29 階層ボス戦と俺
『月光の洞窟の迷宮』は十層まで辿り着いているので、魔法陣で九層にあっという間に移動した。やっぱり便利だよね、魔法陣。
「アモニュスの洋燈をつけて、最短距離で行きましょう」
「人が増える前に良さげな場所でごはんを食べよう」
ルカの台詞はどう考えても迷宮探索する冒険者の言葉じゃない。けど死活問題だし、仕方ないか。
というわけであっという間に十層に移動すると、そこはこの前来た時と変わっていた。至る所で轟音が響いて、人の歓声が聞こえてくるのだ。
あ、アースドラゴンに人が斬りかかってる。そして剣で斬った。あっちは殴りかかってるし。いや凄すぎないか、あの人達。
呆然として見ていると、目の前に氷漬けになったアースドラゴンが落ちてきた。怖すぎる。
「おやすみません。まだ人が来ないと思って、少し派手に暴れすぎました」
驚いて固まってると、声をかけてくる人が。
すごいゴツい鎧を身につけて、肩には身長より大きいんじゃないのと思える大剣を担いでいる。いかにもワイルドな見た目の剣士なのに、敬語だし丁寧な対応だし、ギャップがすごいな。
「私は今回のレイド戦で指揮を取ることになってます、アダムと言います。人が集まりましたら作戦を発表するので、それまではあそこの拠点で休んでてください」
アダムさんが指差した方には、簡易テントが置いてあった。迷宮のど真ん中にテントって。魔物除けの結界も張ってるんだって。
「私のパーティメンバーもいるので、安心して大丈夫ですよ」
もう少しドラゴン倒してくるのでと言って、アダムさんは去っていった。うわあ、強い。
テントというか、タープというか。完全に野外キャンプ場みたいになってる。椅子とテーブルがあるし、なんか優雅にお茶飲んでる人もいるし。
「あ、こんにちは。参加者の人かな? 僕はクララ。その辺でドラゴン倒してるアダムのパーティメンバーだよ」
「私はジャクリーヌ。よろしく頼む」
クララさんはローブを着てる見たまんま魔法使いで、ジャクリーヌさんは女騎士なんだって。騎士っていうか話し方が武士っぽいな。戦士と騎士は違うのか。
「大きく分ければ、同じって言われてますけど。戦士が攻撃特化なら、騎士は防御特化に分類されるそうですよ」
へえ、そうなんだ。
ジャクリーヌさんが話を聞いてたらしく、騎士について熱弁してきた。戦士より攻撃力がないから不人気だとかなんとか。最近の若者は騎士の素晴らしさをわかっていないとかなんとか。
「騎士には騎士の良さがあるんだ。回避能力が高い回復役だの、近接特化の魔法使いだの。若者はそういう一風変わった戦い方を好むけれど、実直に戦うことの素晴らしさをわかっていない」
お酒があったら延々に絡んできそうだな、この人。
「そうそう、そういえば君たち知ってる? 今回はあのストレイル兄弟が参加するんだって」
そうですね、はい。そのストレイル兄弟が目の前にいるんですけど。名乗る前にそういうこと言われると、名乗りづらいよね。
「この階層ボスを発見したのもストレイル兄弟だと言われて、アダムが三回も聞き直していたぞ。無論、私も驚いた」
あ、これやばい雰囲気なの。どうしよう、二人と顔を見合わせちゃった。
「アダムもジャクリーヌもはしゃいじゃってさぁ。もう、二人にお菓子あげるって言って、荷物が増えたんだよ」
「うるさい、あの幼い兄弟がこんなに立派になるだなんて、感動ものだろう! そういうお前だってわざわざ冷蔵ボックスにアイスを詰め込んできたじゃないか」
「子供はアイスが好きでしょう。ねえ、君たちもそう思うよね」
待って、待って。ストレイル兄弟って俺の知ってるストレイル兄弟だよね。まさか他にもストレイル兄弟っていう子供いるの。
「ところで君たちの名前は?」
やめて俺の後ろにさりげなく隠れないで。クララさんが不思議そうに見てるから。
「…………えっと、俺はロータです」
「ロータ君か。よろしくね。そっちの二人は」
「リオネスト・ストレイルとルカセティ・ストレイルです」
久々に二人のフルネーム言ったよ。クララさんがそっかストレイル兄弟と同じ名前だなんて、偶然てあるんだねって言ってる。え、気付いてないの。
「……あれ? ん? ストレイル? えっ、ええええええっ!!!???」
気付いたよ。すごい時間差で気付いたよ。
「いや待って君達が保護されてストレイルになってから、まだ数年しか経ってないよね? 僕が知ってるのこのくらいの頃なんだけど」
クララさんが自分の腰のあたりに手を当てて、二人を見比べている。腕を組んでことの成り行きを見守っていたジャクリーヌさんが、苦悶の表情を浮かべていた。
「ははは、そんな。クララ、ストレイル兄弟が保護されたのは、ほんの、……ほんの、十年ま……え……? そんな、時が加速したのか? 私の年齢って、今……えっ?」
これ、テレビの子役が成人してニュースになった時にショック受けるやつに似てる気がする。そうだよ、知らない間に十年とか経っちゃってるって、おばあちゃん言ってた。郎太ちゃん三十歳越えたら時間の流れは加速するのって、笑顔で言ってた。
二人が時間の流れの速さに驚愕してると、アダムさんが帰ってきた。どうしたのか聞かれたので、そのまま説明するしかないじゃん。そしたらアダムさんも呆然としてた。
「……じゃあもう、チョコレートで喜ぶ年齢じゃ……ない……だと?」
「チョコレートは好きだと思います」
「……ならいいです」
いいんだ、よかった。
ショックから立ち直ったあとは、普通に挨拶してくれた。あとストレイル兄弟が活躍してくれて嬉しいんだって。どこに行っても人気だね、二人とも。
もう少ししたら人が集まってくるからってことで、テントの端っこでごはんを食べることにした。
「はい、ハンバーガー作ったよ」
野菜いっぱい入ってるやつ。あとフライドポテトと、フライドチキン。迷宮鳥は美味しくて人気なんだって。市場で売ってて気になってたけど、お金が心許なかったから買えなかった。でも俺たちには、地図作りの報酬があったもんね。大量に買ったらおまけしてもらえたし。
なのでフライドチキン。アモニュスはすごい勢いで食べてるよ。
「ハンバーガーにフライドポテトにチキン。我最高なり! ここは天上の神々の楽園ぞ!」
そんなこと言ってたら天罰降ると思う、アモニュス。
「かぼちゃの煮物がありますね」
「リオが好きだって言ってたから、迷宮南瓜の残りで作ったよ。それときのこの炊き込みおにぎり」
料理を作ってて気付いたんだけど。ルカはガッツリしたものが好きで、リオは和食っぽいのが好きみたい。アモニュスはなんでも食べる。節約おやつだって文句言わず食べる。
二人とも、野菜をミキサーで見えなくしたスープも飲んでね。野菜は食べよう、うん。
ルカがハンバーガーを食べ終わる頃、人が集まってきた。どのパーティもめちゃくちゃベテランの風格があるなぁ。
「皆さん、お集まりいただきましてありがとうございます。では、階層ボス戦での立ち回りを説明します」
ジャクリーヌさんが階層ボスの攻撃を引き付けるから、その隙に他のパーティで攻撃をしろだって。一人で耐え切る気なんだ。
「気をつけなければならないのは、階層ボスの体力が減ってくると、攻撃が激化することが多いことです。危険だと感じた場合は、即座に離脱をしてください」
アダムさんも他の人達も慣れてるらしく、不満も出ることなく説明が進んでく。アダムさんから個別に、俺たちは一撃だけ入れたらさっきのテントのところで待機してて良いって言われた。
完全にお客様扱いだけど、他の人達と比べるとまだまだだもんね。
「ちょっと悔しい」
「不甲斐ない気持ちになります」
「うん、でも良い機会だから他の人の戦い方とか、見せてもらおうよ」
というわけで、階層ボス戦開始。
ジャクリーヌさんが盾と剣を構えて、階層ボスに向けて挑発を行った。攻撃を惹きつけるスキルで、ジャクリーヌさんがターゲットになるから、他の人たちに攻撃が行かないんだとか。でもあんな怪獣みたいなのの攻撃に耐え切れるの。
「【……されどゆるがず壊れることなき盾となりて……】」
クララさんがジャクリーヌさんに魔法をかけた。途端、ジャクリーヌさんが黄金に光ってる。その状態のまま、階層ボスはジャクリーヌさんに攻撃してきた。
今だと掛け声があって、集まったパーティの人たちが一斉に攻撃し始めた。
「あれは体が固くなって攻撃無効になる魔法ですね。でもその代わり、動くことも攻撃することもできなくなります」
一撃入れて戻ってきたリオが教えてくれた。
魔法ってずっと効果があるわけじゃないよね。そのうち効果が切れちゃうと思うけど。
ルカがあっちだと言って、アダムさんを指差した。剣を構えてめちゃくちゃ集中してる。ジャクリーヌさんの魔法の効果が切れた瞬間に、すごい気合を入れた声をあげて、階層ボスへ剣を叩きつけた。衝撃でビリビリと振動きたよ。
「今の咆哮でターゲットがアダムさんにうつったんだ。その隙にまた、ジャクリーヌさんが挑発をするぞ」
流れるような連携。でもタイミングを間違えたら総崩れになっちゃう戦い方。でもそれを安定して行えるから、上級者なんだろうな。
「すごいね」
「はい、すごいです」
「負けたくないな」
二人ともやる気だ。
まだまだだけど、これからもっとすごくなるんだろうな。なんてったって、二人ともものすごい才能を秘めてるんだし。
そんなふうに呑気に見ていられたのは、すぐに終わった。
階層ボスの五つの目のうち、三つほどが傷付いて破壊されると、ものすごい咆哮をあげての猛攻撃が始まった。あれが体力が減った時に起きる攻撃の激化。
いくつかのパーティが戦線離脱していく。俺たちは拠点で様子を伺ってるしかないけど、アダムさんたちは危うげなく戦ってた。
けれど、四つめの目玉が破壊された瞬間、それは起きた。
咆哮を上げた階層ボスが、五匹に増えたのだ。
「そんなことある!?」
「なんだか嫌な予感がします。一匹、こっちに向かってくる!」
「魔物除けの結界が効いてないようだ」
それってピンチじゃん。どうしようと思った時、アモニュスが洋燈を使えと言ってきた。
「我、神ぞ! 人間の使う魔物除けより効果ありなのだ!」
「えええ、信じるよアモニュス!!」
洋燈をつけた瞬間、階層ボスは反転して他のパーティを狙いに行った。これってヤバいよね。ジャクリーヌさんの挑発、効いてないみたい。
「動けなくなった人たちの救助をしましょう。洋燈をつけていれば、大丈夫でしょうから」
「そ、そうだね」
「まとまって動くしかない。ロータ、離れないように気をつけろ」
「うん」
この洋燈の効果範囲ってどのくらいだろ。アモニュスに聞いてもわからないっていうし。こういう時のアモニュスは信用ならないな。
「だ、大丈夫ですか?」
「回復魔法をかけましょう」
リオが冊子を取り出して魔法をかけた。杖じゃなくていいんだ。
「あまり使わないので、冊子を見ながらの方が確実で」
説明書を読みながらって事か。倒れてた冒険者の人はお礼を言ってくれた。起き上がれるようなら、魔法陣で脱出した方がいいとは思うんだけど。
「それが転移魔法陣が作動しないんだ。五匹に別れた瞬間に、この戦闘範囲は隔絶されたみたいだ」
それってかなりまずいよね。
リオとルカを見上げると、二人は頷いて言った。
「階層ボスを倒すまで、出れないってことです」




