第49話 奉公
「奉公、ですか」
「そうだ。まだ先の話だと思っていたがな」
ドルフの口から飛び出た単語に、ハイドは怪訝な顔をした。
(奉公っていうと、貴族学園に入学する前に行わなければならない慣習だったよな)
以前家庭教師から教わった貴族子女の慣習について思い返す。
バーナード帝国では15歳で晴れて成人となり、貴族の男児の場合は父の持つ爵位と領地のうちの一つを受け継ぐことになる。
受け継いだ領地を治めながら、成人した貴族は社交の場に出ることになるが、突然社交界の荒波に放り出されるわけではない。
その前に12歳になると帝国の貴族学園に通い、そこで他の貴族子女たちと親交を深めながら学問や剣術などを学ぶ機会が与えられるのだ。
貴族学園は帝国貴族の子女であれば誰もが入学することができるが、一つだけ条件があった。
それが、他家での一年間の奉公の経験。
最低限の礼儀作法やコミュニケーション能力、馬術や騎士道などを奉公先の家で身につける。
「本当はお前が10歳になってから、私の友人や親戚の家に頼もうと思っていたのだが」
そう言いながら、ドルフは紺色の封筒を取り出した。
封筒には皇家の紋章が刻まれている。
「此度、モニカ殿下がお前を招請なさった」
「つまり、俺がモニカ殿下の下に奉公に出るということですか?」
ハイドの確認の言葉に、ドルフは小さく頷く。
(招請……確か皇族の人は年に一人、貴族子女を呼び出して奉公させる権利が与えられるとか)
貴族の奉公先はそのまま強い縁となり、学園や社交の場では派閥と見なされる。
帝都から遠い地方の大貴族が派閥を固めれば、国家の安定が危ぶまれる。
そうした自体を未然に防ぐため、皇族は毎年8歳から12歳までで奉公の経験がない者を呼び出す権利が与えられていた。
本来招請先の家は貴族とのパワーバランスなどを鑑みて、他家との結び付きの強い家が選定される。
「父様、差し出がましいことをお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「我が家は、他家とそれほど密接に関係を持っているとは思えないのですが」
リューゲン伯爵領は広大だが、それゆえに他家との距離感が遠い。
有する騎士団も強力なため、どこの派閥にも属していない。
そんなリューゲン伯爵家の息子に声がかかるとは信じがたい、という言外の問いに、ドルフは微かに笑った。
「それだけお前のことを気に入られたのだろう。やれやれ、今となっては多少頭が痛いな」
「気に入った? 以前帝都でお会いしただけでですか?」
「前にも話したであろう。モニカ第四皇女の執着は尋常ではないと」
帝都からの帰路の馬車内での会話を思い出し、ハイドは曖昧な笑みを浮かべた。
(俺が隠していることを必ず暴いてみせるって言われたんだっけ……)
今回のことがそのための第一歩だとすれば、ショウとしては受けたくない話だ。
だが、ハイドの場合は違う。
「ともかく、そういうことだ。殿下からご指名を受けたのであれば、それを全うすることもまた貴族の務め。よいな」
「わかりました。殿下の下での奉公、精一杯務めさせていただきます。……ただ、その場合ショウとしての活動が」
「心配せずとも我が領内には多数の冒険者がいる。私や騎士団もな。なに、帝都にもダンジョンはある。奉公に出ている間は、帝都の民を守るのもよいだろう。むしろ帝都の方がよほどお前の力が必要やもしれん」
「それは、どういう……?」
ハイドの問いに、ドルフは「行ってみればわかる」と答えた。
封筒を手に椅子から立ち上がったドルフは、ハイドの下へ歩み寄りながらふっと笑った。
「そういえば、B等級への昇格が決まったそうだな」
「ご存じだったんですか」
「当然だ。お前の動向は常に気にかけておる。順調なのはいいことだが、あまり無理はするな。死んでは元も子もないのだ」
「……はい」
ハイドはドルフから紺色の封筒を受け取り、深く頭を下げた。
◆ ◆ ◆
その日の夜。
奉公のことを知ったエンジュをなんとか宥めながらセントリッツのギルド会館へ顔を出したハイドは、B等級への昇格に伴う説明を受けた。
B等級からはギルドカードを提示することで帝国内におけるあらゆる通行税が免除される。
また、ギルドや国と提携している施設の利用権の他に、申請すれば装備代を一部補助までしてくれる。
(A等級からは年金みたいなものまであるのか……)
大体の冒険者はB等級で頭打ちになる。
ゆえに、A等級からはさらなる優遇措置がなされていた。
「それでは、改めましてB等級への昇格、おめでとうございます。ショウ様」
「ありがとうございます」
B等級昇格への処理をすませたギルドカードを受付嬢が渡してくる。
ハイドは頭を下げながらギルドカードを受け取り、ヘレネーの下へ戻った。
「ショウ、見せて」
興味津々なヘレネーにギルドカードを見せると、等級欄を見て目を輝かせる。
「すごい、本当にB等級だ」
「ヘレネーさんもきっとすぐに上がりますよ」
「うん、頑張る。……ショウ、おめでとう」
そう言って、彼女は後ろ手に隠していたものをハイドへ差し出してきた。
それは昨日武器屋で見たグローブだ。昼の間に買っておいたのだろう。
「誕生日に渡そうかと思ったけど、ショウが使うものだから、昇格した今かなって」
「本当にありがとうございます。大切に使いますね」
グローブを受け取ったハイドは、早速手に装着してみる。
その姿にヘレネーは小さく笑った。
「うん、すごく似合ってる。……じゃあ、ショウ」
「はい。早速依頼を受けましょう。ヘレネーさんにいただいたグローブも試したいですし」
◆ ◆ ◆
「帝都に?」
「はい。こんなタイミングで申し訳ないんですが、一年ほど」
ギルド会館で依頼を受けたハイドたちは、セントリッツを出て目的のダンジョンへ向かっていた。
その道中、ハイドは躊躇いながら奉公のことを話す。
「貴族の人って、思ってたよりも大変だね」
「そんなことないですけどね。ただ、帝都にいる間はヘレネーさんと依頼を受けられないと思うんです。たまに帰ってこれる日もあるとは思いますが」
「ううん、問題ない」
「え?」
B等級への昇格を目指すタイミングでの離脱を申し訳なく思っていたハイドに、ヘレネーが首を振る。
「私も帝都に行けば解決」
「え、来てくださるんですか?」
なんでもないかのように言ってのけたヘレネーに、ハイドは驚く。
すると、ヘレネーはハイドの服を掴みながら呟いた。
「ショウのいるところが、私が居たいところだから」
「ヘレネーさん……」
パーティメンバーとしてこれ以上ないほどの信頼を向けてくれるヘレネーに、ハイドは胸の中がじんわりとする。
「……でも、皇女様の下で奉公ってことは、宮殿に住むんだよね。ショウ、バレずに抜け出せる?」
「そこは……色々と頑張ってみます」
エンジュの協力が得られる前よりもさらに難易度が高まった二重生活。
それに思いを馳せている間に、ハイドたちはダンジョンの前に辿り着いた。




