第13話 制圧
「まさか咄嗟に思い浮かべるのが前世の自分の姿だったなんてなぁ……」
エンジュの下を飛び立ったハイドは、彼女から離れた場所へ降りると、一人ぼやく。
今の彼は黒髪黒目の二十歳前後の青年の出で立ちをしていた。
白銀の髪に青い瞳を持つ、ハイド・リューゲンの容姿とは似ても似つかない。
【全知神の目】で見つけ出したエンジュの下へ駆けつける最中、彼女に正体がばれないよう、飛行用の翼を生やすのに合わせて【神界の泥人形】で容姿を変えたのだった。
人間の姿に変化するとなると、その容姿を具体的に思い浮かべなければならず、咄嗟に浮かんだのは前世の自分の姿だった。
「まあこれならバレることはないだろうけど」
なにせこの世界にいない人間の姿だ。
いくら探し回ってもハイド・リューゲンに辿り着くことはない。
「それにしても本当にすさまじいな、この力は……」
モンスターとの初めての戦闘は想像以上にあっさりと片付いた。
上空からの奇襲に、【武神の導き】による一撃。
それだけであの凶悪なモンスターは塵と化した。
この力があればどれだけの数のモンスターと対峙しても負けることはない。
その確信を抱いた。
「ありがとう、か」
ふと、エンジュを助け出したときのことを思い返す。
自分が兄であると知るよしもない彼女は、ハイドに向けてお礼の言葉を向けてきた。
エンジュからすれば命の危機から救ってくれた英雄に見えるだろう。
「……そうだよな。俺にはモンスターに襲われている人を助ける力がある」
ハイドは【全知神の目】を樹海の外へ向け、ルーリャ村へ救援に向かったドルフの姿を探す。
それはすぐに見つかった。
平原に構える小さな村。そこに今、三十を超える数のモンスターが押し寄せている。
ドルフたちも必死に応戦しているが、多対一での組織的連携が彼らの戦術の基礎である以上、数で負けている状況では苦戦を強いられていた。
加えてルーリャ村の人々を守るように立ち回っているため、旗色はどう見ても悪い。
「……赤の他人だから、何もしないのか? 傷つく人たちを我が身可愛さに見捨てることが、本当に俺が望んだ生き方なのか?」
自分の幸福のために他人の人生を切り捨てる。
――それは、あの日押し寄せてきた強盗とどう違うのか。
「ッ、俺には、力がある!」
背中の翼に再び力を籠め、ハイドは空高く飛び上がる。
遮るものの存在しない無限の空で、純白の翼は羽ばたいた。
◆ ◆ ◆
眼下にルーリャ村が見えてくる。
ハイドは木の棒を強く握ると、上空から【武神の導き】を発動した。
(――隙だらけだ)
ルーリャ村の上空を飛び回り、ドルフたちと交戦する三十体の巨大なコウモリのようなモンスター。
そのすべてに、辿るべき光の道筋が示される。
スキルはハイドに雄弁に語っていた。
このモンスターたちは、取るに足らない存在だと。
「はぁ――!」
滑空の勢いそのままに木の棒を振り下ろす。
それだけで、まず一体のモンスターが霧散する。
着地したその瞬間に両足に力を籠めて跳び上がり、木の棒を振り上げる。
もう一体、自分が斬られたことに気付くことなく塵と返った。
再び上空へ距離を取ったハイドへ、モンスターたちの注目が集まる。
そしてそれは地上で戦っていたドルフたちも同様だった。
「な、なんだ?!」
「今一体何が起こった」
「あ、あの男、空を飛んでいるぞ」
「落ち着け!!」
目にも留まらぬ早さであれだけ苦戦していたモンスターを一気に二体も倒したことで、団員たちに動揺が広がる。
そしてそれを、ドルフは一喝した。
「頼もしい援軍じゃないか。私たちは彼の支援をしつつ、ルーリャ村の者たちを安全な場所へ誘導しよう」
団長の言葉に否はなかった。
即座に指示通りに動く団員たちを誇らしく思いながら、ドルフは上空に舞う黒髪の男を見上げる。
「一体何者だ……?」
ドルフが疑問を口にしている間も、ハイドは次々とモンスターを撃破していた。
ようやくモンスターの認識が追いついて反撃を初めて来たが、【全知神の目】は死角からの攻撃さえも見通す。
――否、この目にはそもそも死角など存在しない。
「LUAAAAA!!」
「GYOLOOAAAA!!」
上空に浮かぶハイドに、二体のモンスターが左右から挟み込んでくる。
ハイドが持っている獲物が一振りだと見切っての攻撃だが、
「一瞬、攻撃のタイミングがずれてる――ッ」
【武神の導き】が正しい動きを示し続ける。
左から襲ってきたモンスターの方が、右のモンスターよりも僅かに動き出しが早い。
なら、左から順に倒せばいい。
木の棒を横薙ぎに振り抜き、勢いそのままに一回転し、もう一体も斬り伏せる。
二体のモンスターは顎を開いたままマナストーンを遺して消滅した。
「残り、四体……」
息も荒げることなく上空に留まるハイドは、眼下に飛び回るモンスターの数を数える。
あれだけいたモンスターたちは一気にその数を減らしていた。
モンスターたちは敵わないと悟ったのか、ハイドへ背を向け、村の中を逃げ惑う村民たちへ向けて滑空した。
「っ、させるか!」
モンスターにそのような知性があることに驚きつつも、ハイドはその背中を追って村の中へと飛び込む。
騎士が村民の間に割って入るよりも先に、ハイドの木の棒がモンスターの体躯を切り裂いた。
一体、二体、三体――四体。
踊るような連撃ですべてのモンスターを倒しきったハイドは、ゆっくりと地上へ降り立つ。
(……よし、もうこの辺りにモンスターはいない)
【全知神の目】で安全を確認してから顔を上げると、いつの間にかドルフが近付いていた。
「この領地を預かる者として礼を言わせて欲しい。私はドルフ・リューゲン。この度は助力、感謝する。さぞ高名な冒険者のようだが、名を聞かせてもらえないだろうか」
「………ショウ」
「そうか、ショウ殿。よければ貴公を我が屋敷に招き入れたいのだが」
「それよりも」
まずい流れを断ち切るべく、ハイドは話題を変える。
「今のでゲートから現れたモンスターはいなくなり、ゲート自体は消滅したが、闇ダンジョンの内部は依然として飽和状態だ。一刻も早く闇ダンジョンを制圧するべきではないか」
「! 貴公には場所がわかるのか」
「いや、まだ探していない。だが、……見つけた。ここからあちらに馬で五分ほど走った場所に存在している」
「っ、一体どうやって……いや、情報感謝する」
ドルフは頭を下げると、部下たちの方を向いた。
「総員、我々は直ちにダンジョンへ向かう。上層のモンスターを一掃し、飽和状態を解消する。エイブ! お前はこの村に留まり、信号弾を放て!」
ルーリャ村に駆けつけたばかりの騎士団はすぐに慌ただしく出立の準備を整えていく。
そんな彼らに村人たちが喝采を送る中、ハイドが密かにこの場から離れようとしたときだった。
「ありがとう、冒険者さん!」
「――え?」
振り返ると、村民たちの注目が一斉にハイドに集まっていた。
彼ら彼女らは口々に感謝の言葉を口にする。
「あんたのおかげで助かったよ」
「騎士団と冒険者さんがいなかったら今頃この村は滅ぼされてたぜ」
「本当にありがとう」
「ありがとーおにいさん!」
「――っ、いや、通りがかっただけだ。では失礼する」
胸の奥にむず痒さを覚えたハイドは逃げるように村から飛び立った。
ふと眼下を見ると、先程出立した騎士団がハイドを見上げて騎士の礼をとっていた。
「俺はそんな、大した人間じゃない。たまたま力を与えられただけで……だけど」
モンスターのいなくなった空を飛びながら、ハイドは思う。
自分には重すぎるこの力。
それでも誰かを助けることができるのなら――そのために、自分は力を使うべきではないのか、と。
村人たちの感謝の言葉を頭の中で何度も繰り返しながら、ハイドは自問を繰り返すのだった。




