リカエルは店の真ん中で煩く吠える
リカエルはイーナとセシリアがドレスが並ぶ棚に潜り込んで姿が見えなくなると、彼は隠れるどころか店の入り口の真ん前に立つ。
まるで、自分こそが店主だという風にして、彼はマダム達を待ち受ける。
ガチャ。
「きゃああああ。なんであなたがいるの!!」
マダムデボンヌはリカエルを見るや大きな悲鳴を上げた。
リカエルはセシリアの居場所を聞き出すためにマダムデボンヌに施した、拷問、を思い出して口角を上げる。
「さあ。紹介して欲しいからかな?あんたの男達に。ちゃんと俺に可愛がられたって泣いて甘えて来てくれたんだろう?」
リカエルの台詞に彼女は自分一人じゃ無かったことを思い出し、今度は自分こそがリカエルをいたぶってやれると思ったようだ。
「ええそうよ。裏切り者のあの薄汚い女はあそこ以外の全身を焼いてやる。あの女が匿っていたガキは、今度はあの女の命乞いにしっかり客を取るだろうさ」
「そっか。安心した」
「あら、安心?あんたこそ全裸にして町中を馬で引き摺り回してやるさ。さああんた。あの若造をぶちのめしてちょうだいよ!!」
マダムデボンヌは若かりし頃は美しかったであろうが、今は動けばタプンと音がしそうな体を揺らしながら自分の隣にいた男に道を譲る。
リカエルはマダムデボンヌの脇から一歩前に出た男について、こいつこそがこの店の本物のオーナーなのだと理解した。
着ているものは上等で王宮の貴族達に引けを取るものではなく、また、リカエルに向ける態度が、マダムデボンヌからリカエルの所業を聞いていながらも完全に余裕綽々なのである。
「俺の安心は手加減いらねえなって、奴だよ。腐れども」
「小僧が。名前を売りたいからって、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃねえか?」
「小者が。大将は余計な口を利くもんじゃないんだよ。威厳って奴が消えちまう。だからいまだに女のヒモなんだろうな」
「てめえこそお喋りじゃねえか」
「俺は三下で、大将は別にいるからね」
「お前の組はなんてえ名だ。俺のシマ取りにきたのか?」
「いや。タマ取りにきたのさ」
リカエルは死神のようにニカッと笑う。
男はリカエルから感じる薄気味悪さに一歩下がる。
「お前のその判断は正解だよ」
リカエルは男の喉元に髪の毛ほどの細さの傷を刻みながら囁いた。
男は自分の喉元を押さえ、自分の手の平が温かな血を感じる事にぞっと震える。
がつっ。
男は自分の頭頂部の髪をリカエルに鷲掴みにされ、そこで初めて自分が床に座り込んでいた事に気が付いた。
喉を切り込まれた瞬間、首を取られると脅えて座り込んでしまったのだ。
「てめえら。俺の首が取りたいか?やれっかもよ。俺の得物は手のひらサイズの小さなナイフだけだ」
男は自分がすでに負けてしまっていた事を知った。
首と胴は繋がったまま生きているが、自分というボスの首は名前も知らない若造に一瞬にして狩られてしまったのだ、と。
その証拠に、彼の頭を掴んでいる男は、彼ではなく彼の部下だった者へと語りかけているのだ。
「ま、待ってくれ。おれ、俺達はそんな気は」
「だな。俺も俺の首を取りたく無きゃ俺の下になれって言おうと思ったが、お前ら小便ちびりの臆病過ぎていらねえや」
「て、てめえ」
「向かってくるか?」
「だんまりかよ。面倒だ。ひい、ふう、いっぱい。害虫狩りは大得意だ。さあ、まずはてめえらの親分の死体蹴りだあ!!」
「止めてくれええええ」
ボスだった男が情けなく悲鳴を上げてしまったのは、リカエルが自分の言葉通りに、ボスの体を振り回して手下達への鈍器に変えてしまったからであろう。
高級店舗が立ち並ぶ中でも、ひときわ高級そうで派手な装飾のマダムデボンヌの店の前は、今では高級店街には似つかわしくない様相となっていた。
人の吐しゃ物や脱糞による悪臭が立ち込め、その原因となった男達はうめき声も泣き声も出せない状態で石ころ状態で転がっているのだ。
そしてその状況を作った男は、やり切った顔をして、運動後のクールダウンだという風に腕の関節を伸ばしている。
彼は自分が為した結果に晴れ晴れした顔で頷くと、自分が守り切った女性達が隠れ場所から出て来れるように声をかける。
「セシリア、イーナ。掃除は完了したから出ておいで!!」
しかし返事がない。
彼はどうしたのかと思いながら店の奥へと向かい、二人が隠れているはずのドレスが並ぶ棚の前にしゃがんだ。
ドレスをかき分ければ、抱き合って震えているセシリアとイーナがおり、二人は覗いて来たリカエルに対して脅えた表情を向ける。
「こんなに脅えて。もう怖いのいないから出ておいで。急いでここを出て、ホテルでゆっくりしよう。あ、そうだ。セシリア。君は退職金とやらを貰わなきゃなんだから、この店の金に換えられそうなのもちゃんとまとめておくんだよ?」
リカエルは優しく語りかけたと思ったが、二人は隠れ家から出てこない。
二人とも血の気を失った顔でリカエルを見つめるばかりで、リカエルはどうして彼女達が自分の言葉が理解出来なくなったのかと不安を感じた。
そこで二人の状態によく似ている人を見た事があると思い出し、これは初陣の兵士が発症するものと同じだ、と彼は判断した。
理由がわかれば対処できると、彼はホッと息を吐く。
リカエルは彼女達を落ち着かせるために出来る限りの笑顔を作った。
「もう大丈夫。俺が付いている。もう怖くないよ」
「あなたが付いてるから怖いのよ!!」
「ダーダー(死ね死ね)!!ダー(死ね)ゴネシア(デカブツ)!!」
面倒になったリカエルは、だらけた新兵にいつもするように叫んでいた。
「ガー!!」




