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落ち込んだ彼女を待ち受ける地下のモノ

 セシリアは自分自身をろくでなしと罵っていた。

 リカエルの圧倒的すぎる強さや常識外の行動によって、セシリア達は逃げるに逃げられなかったマダムデボンヌから解放された。それなのに、リカエルこそが怖いからと、彼女は彼から逃げる算段を講じてしまったのである。


「マダムデボンヌの店から好きなだけ持って逃げるぞ。セシリアにイーナは、給料分と言わずに、慰謝料分もちゃんと奪っておけよ!!」


 リカエルはセシリア達にそう指示した。

 そこでセシリアとイーナは金貨は盗んだ。

 それからセシリアは、命に代えても大事な自分が今まで書きためていたドレスデザインが詰まったデザイン帳は持ったが、自分が作った型紙や仮縫い段階の自分が製作したドレスを持ち出しはしなかったのだ。


 リカエルの目を盗んでイーナと一緒に彼から逃げ出すために。


 だがリカエルがセシリアやイーナを脅かす行動などそれ以後に取って来た事など一度もなく、セシリアは彼の後姿が目の前にあることこそ自分の安心に繋がっていると実感してしまうほどなのだ。

 セシリアは自分がしてしまったその判断と行動を悔やむばかりである。


 どうして彼が命じた通りに、全部の大事なものを持って逃げて来なかったのだろう、と


「私のドレスを製作して下さる?」


 セシリアはヴェリカから彼女の母親の形見である真珠のネックレスを手渡され、ヴェリカに王宮のパーティに参加できるドレスの作成を頼まれていた。それは今夜ヴェリカを針子のふりをさせて王宮に潜り込ませた時に渡せていたが、セシリアが縫っていたのはそれだけではなかったのだ。


 ヴェリカがドラゴネシアに嫁ぐための白いドレスだって作っていた。


 そこまでセシリアがヴェリカに肩入れしたのは、セシリアに成功報酬も約束してくれていたからでもある。

 それは、二十六歳のセシリアでもまだ可能性があると捨てなかった夢、自分の店を持つ夢を叶えると約束してくれたことでセシリアも夢を見たのだ。


 夢を見たならば、自分の夢を実現したくもなる。

 セシリアはヴェリカのドレスを縫う傍ら、マダムデボンヌの目を盗みながら店の布地を勝手に使い、夢の実現を夢見て他のドレスも実は縫っていた。


「私は人生を賭けるのよ。勝たねば意味が無いでしょう」


 セシリアに自信たっぷりに語ったヴェリカは、小柄でも誰が見ても美しい女性である。彼女ならばお金持ちの男性の妻に簡単になれるだろうと誰もが納得するほどの美貌ではあるが、なぜ王でさえも扱いに手を焼いているという噂のドラゴネシアの当主こそを狙うのかとセシリアは不思議に思ってはいた。


「私ならばできるからよ」


「女の武器を使って結婚から逃れられないようにするの?」


 ヴェリカはセシリアの物言いに両目を丸くした後に、上流階級の女性がするころころと笑う笑い方でしっかりと笑い飛ばした。


「女の体を餌にして好きにできる男など、好みの女がいればいくらでもよろめく自分が無い男だけよ。あるいは体が武器だと思わせて女を喰うろくでなし」


「ヴェリカ?」


「ドラゴネシア辺境伯が今も独り身なのは、女に嫌われて脅えられているから?私は違うと思うわ。ドラゴネシアがクラヴィスの要所ならば、そこを守り抜くには穴を作ってはいけないの。愛だ恋だと叫びながら男に宝石やドレスを強請るだけの女に、そんな要塞を守ることはできるかしら?」


「あなたは、ドラゴネシア辺境伯こそ自分の評判を利用していると考えるの?」


「ええ。なんて狡猾な方かしら。ならば、私は彼を手に出来るわ。そして私は自分が不幸になる気は無いし、自分を幸せにしてくれる人を裏切る気も不幸にしてしまう気も無いの。要塞を強固にできる上に自分を幸せにしようと考える女だと知って頂けたら、ええ、彼は私を妻にと望んで下さるでしょう」


 リカエルがヴェリカを性悪だと言い切ったとセシリアは思い出す。

 けれども、セシリアは自分こそ性悪だと自分に認めた。


 ヴェリカはまだ十八歳だ。

 セシリアが最初の男に騙されて大事なものを失った頃の年齢だ。

 だからこそセシリアは彼女を応援したくなったのだ。


 ヴェリカが成功したならば、彼女を助ける者がいたからで、当時のセシリアが不幸だったのは助けてくれる人がいなかったからだと思い込める。


 ヴェリカが失敗したならば、ここまでしてダメならば、あの頃の自分の不幸は仕方が無かったと自分を慰めてあげられる。


 全部自分自身の為なのだ。


 そしてヴェリカはどうやら成功したようで、ドラゴネシア侯爵の従者まで手先と使い、自分とイーナを救出する手筈まで整えてくれている。


「さあ!!安息の地に辿り着いたぞ!!」


 リカエルの自慢そうな声に呼応するように、セシリアとイーナがリカエルによって連れこまれた空間に、パッと明かりが灯る。

 リカエルはセシリア達を地下通路に案内した時点で、携帯ランプも手に持っていたから、彼が彼女達を広い空間に招き入れた時は真っ暗では無かった。


 ただし、広すぎる空間だったために携帯ランプでは全貌が全く見えなかった。

 それが、リカエルがどこかに火を入れた途端に、空間に設置されていた全ての明かりが灯り、世界の隅々まで見える程の眩い明るさとなったのである。


 セシリアは歩きながらくどくど考えていたこと全てを忘れ、ポカンと大口を開けてしまっていた。


 広々とした空間の中心には、恐ろしい大きさの仰々しい馬車がある。

 全長十メートルはあり、側面に金属で出来た蔦モチーフの装飾が施されているが、これは馬車の補強も兼ねているのだとセシリアは思った。そう思わせるぐらいに、美しい飾りではなく空恐ろしい飾りにしか見えないのである。


 こんな馬車を牽くには馬が何頭必要なの?


 後部にある半円形のバルコニーは、普通の馬車で交代の御者が控える場所というよりも、城の見張り台にしか見えない。


「ゴングリア」


 イーナの言葉の意味は解らなかったが、セシリアはイーナの言葉がリカエルが自慢する馬車にはぴったりだと思った。

 クラヴィス国の言葉では言い表せないほどに、ドラゴネシアの馬車は禍々しく恐ろしい姿をしているのである。

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