16幕間
「行ってきまーす!」
「はーい、いってらっしゃい」
バタンとドアを閉める音を聞いて、振っていた手を下ろす。
「………行ったかな?」
椅子に座り、さっき淹れた緑茶を飲む。
程よい苦味が口の中に広がり、少しだけ揺れた感情に落ち着きが戻る。
「はー……やっちゃったなー…まさか剛君の前で泣きそうになっちゃうなんて…」
今更ながら少し恥ずかしくなる…ここ最近は楽しいことばっかりだったから動揺してしまった。
剛君は昔から良くお外で遊ぶ子だった。木に登ったり、川で泳いだり…今のように部屋に引き篭もるなんて風邪の時でもしなかったのに……。
それが今ではあーだ、ごろごろと床を寝転がり、何もない所をぼーっと見つめている。
ビデオゲームが肌にあえばもうちょっとはマシだったんだろうけど…剛君はあーいう光が点滅するのは苦手だったようだ。すぐに疲れたと言いやめてしまう…まぁ保護者としては目が悪くなる可能性があるからそっちの方が助かるのだけれど…。
だから、あの精気のない剛君を見ていると悲しくなってしまう。
剛君にはもっと元気でいて欲しい、無邪気に笑って、いつまでも健やかにいて欲しい。
でも…今のような剛君にしてしまったのは私だ…。
私がもっと注意していれば…もっと速く剛君を止めていられれば…。
ここに引っ越してきてからずっと、そんなたらればな話を考えている。
考えても仕方ないと思うけれども……やっぱり考えてしまう、だからそれはもう仕方ないと諦めた。
だけどもここに引っ越して来て良かったとも思える事もある。
それは玲ちゃんの存在だ。
初めはどんな人なのか見極めようと思った。護衛官は大体が頭が固い。きっと剛君とは合わないと思ったけれど…それは少し違った。
玲ちゃんは確かに少し頭が固いというか…真面目な子だったが、しっかりと人の意見を聞くぐらいには話を聞いてくれる…護衛官でこの性格は珍しいと思う。
でもそのおかげで剛君は友達が出来たととても嬉しがっていた…剛君に友達が出来た事は本当に嬉しい。
それに学校でも部活に入ったと言っていた。運動部には入らなかったと言って少し悲しげな顔だったけど、その代わりに入った園芸部にとても面白い人がいたそう。
このまま何事も無く、学校に通って欲しいとも思うけど…私の人生の経験上、男の人が学校に通って何事も無い…なんて事はあり得ない、何かしら問題が起きていた。
登下校で攫われたり、なんなら学校の中で攫われたり…そこで何が行われていたかは…………私は知らないけども…取り敢えずナニかが行われていたか。
それが原因だと思うけど…その狙われた男の子達は漏れなく全員不登校になってしまった。
剛君は……多分攫われるほど柔じゃないけど、それでも心配は心配だ。
「はぁー…あの頃に戻りたい…」
都会は残酷だ。きっと剛君はこの先何回か傷つくと思う…男の人にとっては今の世界は地獄のようなものだろうと思う。
政府は男の人をまるで道具のように、丁寧に、丁重に、大切に…さながら愛玩動物の様に接している。
決して逃げられないように、何処にいても見つけ出して自分の手の内に引き入れる。
そんな世界が嫌になって、怖くなって……私は逃げてきたわけだけど…今の私はあの頃とは違う。
あの頃の何もかもを怖がっていた小娘はいない、いるのは大切なものを知ったちょっとだけ歳を取った小娘…。
大切な物だけは護る、その意志を新たに固め、一度だけ深呼吸をしてスマホを手に取る。
プルルルッとコール音を数回鳴らし、その音が止む。
『………どうしたの?突然』
怪訝そうな声をしているが、出てくれただけでもありがたかった。何もかも、ありとあらゆる責任を放棄していろんなところに迷惑を掛けた…そんな相手の電話に出てくれて…。
『…もしもし?母さん?…突然電話してごめんね?』
『…別に娘が母親に電話するなんて当然のことでしょう?それで?十年以上消息を絶っていたのに急に連絡してきて…何かあったの?』
こんなにも迷惑を掛けても、心配の一言が出てきて…なんだか少しだけ涙が出てきそうだった。
努めて冷静に、乱れた感情を鎮め、今からお願いをする…我ながら本当に酷い。厚顔無恥にも程がある。
『ごめんね、お願いしたいことがあるの…自分でも無いって思うけどそれでもお願いしたい!私はどうなってもいいの…だからこの我儘を叶えて欲しい…!お願いします!』
『……はぁ、何かと思えば…多分貴女は勘違い……まぁいいわ、取り敢えずそのお願いとやらの内容を言ってみなさい、大抵のことは大丈夫なはずよ』
『ッ!!ありがとう!それでね!』
今、いろんな経験を積んだ小娘は過去の決別を塗り替え、和解しようとしていた。……あれもこれも全部あの村での生活の…そして剛君のおかげ。
窓の外…少しだけ曇った空とは裏腹に、私の心に少しだけ光が差し込んだ様な気がした。




