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俺はSSSレア転生特典をひた隠す。  作者: 戸津 秋太
第一章 領都セントリッツ編

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第37話 ヘレネーの朝

「それじゃあ、今日もありがとうございました」

「うん、またね」


 依頼の達成報告を終えて報酬を受け取ると、彼は(・・)いつも足早にギルド会館を去って行く。

 その背中をしばらくの間見届けてから、ヘレネーもまた帰路へと着いた。


 徐々に朝になりつつあるセントリッツの通りを進み、町の南東へ向かう。

 同じ南東部でも、ハイドの借りている宿とヘレネーの宿では距離があった。


(でも、せっかくなら途中まで一緒に帰らない? って誘ってもいいよね。ショウもたぶん断らない……はず。そしたらショウの宿についたところで「やっぱりこのまま泊まっていかないか」って引き留められちゃったり……! きゃーっ)


 近くに人がいたら距離をとられそうなほどにくねくねと身を捩りながら、宿のある通りへ曲がる。

 程なくして見えてきたのはヘレネーの泊まっている宿、《白雪亭》だ。


 この辺りでは珍しい白っぽい木板を建材としている宿は、周りに立ち並ぶ建物と比べても清潔感をありありと感じさせる。


 若干遠くの空が白み始めた時間。

 宿の一階に入ると、受付にいた女主人がヘレネーに気付き、いつものようにお湯の入った木桶を渡してきた。


 極力接触しないように、ヘレネーはそれを無愛想に受け取ると、三階の部屋へと上がる。

 この宿は二階が大部屋、三階が個室にわけられていて、ヘレネーにとってはとても居心地がいい。


 部屋に入ったヘレネーは鍵を閉め、装備を外していく。

 フード付きの外套を脱ぎ去り、新調したばかりの弓と矢筒、そしてマナストーンが埋め込まれた矢を装備かけに丁寧に戻す。


 そして服を脱ぐと、タオルに木桶の湯を吸わせて全身を丁寧に拭い始めた。


 疲労が汗と共に流れ落ちていくような心地よさに包まれながら、ヘレネーはふと、ギルド会館での出来事を思い返す。


緑天鼠(グリベスペル)……空を飛ぶ、飛行型のモンスター、だったよね)


 冒険者として長く活動していると、時折他の冒険者からモンスターの情報が入ってくる。

 大抵は同じパーティメンバーから、そうでなくても交流のある冒険者から、「このモンスターには気を付けろ」という忠告が武勇伝と共にもたらされる。


 もっともヘレネーの場合は一人でこそこそとロビーで時間を潰している間、そこで談笑する冒険者たちの話を聞きかじった程度でしかない。

 それでも、ハイドが倒したというモンスターはそれなりに知っていた。


 なにせ、B等級で初めて遭遇する飛行型(・・・)のモンスター。

 空を飛び回るなんて希少なスキルを持つ冒険者は稀で、大抵の場合は苦戦を強いられる。


(私の場合は弓でなんとかなる……のかな? でも避けられそうだし、数で囲まれたらまず無理。でもそれはショウの方が深刻で、とても飛行型のモンスターを倒せるようには見えないよね)


 ハイドの戦闘スタイルを、ヘレネーは後ろからずっと見てきた。

 拳を中心とした格闘による近接戦闘特化の戦士。

 前に剣を試していたことからも、剣も使えるのだろう。


 ただ、空を飛び回るモンスターの群れを相手にして立ち回れるイメージはどうしても持てない。


 ぱしゃっと、タオルを湯に浸しながら小さくため息を零す。


(ううん、本当はわかってる。ショウがもっとすごい人だってことは。私なんかと一緒にいるのが奇跡なほど、色んな力を持ってる人だって)


 天才的な格闘術、【吸収】をものともしないマナ総量、そして飛行型のモンスターにも対応できる戦闘能力。

 C等級に収まる器じゃない。

 あっという間に追い抜かれたように、いつかは置いて行かれる――。


 そんな不安が、ヘレネーの胸中に渦巻いていた。


(そんなのは嫌っ。私は、ショウがいないと……!)


 また元に戻ってしまう。


 ヘレネーはじんわりと目の奥から湧き上がってきた何かを押さえつけるように、湯で濡らしたタオルを顔に押し当てた。





 体を拭い終わる頃には陽も昇り始めていた。

 木桶を返却し、そのまま一階で簡単な食事をすませると、人でごった返す前に部屋へ戻る。

 少しすると階下が騒がしくなっていた。

 皆、起き始めたのだ。


 今日も人と出くわさずに部屋へ戻れたことに安堵しつつ、ヘレネーは武器のメンテナンスを始める。

 弓矢は痛みやすい割に繊細で、日々のメンテナンスが肝要な武器だ。

 特に買ったばかりということもあって、そのチェックは入念なものになる。


 そんなことをしていると、唐突に部屋の扉が叩かれた。


 ビクッと肩を震わし、息を潜める。

 どうやら部屋を間違えているわけでもないようで、もう一度、今度は先程よりも強く叩かれた。


「は、はい……? っ、な、んで――っ」


 恐る恐る扉を開けたヘレネーは、その先に並び立つ三人の女性の顔を見て、顔面を蒼白させた。





 ◆ ◆ ◆





「兄さま兄さま、わたし、あれ食べたい!」

「ちょっとエンジュ、勝手に動き回るとはぐれるぞ」


 路傍に立ち並ぶ屋台を指差して走り出そうとするエンジュを窘めながら、ハイドは昼のセントリッツの通りを歩いている。


 どうして昼のセントリッツに二人でいるのかと言えば、それはエンジュの我儘に始まった。

 先日ハイドたちが帝都へ行ったのを引き合いに、せめてセントリッツを見て回りたいと言い出したのだ。


 貴族が市井に足を運ぶのはあまり良くないと、ドルフたちは難色を示し、ハイドも妹の我儘を窘める立場だった。

 だがここで、エンジュはハイドと結んだ「お願いを聞く」という約束、それを行使した。


 夜に出歩いていることを話されるわけにもいかないハイドは頭をフル回転させて両親を説得。

 市井の営みを見て回ることも貴族の責務だとか、貨幣経済を実際に体験することは大きな財産になるだとか、もっともらしい理屈をこねくり回した。


 そんなプレゼンが功を奏し、ドルフたちはお忍びという形で二人がセントリッツへ行くことを許可したのだった。


 もちろん、護衛の騎士が数名、雑踏に紛れる形で二人の後をついてきている。


(まあ俺もなんだかんだ、昼のセントリッツを見て回るのは初めてだしなぁ)


 ショウとして訪れるときはいつも夜の闇に閉ざされていた。

 こんな町並みだったのかと、改めて思う。


 エンジュが欲しがったパイを買って食べ歩いていると、ふと見覚えのある通りにさしかかった。


(ここって、ヘレネーさんの宿のある……)


 エンジュについて回っているうちに随分と歩いていたらしい。

 そろそろ引き返そうかと思ったときだった。


「――ん?」


 陽の光が建物で遮られて、昼なのに薄闇に包まれた路地裏。

 そこに(うずくま)っている人影が視界に留まった。


 慌てて駆け寄ろうとして、気付いた。


(っ、ヘレネーさん?!)


 路地裏で蹲っていたのは、ハイドのよく知る人物だった。

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