第22話 自分の力
「――ふっ!」
「やぁ――!」
リューゲン邸の訓練場でハイドとエンジュは並んで木剣を振るっていた。
この日は久しぶりにドルフが見てくれるということもあって、特にエンジュは気合いが入っている。
「っ、せいっ!」
「てぃやぁ!」
仮想の敵を想定しながら、剣術の基本となる八つの型を連続で繰り出していく。
最後の突きを放ってから、二人は深く息を吐き出した。
「うむ、二人ともまた腕を上げたな」
二人を見守っていたドルフが頷きながら言う。
エンジュは「にへへ~」と嬉しそうに笑っている。
「特にハイド。お前の成長は目覚ましい」
「え、俺ですか?」
「先週見たときとは天と地ほどの差だ。剣を振るのではなく、剣を握る体を動かす。その意識が強まったように見える」
ドルフの分析は的を射ていた。
この二日間、ショウとしてモンスターを倒すときは剣ではなく拳を使っていた。
それがドルフが言うところの体を動かすという意識に結びついているのだろう。
「どれ、久しぶりに私と剣を合わせないか」
「えっ」
腕まくりをして木剣を取りに行ったドルフにハイドは溜まらず顔をひくつかせる。
「母様から実戦形式の修練は禁じられていたのでは」
「それはお前に【剣術】が目覚めていないからだ。しかし、私はお前の剣技に光るものを見た。ゆえに問題ない」
(め、めちゃくちゃだ……)
ハイドの脳裏にはドルフに木剣で痛めつけられたトラウマが鮮明に蘇っていた。
「父さま! わたしもやりたい!」
「よかろう。ハイドの後にお前ともやろう」
「やったぁ!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねるエンジュをよそに、ハイドはため息を零す。
だが、どうやら逃げることはできないらしい。
「では、お前から動きなさい」
「……行きます」
木剣を構え、正対する。
そして覚悟を決め――ドルフへの間合いを詰める。
「せいっ!」
スキルを使っている時よりも、体が重い。
頭の中に入ってくる情報量が圧倒的に少ない。
だけど以前よりも剣を振るうべき場所、動かすべき筋肉、注視すべき動き――そのすべてへの理解力は高まっていた。
「むっ」
鋭いハイドの一振りを、ドルフは瞠目しながら受け止める。
木剣の乾いた音が響く中、ハイドは即座に刃を滑らせ、ドルフの脇へ体を流していく。
「はぁ!」
その勢いを利用して手首を返し、ドルフの首筋へ木剣を振り上げた。
「甘いッ!」
ドルフはどこか楽しむような笑みを浮かべながら上半身を反らし、一撃を躱す。
そうして一度距離をとると、深く息を吐き出した。
「今度はこちらからゆくぞッ」
がっしりとした体躯のドルフが素早い動きで迫ってくる。
それだけでとてつもない威圧を感じる。
だが、
(モンスターと戦う時と比べればどうってことない)
モンスターは文字通り、こちらの命を狙ってくる。
スキルで圧倒し続けていたとはいえ、命のやり取りをしたことに変わりは無いのだ。
ゆえに、実戦形式の戦いで今さら臆することはない。
「ふ――ッ」
自分へ向けて振り下ろされる一撃。受け止める? いや、力負けする。ならば躱すだけ。ただ躱す? 意味が無い。相手の勢いを削がなければ。
そう。【武神の導き】なら――。
「ぬお?!」
上体を低く下げ、ドルフへ向けて逆に突進する。
間合いを詰められたドルフは意表を突かれたのか、踏み出した足で踏ん張り、制動しようとする。
上半身と下半身の動きの齟齬。その一瞬の動きの差が、ハイドの放つ攻撃への対応を遅らせる。
「せやぁ――!!」
懐から一気に木剣を振り上げる。
急制動をかけたことにより重心の影響で前のめりになっていたドルフの無防備な胸元へ、ハイドの木剣は――、
「――【剣術】」
「……ッ!」
がら空きかと思われた胸元に、スキルによる非常識な加速でドルフの木剣が割って入る。
捨て身の特攻をしていたハイドは、逆に無防備な体勢となり、ドルフの放った一撃を体に受ける羽目となった。
「本当に腕をあげたな、ハイド。まさかスキルを使わされることになるとは思わなかった。……純粋な剣術だけでいえば、すでに私を超えている」
ドルフの賞賛の言葉には僅かに憐憫がにじみ出ていた。
スキルさえ目覚めていれば、という胸中なのだろう。
そのことを察しつつ、ハイドは「ありがとうございました」と頭を下げた。
「兄さま、すごいすごい! やっぱり兄さまは強いよっ」
「はは、ありがとう」
我がことのように喜んでくれるエンジュに笑いかけるハイドだが、その胸中は晴れない。
ハイドとしている時は、分不相応な力であるスキルを使わないようにしている。
その反面、剣の修練に手を抜くような真似もしていない。
妹であるエンジュにすべてを押しつけることに負い目があるからだ。
せめて自分自身の力を磨く努力は怠らずにいようと努めてきた。
だが、
(今の戦いではスキルを使っていないはずなのに、動きの正解を引いている感覚がある)
ドルフと対等に打ち合うことができたこの剣術は自分の力なのか、それともスキルの力なのか。
その判断はとてもできそうになかった。
◆ ◆ ◆
ハイドと実戦形式の修練を行ったことは、コーデリアの耳に入ったらしい。
夕食を終えても叱られているドルフに僅かばかりの同情をしつつ部屋に戻ったハイドは、寝支度を済ませてメイドを下がらせる。
そして、【神界の泥人形】を発動して屋敷から飛び立った。
「本当にこんな夜に開いている店があるのかな」
今日はヘレネーの案内で装備を買いに行く約束がある。
その後ダンジョンに潜れるかは時間次第になるが。
城壁の衛兵にはすっかり顔を覚えられていて、町に入る時間はだいぶ短縮されていた。
ギルド会館への道も覚えているので迷うこともない。
そうこうしているうちにギルド会館が見えてきた。
「あ、ヘレネーさん」
すると、会館の入り口にヘレネーが立っていた。
ハイドは慌てて駆け寄る。
「すみません、お待たせしてしまいましたか」
「ううん、今来たところ」
「よかったです。今日は案内、よろしくお願いします」
「うん」
ヘレネーはどこか嬉しそうに頷くと、ハイドが現れた方とは逆の道を指差した。
「お店、こっちだから」
そう言って歩き出したヘレネーの隣に慌てて並び歩く。
ギルド会館を離れるにつれて灯りが減っていく。
時折笑い声が聞こえてくるが、たぶん酒場だろう。
電気のないこの世界で夜も明かりを保つには、蝋燭か暖炉、あるいはマナストーンを光源とするしかない。
だがそれらは例外なく高価でもある。
陽が沈むと家に籠もって、早々に眠る。
それがこの世界の基本的な生き方だ。
だからこそこんな時間に店が開いているとは思えないが、ヘレネーの足取りには迷いがない。
「どうかしましたか?」
ふと視線を感じて隣を見ると、ヘレネーがフード越しにこちらを覗き見ていた。
「ううん、なんでもない」
首を横に振りながら答えるヘレネーの声は、僅かに弾んでいた。




