28 階層ボス戦参加と俺
大興奮のメルコールさん達と一緒に、転移魔法陣で迷宮を脱出すると、そのまま冒険者ギルドへ直行した。
ビゲルさんは報告を聞いて、さっそく討伐の日取りを決めるぞと職員さんたちを集め出した。後で今回の報酬とか渡すからと言われたので、帰ることにする。
店にはジャス店長がいたので、レイド戦のことを聞いてみた。
「幾つものパーティで、巨大な敵に共同戦線を組むんだよ。階層ボスを討伐すると、ボーナススキルが貰えるんだ。だから階層ボスを発見したら、なるべく人を集めて大規模にやるのさ」
ちなみにどういうスキルが貰えるかは、倒してみないとわからないんだって。ないよりはあった方が良いもんね。
「ただ参加するには条件があるぞ。誰でも参加できるほど、簡単に倒せるようなモンスターじゃないから、レイド戦になるのだし」
それもそうか。じゃあリオとルカには無関係かな。
「階層ボスの討伐は命の危険性もあるからな。身代わり人形というアイテムを買って参加する奴もいる。まあ身代わり人形を買えるような金があるパーティは、そもそも階層ボス倒しにいかなくたって、別のとこで活躍できるがな」
身代わり人形って何だろ。聞いてみたら、一回だけ即死のダメージを受けても無事でいられるという、すごいアイテムだった。おおお、本当にそういうのあるんだ。
「どういう原理でできてるかわからねえし、作り出すことも出来ねえ。ドロップ品で手に入れるしかないから、とんでもなく高級品だぞ」
「ちなみにお値段は?」
「変動はあるが、だいたい1000万メルかな」
「うわー、命のお値段」
安いんだか安くないんだか感覚がバグっちゃうよ。
「だいたいレイド戦は、参加するのに条件が出るし、金も払わなきゃいけねえからな」
「こっちが払うの!?」
「その金が払えねえようなパーティは実力が足らないってことだ」
なるほど、そういうの。
まだ地図作りの報酬もらってないし、お金ないなぁ。でも階層ボスが倒されると、魔法陣が使えるから、厳重に警戒してベビーアースドラゴン倒しに行くことは出来るかも。そうすれば黄金南瓜が手に入る。
「ああ、そうだ。その南瓜なんだがよ。ロータが作ってくれたカボチャプリン、手に入ったらまた作ってくれないか?」
アモニュスが食べたいって言ってたから作るつもりだけど。ジャス店長も気に入ってくれたのかな。
「いや、ほら、あの日常連の奴らも食べただろ。美味いからまた食べたいってリクエストがあったんだ。俺の店に来て、そういうの今までなかったからな……」
あとで作り方を教えてくれるかって言われたけど、そりゃあもちろんって答えしかない。でも冷蔵庫がないと作れないけど。
「安心しろ! 最近のあの二人は暴走も血反吐もなくなってきてるだろ。だから少しだけ、余裕があるんだ。お前たちが今度探索にでも行ったときに、毛ガニ漁をしてくれば買える!」
毛ガニ漁は行くんだ。修理費とか治療費じゃないから、いいのかな。
ジャス店長のお店が儲かれば、そもそも毛ガニ漁行かなくて済むもんね。好評だったなら、お店のメニューで出してもらうのは良いことだと思うもん。
「プリンアラモードにするのだ」
「果物はお高いよ」
「階層ボスを倒したら、次は生クリームと果物の取れる迷宮に行くのだ!」
そんな都合の良い迷宮あるかな。でもそうだよねぇ。お店のメニューとして提供するなら、プリンアラモードみたいなのが売れそう。
アモニュスの提案はもっともな気がする。
いつもの常連客の皆さんだけじゃなくって、新しいお客さんも呼び込めそう。
階層ボスのレイド戦はいつかなって思ってたら、ビゲルさんに呼び出された。
「よくきたな。早速だが、地図作りの件は助かった。ありがとよ。依頼料を支払っとくぞ」
一人20万メルももらえた。え、三人分じゃなくって一人で。合計60万メル。どうしよう、すごい大金が来ちゃった。
「何日、探索に付き合わせたと思ってんだよ。報酬安いって文句言われるんだぞ」
あ、そうなんだ。日給に換算すると、一日10万メルくらい。三人でそれだと、ううん。時給換算するとお高いと思うけど。命懸けの肉体労働だもんね。
「メルコール達から感謝されたぞ。ギルド専属として雇おうとかなんとか。まあもし次、地図作りの協力をお願いすることがあったら、引き受けてくれると助かる」
メルコールさん達をみてると、仕事って大変だって心から思う。お店に来るみたいなこと言ってたから、来店したら労ってあげよう。
「それでだ、メルコールから聞いてると思うが、十層の階層ボスはレイド戦を行う。募集条件は、一人15万メルの支払い、もしくは転移魔法陣のパーティ人数分の所持。ドラゴン系のモンスターの討伐実績があることだな」
ドラゴン系。ベビーアースドラゴンじゃダメっぽいな。じゃあやっぱり、階層ボスが倒されて、魔法陣が使えるようになるの待とうって、思ってたけど。
「それでだ。今回はお前達が発見者だから、特別枠で参加させてやることもできる。……どうする?」
レイド戦だと、階層ボスに好き勝手に攻撃するわけじゃないとビゲルさんが言った。
明らかにレベルが低いパーティとかは、一回攻撃して離脱するとか。それでも討伐に参加したことになるから、階層ボスが倒された時にスキルがもらえるんだって。
「それは、お得なのかな」
「そうですね、私たちのように暴食や虚弱、魔神アモニュスの加護とかいう呪いより、よっぽど使えるものでしょうね」
バッドスターテスすぎるもんね。デバフすぎるもんね。
「上級者ともいわれる冒険者は、そういったスキルを多数所持してると聞いたことがある」
それなら良い機会かもしれない。
「ただレイド戦だから、絶対に安全とは言えねえ。完全な自己責任の世界だからな。行くなら覚悟してやるんだぞ」
ビゲルさんからの忠告を聞いて、お店に戻ってからもう一度相談することにした。けど、二人はあっさりと行くことを決めている。
「転移魔法陣を買うお金はあります。多分これは、階層ボスにどうやっても勝てなさそうな場合の、緊急脱出用でしょう。あれだけ大きいと、本当にまずい状況の場合、まずいと認識する前に潰されますけど」
確かに、それは怖い。俺はアモニュスの加護で、物理無効とかいうのついてるけど、怖いものは怖い。それにもし二人がって思うと、無闇に勧められないよ。心配だし、いなくなったら、嫌だし。
「確かに危険だとは思う。けれど、階層ボスを倒した恩恵は欲しい」
「有名な迷宮の階層ボスはあらかた倒されていると聞きます。この南地区は比較的初心者が多いですが、今回のレイド戦は上級レベルの冒険者が集まると思いますよ」
だからと、リオとルカは参加することを決めたようだった。
俺は、子供の頃から、そういうふうに意思を決めた人たちを近くで見てたから。そうなると、何を言っても仕方ないってわかってる。止められないんだ。それで俺は、いつだって取り残される。
それはやっぱり寂しいなと思った。
すると唐突に、二人から手を握られた。
「あなたがいるから、私たちは戦えるんです」
「心配してくれるのは嬉しい。でも、信じてほしい」
真剣な顔で言われて、思わず二人の顔を見返してしまった。
信じる、か。信じて応援するっていうのも、難しい。心配は尽きないけど。でも、そうだなぁ。
「……うん」
二人が俺を置いていかないっていうのなら、信じてみようかな。こんなこと、言葉には絶対に出来ないけど。
「あの、それでですね、ロータ、お願いがあります」
「ロータにしかできないことだ」
「な、なに」
強い眼差しで見つめられて、つい唾を飲み込んじゃった。
だってどこに行ったって、俺のことをこんなふうに、必要としてくれる人は、いなかったもの。おばあちゃんは、いつだって優しい目で見てくれていたから。
こんなふうに、必死にお願いされることなんてなかった。
一体何を言われるんだろう。
「階層ボス戦が終わったら、プリンを作ってください!!!」
「アモニュスが言っていたプリンアラモードが良い。大きいのを頼む」
「……………………、あ、うん」
二人が目の前でめちゃくちゃ喜んでる。それを見て深いため息しか出ない。
あんまり真剣だったから、もっと別のお願い事をされるのかと思ったよ。もっとさぁ、こういう命を掛けるかもしれない戦いの前にはさぁ。色々あるじゃん。
まだ食欲の方が優ってるのか、お子様だなぁって生暖かい目で見ちゃっても、仕方ないよね。
まあこのくらいが、いまの俺たちにはちょうど良いのかも。
「我にもプリンアラモードを捧げよ! 特大のが良いぞ」
「迷宮南瓜が手に入ったらね」
「現地集合だから早めに行って数匹倒しますか?」
「いや万全な状態で行こう」
おや、めずらしくルカが慎重だ。はじめての階層ボス戦だから、やっぱり思うところがあるのかも。
「レイド戦、多分終わるまで、空腹が我慢できない気がする。俺たちは一撃入れて離脱だが、他のパーティが戦ってるのに飯を食ってたら、絶対に怒られる」
だから直前まで食べてようとルカが提案してきた。あ、そっちか。でもそうだよね、命懸けで戦ってる人の横で、ご飯食べて待ってるのは、流石にいただけない。反感をかう光景でしかない。でも食べないと空腹で暴走したら、死んじゃうもんね。
「それなら、おいしいお弁当いっぱい作るよ。ほら、お金も入ったし。何が食べたい?」
「野菜以外なら」
「肉だな」
「わかった、ハンバーグにするねぇ」
いっぱいの野菜でかさ増ししたやつね。人参とかピーマンとかいっぱい入れてあげよう。
「今なにか、言葉をすごく省略しませんでした?」
「気のせいだよ」
「俺はロータが作ってくれるものは、全部好きだから」
「ありがとー」
というわけで、野菜かさ増しハンバーグの製作を見られないように苦労しつつ、いっぱい作って。ついに階層ボス戦の日になった。
店の前の通りが、いつもより賑わってる気がする。
ジャス店長もめずらしいと言わんばかりの目で、通りを見てた。
「他の地区で活動してる上級の奴らが集まってるんじゃないか」
「そういえば冒険者ってランクとかあるんですか?」
「いや、特にはないな。自己責任だから、どの迷宮に入っても問題はない。ただ初心者がベテラン勢でも苦戦するような迷宮に入ろうとしたら、衛兵が注意を促してくれるぞ」
ただ南地区は比較的初心者が多いから、迷宮の入り口に必ず衛兵の人たちが立ってるんだって。でも、他の地区になると衛兵が立ってなかったりするんだとか。
「なんで?」
「全部の迷宮に衛兵を置けるほど人数いない」
あ、採用人数の問題。
「それに冒険者のベテラン勢が入るような迷宮には、一般兵レベルだと太刀打ち出来ねえ。救助にはいけないから、置いといても無駄ってことだ。衛兵は主に拠点を守ることに特化した職業だろ。冒険者とは鍛えるとこが違うんだよ」
なるほど。確かにそうかも。
「親切に教えてくれるのは、南地区くらいだって覚えとくんだな」
まだ他の地区まで行けるとは思えないけどね。水霧の迷宮ですら、休憩挟まないと移動できないし。でも少しずつ行動範囲は広がってるから、いつかはあるかも。
「ロータ、私たちもそろそろ行きましょう」
リオに促されて、ジャス店長に行ってきますって言った。すると店長は笑顔で見送ってくれた。
「気をつけて行ってくるんだぞ。待ってるからな」
ルカがブンブンと手を振ってから、月光の迷宮へと向かう。
うう、緊張してきた。
いよいよ階層ボス戦。どうなるんだろ。




