第52話 騎士見習いたち
デイジー宮に参入した翌日。
まだ陽も昇りきっていない早朝に、ハイドは騎士団の制服に着替え、宿舎のすぐ傍の広場で直立していた。
彼の左右には、同じく真新しい制服に身を包んだ三人の少年少女たちが並ぶ。
いずれもモニカに奉公として一年間仕えることとなった貴族子女の面々だ。
広場の前方に設置された演説台に向かう形で並ぶハイドたちを挟み込むように、古株の騎士たちが両脇に縦一直線に並び立つ。
昨日、団長であるアウグストから宿舎へ案内される途中で聞いたとおり、今からハイドたちを含む四人の入団式が行われるのだ。
「ぅ、ぅぅ……」
騎士たちの値踏みするような鋭い眼差しに気圧されたのか、一番左端に立つ眼鏡をかけた茶髪の少年が声を漏らした。
見るからに気弱そうな少年だ。
「ちょっと、うるさい」
隣に立つ少女が、小声で少年を諫める。
赫々とした赤い髪を後ろで一纏めにした、強気な少女だ。
まるで姉に叱咤される弟のように、少年はびくつくように口を閉ざした。
「――ちっ」
そして。ハイドの右隣に立つ金髪オールバックの少年――ジョナス・バルバーニが煩わしげに舌打ちを零す。
その舌打ちに、ハイドは昨日の出来事を思い返した。
「――お前、さっさと領地へ帰れ」
部屋へ現れてベッドに腰を下ろすや否や、指を突きつけてそう言ってきたジョナスの言葉に、ハイドは一瞬何を言われたのかがわからなかった。
思わず固まるハイドに、ジョナスはベッドに座ったまま横柄に足を組む。
「聞こえなかったのか? 皇女の寵愛は俺のもんだ。無駄足を踏みたくなかったらさっさと別の住処を探せ」
自信に満ちた物言いに、ハイドは押し黙る。
(寵愛……皇族との結び付きのことを言っているのだろうか)
今回、ハイドはモニカから招請される形で奉公することとなったが、そうでない場合は貴族側から申し出る形になる。
多くの場合は地方で権勢を振るう貴族の元へ奉公に出るが、そうした後ろ盾がない場合や、帝都を拠点とする家は自然と皇族との結び付きを求める。
(でもバルバーニ侯爵家は帝都からは遠いし、そもそも侯爵家はどちらかと言えば皇族との関わりを嫌う傾向にあるはずなんだけど……)
皇族の血縁や他国の王族以外で叙爵することが極めて稀な公爵位を除けば、侯爵位は貴族階級の実質的なトップ。
そうした家はなおのこと貴族同士の繋がりを重視するものだ。
つい考え込んでいたハイドは、見下ろすように睨んでくるジョナスの視線で先の言葉に対する返答をしていないことを思い出す。
そして端的に答えた。
「すみませんが、それはできません」
「は?」
「俺はすでにモニカ殿下に仕える騎士ですから。その役目を放棄することは、いくら侯爵家のご子息のお言葉でも聞き入れるわけにはいきません」
「――チッ、後悔するなよ!」
苛立たしげに立ち上がって荷物を乱暴に広げ始めたジョナスの背中を眺めながら、ハイドは密かに顔を引きつらせる。
(俺、この人と一年間同室なの……?)
「――ハイド・リューゲン。前へ」
入団式が始まり、アウグストのスピーチの後、名前を呼ばれたハイドは彼の前へ傅いた。
アウグストは一振りの剣をハイドへ差し出す。
「これから一年、騎士としてよく励み、よく学び、主であるモニカ殿下のために精進せよ」
「――はっ」
差し出された一振りの剣をハイドは恭しく受け取り、腰に佩いてから元いた場所へと下がる。
正式な騎士であれば主であるモニカが直々に剣を授ける。
だが、ハイドたちはあくまでも騎士見習いのため、騎士団長であるアウグストが代行していた。
「ジョナス・バルバーニ」
「はい」
次いで名前を呼ばれたジョナスが同じように剣を受け取る。
初対面であんなことを言い放ったジョナスだったが、最低限の礼節は弁えているらしい。
「ビリー・オブライエン」
「は、はぃ……」
弱気な少年が怯え腰でアウグストの前に傅く。
団長の放つ気迫に終始気圧されていた様子で、傍目からも心配になる振る舞いだった。
「ヴィオラ・クロネリー」
「はっ!」
最後に赤髪の少女が剣を受け取り、儀式が終わる。
両脇に並ぶ騎士たちが一斉に抜剣し、左手を背に、剣を握る右手を胸の前に掲げた。
「改めて、諸君らを歓迎しよう。しかし、歓迎と歓待は別のことだ。我々は諸君を歓待する気も、蝶よ花よと愛でるつもりもない。――殿下に仕える騎士として、相応しい振る舞いと実力を求める」
演説台に立つアウグストの声には気迫がある。
右頬に走った三本の傷跡が、よりその凄みを増していた。
そこでふと、アウグストの視線がハイドに向く。
「特に、ハイド・リューゲン。モニカ殿下の招請を受けたお前は、より一層それが求められる。心に留めておくように」
アウグストの言葉にハイドは目礼で返した。
だから、隣でジョナスが目を見開いていることに気づけなかった。
「では、これからの日程だが――」
入団式後、早速指示を飛ばそうとしたアウグストへ、ジョナスが勇み足で近付く。
「アウグスト団長! その前にお聞きしたいことが!」
「……なんだ?」
「あいつがモニカ殿下の招請を受けたというのは誠ですか!」
アウグストの眼光に怯むことなく、ジョナスはハイドを指さして声を荒げる。
「そうだが、それがどうした」
「信じられません! オブライエン家ならまだしも、リューゲン家如きを殿下が選ぶなど!」
その言葉には事態を眺めていたハイドもむっとする。
父や母、そして妹を貶されたような心持ちになった。
「あいつ、焦ってんのよ」
ヴィオラが赤髪を揺らしながら近付いてくる。
面白がるような声音だった。
「焦る?」
「殿下に気に入られたいのよ。ま、それはあたしもだけど」
ヴィオラと話している間にも、ジョナスの声は加熱していた。
心なしか、アウグストの気迫も増している。
「――ジョナス。お前はモニカ殿下の決定を疑うのか」
「間違いがあれば指摘し、諫めることも忠臣の務めでしょう!」
「ほう……」
アウグストは面白そうに口の端をつり上げた。
「では殿下の決定が間違いであるかそうでないかは、どのようにして判断するというのだ」
ジョナスはその言葉を待っていたと言わんばかりに、ハイドを睨んだ。
「簡単な話ですよ! 古来より、騎士の優劣は一騎打ちにより決するもの! 俺がそいつよりも優れていれば、モニカ殿下も間違いに気づかれるでしょう!」
「ま、待ってください。俺たちはあくまでも奉公として仕える身。そんな暴論は――」
「――いいだろう」
論理の飛躍につい口を挟んだハイドの言葉を遮るように、アウグストが重々しく口を開く。
「ちょうど、お前たちの腕を知っておきたいところだったのだ。騎士見習い同士、互いの力を認め合うこともまた肝要だろう」




