25 兄弟喧嘩と俺
リオがプリンの食べ過ぎで寝込んでの、一日のお休みを経て。
『はじまりの迷宮』にまたやって来た。そんなに日にちは経ってないけど、ずっと薄暗い洞窟でキノコと芋を取ってたから、久々で懐かしく感じちゃうよ。
ルカは斧を装備してるし、リオは魔導書を装備してた。
「この魔導書にある魔法で、攻撃を受けると火のダメージを相手に与えるものがあるので、それをルカに掛けてみようかと思います」
「わかった」
あっさり了承したルカに、リオがではと魔法を唱える。
「では、……【火炎の制裁を与えよ】」
なんかルカがあったかくなったような。そしてそんなルカ目掛けて、ミニボアが突進してきた。
斧を構えたルカに体当たりした瞬間、ボッという音と共にミニボアが燃えて消えた。え、一瞬で、焼けちゃったよ。
「……威力すごいね」
「予想以上です。ルカ、ダメージは?」
「ない」
魔法のデメリットとして、モンスターから狙われやすくなるんだとか。あと一回攻撃されたら、効果は消えちゃうんだって。
「ただこれだとあまり魔力を消費しないのと、発動までに時間がかかりません」
「草原の方だと、ミニボアが何匹もでて、対処が間に合わない可能性がある」
「じゃあ水霧の方に行きますか。一層なら、モンスターが何匹も同時に出ないです」
それからミニボアには威力があり過ぎて、大ダメージの割に手に入るのが微々たるものになるから、ちょっと割に合わないんだとか。そういう事を考えられるって、成長したんだなぁ。
『はじまりの迷宮』だと一瞬過ぎたので、水霧の迷宮の方へ行って検証することにした。一度お店に帰ってお昼を食べてからね。
店長さんがいうには、『水霧の海の迷宮』は、歩いていくとちょっと遠いんだって。迷わないように、少し早めの時間に帰ってくるんだよぞっていう注意をもらった。うん、……うん。
冒険者ギルドの前を通り過ぎて歩いていくと、湖の中心にあるお城が近くなってくる。まだ一度も行ったことないんだったな。
「私たちも子供の頃、一度だけ行ったことがあるくらいです」
「そーなんだ」
「はい、ストレイルの名を継いだときに。私は高熱と血反吐の記憶しかないです。ルカは?」
「王様から骨付き肉をもらった」
その思い出は凄すぎないかな。アモニュスは骨付き肉って聞いて、我も食べたいとか言ってるし。この前から食欲が止まらないね、アモニュスは。アモニュスだから仕方ないけど。
そんな話をしつつ、途中のベンチで休憩しつつ、ようやく迷宮の入り口に辿り着いた。湖の辺りにある豪勢な門。それが『水霧の海の迷宮』の入り口なんだって。
「ここは攻略されてる迷宮なので、階層ボスがいません。全部の階層の魔法陣が使用可能ですよ」
「よかった、うん、一層しか行かないってわかってても、よかった」
「前回の反省を活かした」
無表情だけどドヤ顔してるルカに、リオも頷いている。
さっそく中に入ってみようとしたら、衛兵さんが俺たちを三度見くらいしてた。え、別に悪いことしてないよね。
「す、ストレイル兄弟か……? なんだ、迷子なのか?」
「はじまりの迷宮じゃないぞ、ここは中級者くらいの冒険者がくるところだぞ? 大丈夫か? お前たちの叔父さんは今日ここで毛ガニ漁はしてないぞ?」
心配される内容に、顔を引き攣らせながら笑うしかできなかったよね。
普通に迷宮探索に来たって言ったら、さらに驚かれた。それから立派になったんだなと涙ぐまれ、なんか熱烈に応援されて見送られちゃった。すみません、一層しか行かないし、迷宮まで距離があったから、一時間くらいで帰る予定です。
迷宮の中に入ると、聞いていた通り、海岸の浜辺見たいなところに出た。海岸線を15分ほど歩いていくと、階層を移動するんだって。魔法陣は階層が切り替わるところに設置されているとか。
「目当ての階層に入り口から魔法陣を使って転移するので、初めて来た冒険者くらいしか通りません。そしてここで戦闘は行わず、ほぼ素通りします」
階層を移動すればもっと良いドロップ品があるからだね。それに人喰いヒトデは、攻撃しないと襲ってこないそうだし。
「あ、いました、人喰いヒトデ」
リオが指差した方向に、海沿いにある岩に巨大なヒトデが張り付いてるのが見えた。
「じゃあ魔法を使ってみるので」
「ああ」
ルカに魔法をかけてから、リオは魔導書を持って別の呪文を唱えた。
「【炎よ焼き払え】」
いつも使ってる火の魔法だったんだけど。威力が今までより強い。ヒトデが焼かれてくよ。あ、でも一匹だけ焦げながらこっちに向かってきた。それをルカがリオの前に立ち塞がって攻撃を受けてる。ルカにヒトデが当たった瞬間、ジュっという音と共にさらに燃えて消えた。
「ルカ、けがは?」
「特にないな。ダメージも入ってない」
「魔法の威力は上がってますけど、一掃はできなそうですね」
「次は俺から攻撃してみる」
「わかりました、じゃあもう一度魔法をかけます」
また攻撃を受けると火のダメージを与える魔法をかけてもらってから、ルカが一匹しかいないヒトデに斧を振り下ろした。一撃じゃ倒せなかったらしく、ヒトデが襲ってくる。けど、ルカに触れた瞬間に燃えて消えてった。
あとほんの少しのダメージが足りない感じなのかな。
「二匹くらいを相手にするのが良さそうですね」
「あまり効率が良くない。怪我がないから、階層を降りて数を相手にしよう」
「ルカ、それはダメですよ。何体ものヒトデに襲われたら、動けなくなって危険です」
「リオの魔法のダメージのおかげで、すぐに倒せるんだ。動けなくなることなんてない」
「それは無茶というものです」
「無茶じゃない、リオが臆病なだけだ」
「怪我をしたら大変だといってるんです!」
「回復薬を飲めばいい」
「そんな事を言って……」
「だから……」
あれ、これケンカしてるよね。ケンカ始まっちゃってるよね。
一応ここ、迷宮内だからケンカはやめよ。ああ、どんどん険悪な雰囲気になってってる。最後には二人とも睨み合って背を背けちゃったよ。
ええええ、なんで喧嘩しちゃうの。これはもうだめだ。これ以上探索は無理。
帰ろうと言ったら、二人とも無言で歩き出した。
雰囲気最悪なままお店に帰ってきたら、そのまま黙って部屋に戻って行っちゃったよ。
二人とも同室なのに、それでいいのかな。
「なんだあいつら、喧嘩でもしたか?」
「えーっと、そうです」
「まあいつものことだから」
いつものことなんだ。店長に聞くと、男兄弟だから喧嘩ぐらいするさと笑っている。
「どっちかっていうとリオは慎重派なんだよ。それでルカは行動派。だから意見が合わねえ事もある」
そのうち仲直りするから大丈夫だと言われたけど、気になっちゃうよ。
それに俺は兄弟喧嘩なんてしたことない。姉しかいないけど。
喧嘩になる前に、言い争いもなく、終わっちゃう。それはあまり、良いことじゃなのかもしれない。
一番上の姉は研修医で、二番目の姉はピアニストを目指して留学中。そんな忙しい二人だったから、家に帰ってきて顔を合わせるのなんて、本当にめずらしいことだった。
だから俺は、嬉しくて、張り切ってしまって。
姉たちから、ウザいからやめてって言われたんだ。そういうの、面倒くさいしウザいって。
俺は、久しぶりに帰ってきた姉たちと一緒に、ご飯が食べたかった。おばあちゃん家で一緒にご飯を食べた時みたいに、話をして笑いながら。
けど、俺の家族はそんなに食事に、家族揃っての団欒というものに、興味がない人たちだった。だからどうしたって俺の気持ちなんて、わかってもらえなかったんだ。
少し前からそれは気付いてた。
友人や自分のやりたい事をしていた方が、楽しそうだったんだもの。でもそれでも、久しぶりのあの時だったら、少しくらいは一緒に食事をとってもらえるんじゃないかって、期待した。
それが、姉たちにとっては鬱陶しいものでしかなかったんだ。
家族の団欒なんてもの強要しないでほしいとか、食事を作って欲しいなんて頼んでないよねとかね。まさにその通りなんだけれど。俺はあの時、怒ればよかったのかな。こうしたかったんだって、ちゃんと言えば良かったのかな。
だって両親が自分のやりたいことを見つけなさいって、よく言ってたけれど。俺がやりたかったことは、一緒にご飯を食べて、その日あったこととか、他愛のない事を話して笑いたかったんだ。
テーブルの上に残った、手もつけられなかった料理を思い出したら、涙が出てきた。突然泣き出した俺に、ジャス店長が焦ってそばに寄ってくる。
「な、なんだ? 喧嘩してるの見て怖くなっちゃったか?」
いや俺の扱い。お子様じゃん。涙が一気に引っ込んだ。
「おい、お前たち。喧嘩なんかするから、ロータがびっくりして泣いてるぞ! 仲直りしとけ!」
店長、叫ばないで。そういう事マジでやめて。
リオとルカが驚いた顔をして部屋から出てきて、焦った様子でこっちに来た。
「え、あのすみません、ロータ。大きな声を出して怖かったですか?」
「すまない、ロータ。全部リオが悪い」
「どさくさに紛れて私のせいにしないでください」
「俺は悪くない」
「……ルカ」
「悪くない」
ああまた険悪になってる。
「もうなんで喧嘩になるんだよ!」
「だってリオが頑固過ぎる」
「ルカが聞き分けなさ過ぎるだけだろう!」
「いや落ち着けお前ら!」
「俺は大丈夫だって言ってる」
「大丈夫じゃないから駄目だって言ってるんだよ!」
「大丈夫だ!」
「大丈夫じゃない!」
「喧嘩するなって言ってるだろ!!」
「お前ら大きな声を出すな、な?」
「じゃあ叔父さんはどっちの味方なんだ?」
「俺に聞くなよ!?」
「もうなんでどっちもそんなに意固地になってるの!!!?? そんなに喧嘩するなら俺もう知らないからな!!!!」
思いっきり怒鳴った後で、その場が静かになったのに気付いた。
リオとルカが固まったまま、顔色が青褪めていく。そして店長も。
「そんな、出て行かないでくれ! 君みたいな良い子がいなくなるのは、本当に困るんだよおおおお!!!!」
一番最初に土下座して謝ってきたのがジャス店長とか、これどうなの。
「え、出てくんですか、でてかないですよね、お願いです見捨てないでください」
「待ってくれ、毎日食事を作ってくれると約束したじゃないか」
足元になぜかジャス店長が縋り付いて、腕を片方ずつリオとルカが掴んで詰め寄ってきた。身動きができないんだけど。そうしているうちに、悪いのはリオだルカだとか、またお互いに言い争いが始まる。
「もう、さっきからそれの繰り返しじゃん!」
だいたいなんでそんなに、ルカは大丈夫だって言い張るんだよ。大丈夫の一点張り。
「……それは。リオが」
「リオが?」
「リオが俺たちを守ると言っていたけど、俺だって守れる。身体を張るのは、俺に任せてほしい」
俺はリオよりかなり丈夫だからと、ルカが言ったんだけど。リオは目を見開いたまま固まってた。
「リオだけで頑張らなくていい。俺もいるから、もう少し、頼ってくれ」
「……ルカ」
「俺たちは双子で、対等だ。リオが守るなら、俺も守る。それを忘れないでほしい」
ルカの声色はいつもと変わらないのに、なんだか優しい気がする。リオを見ると、顔をぐしゃぐしゃにして、何かを堪えているようだった。
「まあなんだ、兄弟の仲はいいってことだ」
そう言って店長が、リオとルカの頭を撫でてた。喧嘩の原因もそれだもんね。良かったと思うし、いいなとも思っちゃった。




