第20話 昇格
パーティとして適切な距離感を取れるようになってからはゴブリン討伐がさらに捗った。
依頼の最低ノルマは20体だったが、すでに討伐数は60体に到達している。
マナストーンを入れた革袋がパンパンになった辺りで、ヘレネーが切り出した。
「そろそろいい頃合いだと思う」
「そうですね。戻りましょうか」
「本当はショウの初めての依頼だから早々に切り上げるつもりだった。……だけど、つい潜りすぎた」
そう話すヘレネーは楽しげに微笑んでいた。
ギルド会館へ戻ったハイドたちは受付で依頼の報告を済ませる。
マナストーンがそのまま討伐の証明になるので、ハイドはマナストーンを30個手渡した。
「あれ? ヘレネーさんは10個だけでいいんですか?」
ヘレネーも30体分のマナストーンを持っているはずだが、彼女が受付に渡したのは10個だけだった。
「うん。私は依頼分以上は出さない」
「でもマナストーンを納品した分だけ等級が上がるんですよね」
それなりの額で買い取ってもくれるのだし、納品しないメリットはないはずだが。
(そういえば、マナストーンが取れればいいとか、そんなことを言っていたような)
小鬼の巣窟へ続く地下水路を進みながら交わした会話を思い出す。
するとヘレネーは声を潜めるように言った。
「私のスキルのために、いつも持ち歩く分を残してる」
「……ぁ、すみません、ずけずけと」
「気にしてない。それに今日はショウのお陰でたくさん取れたから」
マナストーンはそれ自体がマナを帯びた石だ。
大抵は照明器具や武具などに加工されるが、ヘレネーの場合は【吸収】によって他人のマナを吸い取らないようにするリソースとして運用しているのだろう。
「……あ、そういえば」
ふとハイドはエンジュを助ける際に倒したモンスターのマナストーンを持っていたことを思い出す。
ゴブリンのものよりも大きいそれを懐から取り出し、ヘレネーに手渡した。
「これ、よかったらどうぞ」
「……なにこれ、すごく大きいし、マナの濃度も濃い。かなり上位のモンスターがドロップしたものじゃない?」
「どう、なんですかね」
振り返ってみるが、ほとんど一振りで瞬殺したので記憶にない。
「今日一日お世話になったので、ヘレネーさんに差し上げます。いらなければそのまま納品してください」
不思議なことに、他者からもらったマナストーンを納品することでも等級は上がる。
自分の功績となるマナストーンを他者へ譲る冒険者が希有であることや、市場で購入すると高価であることなどが理由らしい。
まあ実力以上の等級を手に入れても首を絞めるだけではある。
(どこの世界でも分不相応な力は身を滅ぼすってね)
ハイドは自虐じみた笑みを浮かべる。
「やっぱりもらえない。私、そんなに大したことしてないし、どちらかと言えば足を引っ張ってたから……」
ヘレネーは遠慮するが、ハイドはそんな彼女の手を掴み、その上に無理やりマナストーンを置いた。
「感謝の気持ちです。色々と教えていただきましたから」
「っ、ぁ、ありがとう……」
彼女は両手の上のマナストーンをじぃっと見つめると、胸の前でぎゅっと握りしめた。
そうこうしているうちに査定を終えた受付嬢が戻ってきて、ハイドたちに報酬を渡してきた。
額としては物足りないが、F等級であることとあの難易度を考えれば妥当なところだろうか。
「今日は本当にありがとうございました」
「ううん、こちらこそ、新人を助けるつもりが逆に助けられた。……それに、私と一緒にダンジョンに潜って元気だったのは、ショウが初めて」
「それは光栄です。――では」
ギルド会館を出ようとヘレネーに背を向けたときだった。
「ぁ、あの!」
「はい……?」
ヘレネーに呼び止められて振り返る。
彼女は先程ハイドが渡したマナストーンをぎゅっと握りしめたまま、床を見つめてもにょもにょとしている。
「えぇと、その……わ、私と――」
消え入りそうな声で何事か言いかけては、また口を閉ざす。
それを何度か繰り返してから、彼女は勢いよく顔を上げた。
「きょ、今日は本当にありがとう」
「はい。ありがとうございました」
それだけ言うために呼び止めるなんて律儀な人だなと、ハイドは思う。
同時に、スキルのせいで他人から恐れられているのが居たたまれなく感じた。
まだ外も暗い時分に屋敷に戻ることができたハイドは、ベッドに倒れながらギルドカードをぼんやりと眺める。
(今日は本当に色々なことがあったな)
初めて町に出たが、今日だけでも色々な人に出会った。
ヘレネーに限っていえば昔からの付き合いだったと錯覚するほど、濃密な時間を過ごした気がする。
「……楽しかったな」
適度な疲労感と心地よい睡魔が襲ってくる。
今日は近場であり、難易度も低いことも相まって、あれだけダンジョンに潜ったのに寝る時間はまだ残っていた。
折角なのでハイドはスキルを使うことなく、微睡みに身を委ねることにした。
◆ ◆ ◆
「E等級昇格、ですか」
翌日。昨日と同じようにギルド会館に顔を出すと、受付嬢から等級が昇格することを告げられた。
「はい。ショウ様の納品したマナストーンは昇格に必要な規定量に達しました」
「まだ一度しかダンジョンに潜っていませんが」
「F等級ダンジョンにおいて一日であれほどの量のモンスターを討伐できるということは、すでにショウ様はF等級の範疇にないことの証左でもありますので」
受付嬢は淡々と告げる。
(最初の方は等級も上がりやすいんだろうか)
指示通りギルドカードを手渡と、受付嬢は一度奥へ引っ込み少し時間をおいてから戻ってくる。
返却されたギルドカードの等級の欄は、確かにFからEになっていた。
「おめでとうございます、ショウ様。昇格により、ショウ様はF等級ダンジョンの依頼をソロで受領することができます」
「あ、ありがとうございます」
受付嬢に言われてはたと気付く。
(そうか、もうソロで行けるようになったのか)
ハイドは掲示板に向かうと、F等級ダンジョンの依頼を探す。
自分に与えられた四つの最強スキル。
それらの性能を最大限発揮すれば、どこまでやれるのか。
ソロでのダンジョン探索はまさにうってつけの場と言える。
「――よし、やるか」
ハイドは依頼書を選び取ると、依頼受領の手続きを行った。




