わりに恭しく首を垂れる。
足元を見つめながら、内心で顔を引き攣らせていた。
(あ、これ結構怒ってるやつだ……)
決闘に勝てば、宿舎が同室であるジョナスとの関係がさらに険悪になること間違いなし。
決闘に負ければモニカにどう恨まれるかわからない。
逃げ場を丁寧に塞がれ、進んだ先にも崖しかないような状況で、ハイドは決闘用の木剣と装備を身につけた。
◆ ◆ ◆
「決闘のルールを説明する」
広場に決闘の場が整い、ジョナスとハイドが向かい合う。
二人の間に立つアウグストが声を張り上げて決闘のルールを諳んずる。
基本的には地稽古と同じく降参と宣誓するか、致命傷となりうる箇所へ木剣を当てられるか寸止めを受けるかすれば敗北となる。
後者の判定は見届け人を務めるアウグストの裁量に委ねられる。
「――なお、スキルの使用は禁止する」
「ちょっとアウグスト、どうして禁止するのよ。騎士の優劣を図るというのなら、スキルの使用も許可するべきじゃない?」
最後に、アウグストが告げたルールにモニカが抗議の声を上げた。
「恐れながら、私としては優劣よりも現状の実力を知ることが肝要なのです。スキルはその能力によって活きる場所というものが異なります。決闘を行うのであれば、やはり単純な剣術のみを推し量るべきかと」
「……他意はないのね?」
「もちろんです」
モニカの鋭い視線を、アウグストは淡々と受け流す。
(俺のスキルが決闘において大きなアドバンテージを得る【剣術】だからスキルを禁止にしたのかと、殿下はそう懸念しているのか。……団長はそういう人には見えないけど)
一切の不正を許さない厳格で誠実な人物のように感じられる。
スキル不使用のルールも、彼が今語った通りの思惑で設けたのだろう。
モニカも同じことを思ったのか、「わかったわ」と小さく息を吐き出した。
「へへっ、残念だな」
対面のジョナスがオールバックの金髪をかき上げながら勝ち誇ったように言う。
「何がですか?」
「お前に万に一つも勝ち目が無くなったってことだよ」
「……それはどうかわからないですけど、俺も負けるわけにはいかないですから」
一瞬だけモニカを見て、すぐにジョナスへ視線を戻す。
もしここでジョナスに負ければ、彼の主張が通ることになる。
そうなればリューゲン伯爵家が不名誉を被るのは避けられない。
モニカに勝てと言われたこと以上に、自分が負けて家が貶められることだけは認められない。
(とはいえ、同年代相手との地稽古……もとい決闘は初めてだ。スキルなしでどこまでやれるか不安はあるけど、やるしかない)
普段の相手はエンジュかドルフ、もしくはリューゲン家直轄騎士団の団員たちだった。
【剣術】ありでは彼らに勝てるものの、スキルを縛った状態ではほとんど負けを喫していた。
ジョナスがどれほどやれるかわからないが、向かい合った今もなお口元に張り付けた笑みからは確かな自信を感じられる。
「双方、構え」
アウグストが一歩離れ、代わりにハイドとジョナスの距離が一歩詰まる。
与えられた木剣をお互いに構える。
ハイドは正眼に、対するジョナスは上段に構えた。
(っ、なんだ……?)
振り上げた両腕の間からジョナスの不敵な笑みが姿を覗かせる。
その自信満々な態度に反して、その構えはあまりにも隙が多かった。
(誘い込んでいるのか?)
ハイドが警戒を露わにする中、アウグストが手を振り下ろす。
「開始――ッ!」
「うぉおおりゃぁああああッッ!!」
「……!?」
合図と共にジョナスが突っ込んでくる。
誘い込みを警戒していたハイドは一瞬呆気に取られながら、重心を下げて木剣を横に構え直す。
そして、無防備に突進してきたジョナスの腹へ横薙ぎの一閃を叩き込む。
(ッ、そうだ、寸止め――)
ジョナスの勢いに圧倒されて振り抜きそうになった両腕に力を込め、体に引き留める。
木剣が肉薄し、アウグストの手が上がりそうになったその時。
驚愕の表情を浮かべるジョナスが、しかしすぐにその口角を上げた。
「――ッ!?」
それは、奇妙な光景だった。
ぬるりと、突進していたはずのジョナスの動きが早送りのような動きで脇へすり抜けていく。
寸止め確実だったハイドの木剣を回避したジョナスは、後ろへ回り込みながらさらに素早い動きで木剣を振り下ろしてくる。
「ッ、はぁ――!」
ハイドは踏み出した左足を軸にして回転しながらジョナスの一撃を受け止め、鍔迫り合いになる。
「バカな、なんでこれが止められるんだ!」
ジョナスが目を見開く。
その一瞬。僅かに木剣を握る力が弱まったのを感じて、ハイドは両手の力を一瞬緩めて――一気に強める。
「んなぁ……ッ?」
ガクンとジョナスが前傾に体勢を崩す。
そのタイミングで手首を返し、ジョナスの木剣を絡めとる。
カツゥンと甲高い音ともにジョナスの木剣が空へ弾き飛ばされる。
慌ててを手を伸ばし、半ば万歳状態となったジョナスの喉元へ、ハイドはそのまま木剣を向けた。
「そこまで!」
アウグストの決着を告げる声が響き渡った。




