10 アーシャの退職
時は経ち、カインディル王太子が陛下となり、第一王子のロッシュは王太子となった。
「ロッシュ様、立太子おめでとうございます。私の役目も今日を持って契約を終了し、侯爵家に戻らせていただきます」
「ああ、アーシャ。今までありがとう。君には礼を言わないとね」
「いえ、礼はいりません。できればこれ以上関わることがないようお願いします。では失礼します」
アーシャは一礼し、あっさりと部屋を出て行ってしまった。
アーシャはなぜそんな冷たいことをいったのだろうかとロッシュは不思議に思った。
その夜、久々にサロンへ家族が集まった。父と母、それに弟二人がソファへ座りくつろいでいる。
「アーシャの契約が終了して侯爵家に戻ったんだ。そういえばアーシャって昔からくすりとも笑わないんだよね」
「……」
俺のふとした言葉に父の表情が陰った。反対に母は笑顔を見せている。
「ようやくあの侍女も居なくなったのね。せいせいするわ」
「メグミ、そう言うもんじゃない。アーシャは誠心誠意ロッシュに仕えてくれた」
「母上、何か知っているの?」
弟が不思議そうに聞いてみると、父の言葉に母はむくれて口を利かなくなった。母はいつもそうだ。
分が悪くなると口を尖らせ、涙を流して嫌がり、まるで子供のような振舞をし、いつも父を困らせていた。
父も母もそれ以上アーシャのことを口にはしなかった。
普段から寡黙な父は時折影がさしたような表情をすることがある。過去に何があったのだろうか。
その理由を聞けぬまま年月は過ぎていく。
父は病になり、執務が滞ることが出てきて、俺が父の執務こなすようになっていた。その頃から父は体調の良い日は教会に赴くようになっていた。
「父上、今日も教会ですか?」
「ああ、ロッシュか。私のことより、メグミに付いてやってくれ」
父はそう言って自室の窓から女神像を見つめている。その姿は女神像を通して誰かを見ているかのようだ。
「父上、父上はいつも女神像を見つめていますが、何があるのですか?」
俺は気になったことを聞いてみた。
「いや……」
父は苦しそうな表情を一瞬見せたが、すぐに表情を隠した。
あの時もそうだった。
俺に言えない何かがあるのだろうか。
父はとても優しい。だが時折見せるその表情に俺は酷く不安になる。
一度、母に尋ねてみたが、母はむくれて『知らない』の一点張りで聞けそうになかった。
他の古くからいる使用人たちにも尋ねたのだが、父と母を賛美するばかりで話にもならない。
もしかして、昔から俺に仕えていたアーシャなら何か知っているかもしれない。
俺は父のその姿が気がかりでいつかアーシャに聞かねばと思い、アーシャを呼び出した。
数年ぶりにアーシャは執務室にやってきた。




