27 地図作りと俺
指名依頼を引き受けることにすると、ギルドの職員さんを紹介された。
メガネを掛けた中年男性で、市役所の職員さんみたいな格好をしてる。短めのローブ着てるから、そこがちょっとファンタジー世界の住人っぽい。
「はじめまして、私はメルコール。今回はよろしくお願いします」
地図作りには特殊な魔法道具を使い、常に魔力を供給して集中してなきゃいけないそうだ。だからモンスターに常に襲われる危険がある迷宮だと、護衛が必要なんだって。
「貴方たちは十層までの最短ルートを知っていると聞きましたが。地図を作る場合、その最短ルート以外もしらみ潰しに探索しなければならない、根気のいる作業になります」
時間も日数も掛かるけど、今のところヒトデ倒してただけだからね。迷宮まで徒歩10分。芋とキノコも手に入るとても良い迷宮だもん。行くしかない。
「探索は日を分けてやりましょう。各階層は、一日の探索時間を決めて回ります。探索時間内に階層の地図作りが終わっても、次の階層には向かいません。一日一層で進めていく予定です」
あと三日に一回はお休みだって。おお、それはありがたい。リオって油断すると疲労が蓄積して、血反吐を吐いちゃうもん。
待ち合わせ場所は迷宮前。集合時間を決めて、メルコールさんと別れた。当日はメルコールさん以外にも、地図作りの職員が数人加わるそうだ。
「護衛任務なんて初めてです」
「そーだね。注意することとか、ナキアさんに聞いてく?」
リオと話しながら歩いていると、不意に服を引っ張られた。見ればルカが俺の服を掴んでる。え、どしたの、お腹空いたとかかな。
「……なんでもない」
なんでもない、というわけじゃなさそうだけど。
夕飯の時も、食事の手を止めてじっとこっち見てるし。何って聞いても、なんでもないとしか言わない。
一体なんだろう。
食事の後片付けをしてると、いつもなら部屋に戻ってるルカが椅子に座ってこっちを見ている。気になる。もうすごい視線を送られてきて、気になる以外の言葉がない。
「……お腹空いたの?」
「ロータのごはんは美味しい」
「うん、ありがとう?」
「俺は美味しいごはんが好きだ」
「うん、そうだね?」
「……つまり、ロータは美味しい?」
「いや全然話の脈絡がわかんないし、何がどうしたの? えっ、俺は食べないよね。食べないでしょ。えっ?」
なんでルカの方がよくわかんないって顔するの。俺の方がよくわかんないよ。暴食の呪いって人を食べたりしなかった筈だよね。この前の月光の迷宮の時は、やたらと手とか舐められたけど。俺のことを食べ物として認識してませんかね。
「明日も迷宮探索行くんだし、もう寝よ」
突き詰めて考えたら、なんか怖い結果になりそうだから、ルカの背中を押して部屋へと連れていった。そしたら、すでに寝る準備をしていると思っていたリオが、机に向かっていて書き物をしている。あ、これ寝ないやつだ。
「リオも寝ようよ」
「もう少し、あと少し、新しい魔法のアイデアが降ってきたので……っ!」
「護衛中に血反吐を吐いちゃうから、ね?」
腰に手を回して抱えこんで、ベッドへ移動する。そのまま一緒に寝転ぶと、じっとルカの視線が突き刺さった。
「寝ないの?」
「寝る、おやすみ」
そんなこんなで『月光の洞窟の迷宮』探索一日目。
朝ごはんの準備や後片付けの最中も、ルカの視線が痛かった。ううん、あんまり続くようならしっかりと話し合うしかないかな。この前兄弟喧嘩が終わったばっかりなのに。
迷宮の前でメルコールさん達と合流する。この前言われたように、メルコールさんと二人の職員がいた。全員、手には武器じゃない道具らしきものを抱えている。
「これは地図を記録し作成する魔法道具です。かつてのストレイル兄弟が開発したものですよ」
メルコールさんが説明してくれた。マジで色んなもの作り出してるな、歴代のストレイル兄弟。
四層から五層までのルートを確認するまでは、アモニュスの洋燈を使った。で、その後の地図の穴埋め作業には、普通の洋燈で行うことになった。
出てくるモンスターの傾向も知りたいんだって。なるほど、まさに攻略するための地図。冒険者なら欲しがりそう。
岩ガメを倒すのに、ルカが石を投擲してたらメルゴールさん達が呆気に取られてた。わかる、わかるよ。石礫でモンスター倒すとか、チートが過ぎるよね。
途中休憩を挟んで、四層の探索は終了。時間はお昼を少し過ぎたくらいだった。
メルコールさんは別れ際、さすがストレイル兄弟ですねと感心された。
「魔導書と杖を一瞬で入れ替えたり、石礫で岩ガメを倒したり。普通の冒険者の戦い方じゃありませんから」
セオリー通りには戦えないからだけど。でも倒しちゃえるのは確かにすごいよね。
二人に凄いと称賛を送りながら帰った。リオは少し恥ずかしそうにしてたけど、ルカは相変わらずの無表情だ。
そんなルカが、夕飯の時についに口を開いた。
「……………………ロータ」
あんまりにも重い沈黙の後だったから、普通におかわりかなと思って、山盛りにお肉をよそったお皿を出したんだけど。ルカはそれを食べながら、違うと言った。スープが食べたかったのかな。
「スープのおかわりもほしい。けど、そうじゃない。ロータ」
「え、なに?」
「ロータはリオに甘過ぎる」
え、そうかな。そんなことないと思うけど。
「リオにごはんを食べさせて、着替えを手伝って、寝かしつけまでしてる。リオはそれに甘えまくってる」
「……うっ」
リオを見ると、目を逸らされた。
指摘されてみると、今も野菜をフォークに突き刺して食べさせてた。朝ごはんで人参とずっと睨み合いをしてるから、食べさせた方が早かったからそうしたんだけど。そういえば、あの日からずっと野菜が残ってると、フォークに刺して食べさせるの、癖になっちゃってる。
「でも、こうしないとリオも食べないし……」
「リオのそれは甘えてるだけ。わがままなだけだ。このまま甘やかし続けると、リオはどんどん何もしなくなる。リオはそういう性格だって、俺は知ってるからな」
「ルカ、私はそこまででは……」
「現在進行形で、ロータに甘えるのがエスカレートしてる。今日の探索だって、お茶をふうふうして飲ませてもらってた」
「え、リオ、お前」
「今言わなくたっていいでしょ、ルカ!」
同じ食事の席についてたジャス店長から、生暖かい視線が向けられる。だってこの前、お茶で咽せてたから心配になっちゃって。メルコールさん達もいるし、咽せて血反吐を吐いて探索失敗はダメでしょ。だからつい。
「ロータは毎日、家のことをやりながら店まで手伝ってる。俺たちの探索に付き合ってくれてるんだ。あんまり負担をかけちゃだめだ、リオ」
「…………はい。そう、ですね。すみませんでした、ロータ」
「あ、いや、俺もやり過ぎてたの、気付かなくってごめんね」
俺また余計なことをしちゃったのかな。リオに謝られたかったわけじゃないんだけど。
「なので今日からは俺を甘やかしてくれ」
「………………えっ?」
今真顔でなんて言った、ルカ。
「リオは十分に甘やかされた。次は俺の番だ」
「な、な、何をいきなり言ってるんですか、ルカ!」
「リオだけずるい。俺も甘やかされたい。膝枕だってされてた。途中で目を覚ましてたこと俺は気付いた。目を覚ましてまた静かに気絶したんだ。リオはずるい」
「え、えーっと、甘やかすって、具体的には……?」
「ロータも受け入れようとしないで下さい!?」
でもルカに指摘された通り、リオをだいぶ甘やかしてたっぽいし。双子のうちの片方が贔屓されたら、拗ねるのも当たり前かなって思って。
そうして最終的に。
「ロータ、疲れた」
「うんそーだね」
「おやつ食べたい」
「はいどーぞ」
うわあ凄い。手に持ったおにぎりが一瞬で消えて行くよ。横なったまま食べたら、喉に詰まるんじゃないかなって言ったら、ルカは大丈夫だって。リオじゃないから咽せて血反吐を吐かないって言って、この体勢で休憩することが決定しちゃったんだよ。
俺の伸ばした足の上に頭を乗せたこの状態。場所はもちろん、月光の迷宮内です。探索中に決まってるでしょ、あははは。あああああ、恥ずかしい。メルコールさん達の視線が突き刺さってるよ。
「ロータ、頭を抱えてどうしたのだ? 昨日はリオの世話を甲斐甲斐しくやいてたのだ。今更過ぎるのだ」
アモニュス、気付たんなら言ってよ。え、昨日の俺、こういうこと普通にしてたの。
「家でも迷宮でもずっとそうだったのだ。我、眷属が幸せならそれでオッケーな神ぞ。余計なことは言わない邪魔もしない素敵な神ぞ!」
言って。せめて人前ではやらないようにするから、言って。
「ふぬ? だってロータ、いっつもリオに……」
「アモニュス、黙ってください」
リオが真顔でアモニュスの口におにぎり突っ込んでる。え、待って。俺の普段の行動を思い返してみるしかないの。待って、リオも顔を逸らさないで。
「ご、ごめんね。俺、やり過ぎてたみたいで……」
「あ、いえ、その。全然迷惑じゃありませんから! 別にもっとしてもらって結構ですから」
それなら良かった。良かったのかなぁ。
「考え事しながら、膝枕したルカにおにぎり食わせ続けてるのだ。リオの口元をタオルで拭いてやってるのだ。あれ無意識ぞ。我が言ったところで、どうにもならぬのだ。我、わかっちゃってるもんね」
アモニュスがなんか言ってたけど、考え事してて聞いてなかった。見ればリオとルカから、口におにぎり突っ込まれてたけど。アモニュスだからいいか。
それにしても、こういうのを見ちゃってるメルコールさん達は。チラッと視線を送ってみると、至って普通だった。
「大丈夫です。ほら、冒険者パーティによって探索スタイルはそれぞれですから。休憩中にビキニで筋トレしてテンションをアゲアゲする方々よりは、全然」
「あの有名なパーティ……。あれが一応魔物避けの儀式だっていうし、やめろとも言えないし」
「あれは、知ってたけど実際見るのはキツかったもんな」
メルコールさんと他の職員さんが煤けてる。というか思い出して泣いてる。仕事って大変だ。
「うぅっ、最終的には、魔物避けの儀式に……、効果が倍増するからって、さ、さ、参加を……」
「思い出すな、メルコール! 大丈夫だ、もう終わったことだ!」
「そうだ、今を見よう、メルコール!」
本当に、仕事って大変だなぁ。
メルコールさん達にお茶を入れてあげたら、あり得ないくらい感謝された。冒険者って千差万別なんだね。うん。
過去のトラウマを思い出してしまったメルコールさん達と共に、五層も無事探索完了。六層から九層も、特に問題なく地図作りが終わった。
ドロップ品にキノコと芋が増えていく。夕飯にキノコの炊き込みご飯を出したら好評だった。なので十層の探索にも持ってくことにした。
「ここが十層ですか。確かに、九層までとは全然雰囲気が違いますね」
メルコールさんが真剣な表情で言った。でも休憩中なので、炊き込みご飯のおにぎりを手に持って食べてる。何日か一緒に行動してたから、休憩時間にご飯食べるのに慣れてきちゃったみたい。
「美味しいご飯が食べれるなんて、最高のパーティだ」
「ああ、できれば他の迷宮の地図作りも一緒にやりたいくらいだ」
めちゃくちゃ好感度上がってるよ。
「今度、ロータさんのお店に行きますね」
「ジャス店長がやってるんだけどね」
お客さんが増えるのはいいことだ、うん。
そんな和やかな空気とは裏腹に、空には綺麗な星空と五つの月。もとい、とんでもなくおっきいドラゴンタートルが今日もいる。
「あ、あれがですか!? 巨大過ぎますね。ギルド資料にあるドラゴンタートルよりも、……かなり」
眼鏡の縁を持って、メルコールさんが紙に何か記録してる。掛けてる眼鏡は魔法道具で、姿とか諸々を正確に記録して書き出せるものなんだって。
「これは凄い発見ですよ、ロータさん! 間違いなく、この迷宮に人が群がります!!」
「あんなおっきなドラゴンタートルを倒せる人っているんですか?」
「一人では無理でしょう。ここは冒険者の力を合わせる時です」
おお、それってつまり。
「階層ボスのレイド戦です!!!」




