第17話 小鬼の巣窟
臨時パーティ登録を済ませて依頼を受領したハイドたちは、早速ダンジョンへ向かっていた。
今回受けることになったのはF等級ダンジョン。領都セントリッツの内部に位置し、ハイドにとっては好立地のダンジョンになる。
セントリッツはいくつかのダンジョンを内包した都市でもある。
ギルド会館の地下にもダンジョンがあるそうだが、生憎と挑むにはハイドの等級が足りない。
ダンジョンへ続く地下水路を進みながら、前方を歩くヘレネーへ訊ねる。
「ヘレネーさんはF等級のダンジョンで良かったんですか?」
「初めてなら一番簡単なダンジョンがいいと思って」
「それって、俺のことを気遣ってくれたってことですよね。ありがとうございます」
「……別に。私はマナストーンが取れればそれでいいから」
心なしか声が上擦っている気がする。
ハイドは思わず口角を上げながら、先程から数歩前を歩くヘレネーへ追いつこうと歩調を速めた。
だが、
(お、追いつけない……)
歩く速度を速めれば速めるだけ、その分ヘレネーも早足になる。
意図的に距離を取られているとハイドは気付いた。
「ショウ。これからダンジョンに潜る上で、あなたに言っておくことがある」
「なんですか?」
「私にはできるだけ近付かないで。それだけは、何があっても守って欲しい」
◆ ◆ ◆
地下水路を進んだ先に異質なものが現れた。
空間がまるで亀裂が入ったかのようにひび割れ、その奥で純白の光がゆらゆらと揺れている。
「これが、ダンジョンの入り口……」
初めて目にする光景に圧倒されていると、先導していたヘレネーがその亀裂の中に入っていった。
意を決してハイドも飛び込むと、全身を不思議な感覚が包み込む。
浮遊感にも似ていて、船上で揺られているようでもある、とにかく体感したことのない感覚。
それが収まると、ハイドは先程までとはまったく違った場所に立っていた。
狭い地下通路だった。
全面を石レンガで覆われて、等間隔に配置された篝火が通路を照らしている。
振り返ると先程と同じ空間の亀裂がそこにあった。
「ここが、F等級ダンジョン《小鬼の巣窟》……」
依頼を受領する際に受けた説明を思い返す。
今回の依頼はこの《小鬼の巣窟》にポップする小鬼と称されるモンスターの討伐。
最低ノルマは20体。討伐したモンスターのマナストーンを納品することで依頼は達成となる。
「それじゃあ、手筈通りに。私は索敵と援護射撃をする」
「わかりました」
ヘレネーの役職はサポート。
今回はアタッカーであるハイドが前に出ることになる。
ヘレネーは狭い通路の中を極力ハイドへ近付かないようにして後ろに回った。
そして外套の中から弓矢を取り出す。
(近付かないでって、この短時間で嫌われることでもしちゃったかな……)
若干凹みながら歩き出すと、ヘレネーが慌てた声を上げた。
「ちょっと、あなた武器は?」
「え? 拳で戦うつもりでしたけど、ダメですか?」
ハイドとしてもモンスターと拳で戦いたくはないが、武器を持っていない以上仕方が無い。
ドルフにねだるか、騎士団の装備をこっそり使うことはできるだろうが、それで正体が露見する可能性を否定もできない。
だからショウとして武器を買うまでは拳で戦うつもりだったが、ヘレネーの反応は微妙だった。
「素手で? まさかそういうスキルを持っているの?」
「あー、まあそんな感じです」
「……いえ、ごめんなさい。スキルの詮索なんて」
「大丈夫です、気にしていませんよ」
冒険者の間ではスキルの詮索はマナー違反という考えが浸透しているようだ。
ハイドとしてはお互いのスキルを知っておいた方がよりよく連携できるだろうと思うのだが、自分の知らない事情があるのだろう。
(冒険者登録でもスキルの欄は任意だったしなぁ。俺は【全知神の目】で相手のスキルを視ることができるけど……)
なんとなく、勝手に視るのは気が引けた。
(それにしても、さっきからずっと体内のマナが抜けていく感覚があるんだよな。ダンジョン特有のものなんだろうか。いやでも、ギルド会館からずっとそんな調子だし……)
【神泉の源】があるので別段気にはならないのでそれ以上は深く考えないでおく。
ダンジョン内は篝火で照らされているとはいえ、視界が良好とはいえない。
ハイドは索敵も兼ねて【全知神の目】を発動した。
(いるな、前方にゴブリンらしきモンスターが四体。その奥にもぞろぞろと待ち構えてる)
体長は一メートルもないだろうか。
こちらにはまだ気付いていないようだ。
「待って。その先にゴブリンがいる」
遅れて、ヘレネーが後方から声をかけてくる。
「俺はどうすれば?」
「私がまず一体仕留める。あなたは無理はしなくていいから、私に向かってくるゴブリンを食い止めて」
「わかりました」
今日は無理を言ってパーティを組んでもらっている。
あの程度のモンスターは一人でどうとでもできるが、それはソロで活動できるようになってからでいいだろう。
ハイドはヘレネーの指示通り身を屈めた。
「はぁ――っ!」
矢が風を切る音と共に放たれ、前方のゴブリンの脳天に突き刺さる。
その一撃が致命となって虚空へ霧散する中、残る三体のゴブリンがこちらに気付き、襲いかかってきた。
「ショウ」
「任せてください」
【武神の導き】を発動する。
その瞬間に、ハイドの拳はあらゆるものを貫く武器となった。
「ふっ!」
小柄ですばしっこいゴブリンの動きの先を読み、その動きの延長線上に拳を滑らせる。
ただそれだけで、ゴブリンは弾け飛んだ。
「避けて!」
後方からの声に即座に反応する。
【全知神の目】と【武神の導き】は、味方であるヘレネーの放った矢の動きさえも完全に追跡していた。
そして、それを使った正解の動きもまた、スキルは示す。
「はぁっ!」
指示通り矢の斜線から避けながら、ハイドはゴブリンの足を払う。
躓いたゴブリンはもう一体のゴブリンに衝突し――そのタイミングで、ヘレネーの放った矢が二体を貫いた。
モンスターの体躯が消失し、小ぶりのマナストーンと貫くものを失った矢がからんと音を立てて床に落ちる。
「すごい……」
ハイドがマナストーンを拾い上げていると、後方から熱に浮かされたような声が聞こえてくる。
「すごい、すごいっ! 今のどうやったの! 私一度の矢で二体も倒したの初めてっ!」
弓を両手にぴょんぴょんとその場で飛び跳ねるヘレネーの声は喜色に満ちていて、とても先程までの彼女と同一人物とは思えなかった。
「お見事です、ヘレネーさん」
マナストーンと矢を回収したハイドがそう笑いかけると、ヘレネーは着地した体勢のまま固まる。
そしてフードを深く被り直した。
「先に進みましょう。まだノルマは終わってない。気を抜いてはダメ」




