第14話 決意
闇ダンジョンの飽和状態を解消後、騎士団によってハイドたちは無事に保護された。
怪我人や建物の被害こそあったものの、死亡者はゼロという結果にドルフを含め、全体の雰囲気はとても明るかった。
そして、リューゲン邸へ帰還する。
馬車が屋敷の正面に停まり、エントランスからコーデリアが現れる。
彼女はドルフたちと抱擁を交わした後、やけに威圧を感じる笑顔を張り付けてエンジュを見下ろしていた。
「……ただいま、母さま」
「お帰りなさい、エンジュ。着替えたら私の部屋に来なさいね」
「……兄さまぁ」
「そんな目で見られても助けないよ。悪いのはエンジュだからね」
コーデリアがどういう思いで遠征に赴くドルフを見届けているか聞いたことのあるハイドにとって、今回の彼女の心労は想像に難くない。
すでにエンジュは十分に反省していたが、それとこれとは別の話だった。
◆ ◆ ◆
あれから一月が経った。
闇ダンジョンを調査していくうちに、ダンジョン内で複数人の亡骸が発見されたらしい。
どうやらダンジョンを独占しようとしていた者たちは、ダンジョン内で命を落としたようだ。
その結果モンスターを倒す者がいなくなり、飽和したダンジョンが大規模なゲートを形成してしまったとのこと。
傍迷惑な話である。
こういう事態を防ぐために報告の義務が課されているのだと、書類に追われているドルフがぼやいていた。
ドルフは事後処理に合わせてルーリャ村に現れた『ショウ』なる人物の捜索にも力を尽くしていた。
だが手がかりがまったく掴めず、難航しているようだ。
探しても無駄だから止めろ、とはとても言えないハイドは、父の仕事を増やしていることに心の中で謝った。
そんなわけでリューゲン邸での穏やかな日常が取り戻されたわけだが、ここでも色々と変化があった。
その変化の中で最も大きいものといえば、やはりエンジュだろう。
「はぁ! やっ、てやぁ――!」
ゲートの対処などで騎士団が出払った訓練場にて、エンジュがスキルを使わずに剣術の修練を行っている。
屋敷に戻ってからというもの、エンジュはそれまでおざなりにしていた剣術の修練に熱心に取り組むようになった。
その影響か、【剣術】の練度自体も上がっているような気がする。
そして、変わったことと言えばそれだけではなかった。
「兄さま! どうだった?」
「うん、随分と上達したね。この分ならそう遠くないうちにまた遠征に連れて行ってもらえるんじゃないかな」
「ううん、わたしはまだまだだよ」
エンジュは頭を横に振ると、決意を宿した眼差しで告げる。
「兄さま。わたし、もっと強くなるっ。兄さまみたいに」
「エンジュはもう俺よりもずっと強いよ」
どきりとしつつ誤魔化すように応えたハイドに、エンジュはいつものにへへとした笑みを浮かべる。
(まさかバレてる? いや、そんなわけないよな。だってどう考えても別人だし)
ショウとハイドが結びつくはずがない。
以前にも増して尊敬の目を向けてくる妹への疑惑に、ハイドは最終的にそう結論づけた。
変化といえば、それはエンジュだけに起こったことではない。
ハイドもまた、思い悩んでいた。
「冒険者は、ギルドに所属してダンジョンの探索やモンスター討伐を行う者のこと、か」
数年前まで足繁く通っていたリューゲン邸の書庫。
成長したことであの頃のように隠れる必要もなくなったハイドは、堂々と本を自室へ持ち込んでいた。
自室の机の前で数冊の本を広げる。
そこには冒険者やギルド、ダンジョンのことが記されている。
ギルドとは各国に設立されたダンジョンと冒険者を管理する組織のことであり、貴族とは違い強力なスキルを持たない者たちが一攫千金を夢見て集う場所でもある。
貴族や彼らの抱える騎士団は、地上に現れたモンスターやゲートへの対処を行う。
それに対して、冒険者はもっと根本的なところへの対処を目的にしていた。
すなわち、ダンジョン内のモンスターの討伐だ。
冒険者は地上にゲートが形成されないよう、ダンジョン内のモンスターを狩り続ける。
元々はそのダンジョン内の制圧も貴族の仕事だったが、地上に出現したゲートへの対処が遅れることや、領内すべてのダンジョンを管理しきれないという事情からギルドが設立された背景がある。
「要するに、冒険者の人たちも騎士団の人たちと同じように人々を守ってるってことだよな」
それがたとえ金のためであっても、危険を顧みずモンスターと戦っているという点では同じだ。
「……冒険者、か」
パタンと本を閉じたハイドは、ベッドに倒れ込む。
仰向けでぼんやりと天井を眺めながら考え込んだ。
初めてモンスターを目にして、初めてモンスターを倒して、初めて自分のスキルで人を助けて、初めて感謝されて。
このまま力を使わずにいていいのかという疑問が、ハイドの頭の中を巡っている。
(俺が知らないだけで、モンスターに苦しめられている人はきっとたくさんいる。……俺なら、そんな人たちを少しは減らすことができる)
それは驕りでもなんでもない。ただの事実だ。
前世での本当の失敗はなんだったのか。
ハイドは考える。
前世で失敗したのは大金を手にしたことではなく、大金を手にしていることを知られたからではないか――と。
「もしあの大金を持っていることを誰にも知られず、そして誰か困っている人のために役立てていたら、俺はあんな最期を迎えることはなかったんじゃないのか」
今まで親しかった人たちから見放され、些細な幸福からも手が遠のき、孤独な最期を迎えることは避けられたのではないか。
そう。分不相応な力を持ったことが問題ではなかった。
問題は、その力を持っていることを知られたからだ。
「――でも、ショウとして力を振るったなら、ハイドはハイドのまま、幸せな人生を歩める」
見ず知らずの誰かの幸福と、自分の幸福。
それを両立するためには、自分のスケープゴートを用意すればいい。
ハイドはゆっくりと天井へ向けて右手を伸ばす。
そして、その手を強く握り込みながら呟いた。
「――俺は、冒険者になる」




