何てこと!!
私こそ社会通念、人を雁字搦めにする慣習、それに囚われていた。
セシリアは今までの己を情けなく思った。
流行を作るなんて意気込んでいたくせに、決まり切った型をなぞるだけだったと認めねばならないのである。
「何でもかんでも最悪を考えすぎるんだよ。まるで幸せになんかなりたくないって感じでね。お前が作ろうとしてるこのドレスと一緒だよ」
「自分自身をモデルにしたドレスを作ったらどうだ?そうしたらさ、お前が不幸だと思うお前自身に似た境遇の女達に夢を与えられんじゃないのか?」
リカエルの言葉が次々自分に襲い掛かる。
それでもセシリアは本当の意味で落ち込んではいなかった。
今までの己を情けないと認めただけで、今は目の前が開けた感じなのである。
「女神が降臨したからよ」
ドラゴネシアの過去に鎧を着て戦った女性がいた事も驚きだが、女性用の鎧が伯爵家の地下に眠っていたことも驚きだ。
そして、女性用であるのにかなり重い鎧をレティシアに着せ付けたのはセシリアであったが、着せ付け終わったレティシアの姿はセシリアの頭の中で凝り固まっていた社会通念などまで打ち破ってくれた。
銀色に輝く鎧に蜂蜜色に艶めく長い髪が纏わりつく。
その姿は神殿を守る聖女の姿のようでもあった。
鎧を着用しただけでレティシアは歩く事も出来ず、父親達に抱えられて馬車に連れていかれる恰好となってしまったけれど、それでもセシリアはレティシアの勝利を確信している。そして今もレティシアの神々しい姿が素敵だったと、その余韻に浸っているのである。
「女が鎧を着て戦場に出てもいいのね。女は男に守られるだけの存在じゃなくて、本当の意味で伴侶なんだわ、ドラゴネシアでは」
ようやくリカエルの言葉の意味が分かった気がした。
セシリアの過去など気にしない、という彼の言葉は完全なる真実であるという事だ。
「女が愛した男の最後の女になれるなら、それまでに男が過去に受けた傷や失敗など気にしないように、いいえ、そんな困難を打ち破って来たと讃えるように、あなたは私を讃えてくれるばかりだったのね」
するとセシリアの頭の中で天啓らしきものが閃いた。
青いドレスのデザインだ。
否、閃いたものはドレスではなかった。
彼女の生き方を押さえつけない新しい服、動きやすく、しかし、女性を美しく輝かせるものである。
セシリアは急いで仕事部屋に戻り、デザイン帳を大きく開いた。
新しいデザインは切り出してしまったあの布を活用でき、そして、更なる美しさと機能性を生み出すものだ。
「そうね。私と同じ身の上の女性達にも夢を与えるわ。古いドレスから作り変えてしまえるもの。さあ、苦労している私達、この世界から飛び出すのよ」
まず自分から。
セシリアは描き終わるやその図案を元に型紙作りに取り掛かる。
「セシリア様!!戻って来た、戻ってきましたわ!!私達にはレティシアを鎧から解放してあげられないから、お願い!!」
仕事部屋の戸口に現れたのは黒髪が美しいジェニファーであり、ルーファスの愛妻である。セシリアは鎧にレティシアが潰されたら大変だと、すぐに手を止めてジェニファーの横に立った。
「行きましょう」
「リカエル様がやると仰ったのですけど、お義母様はそれは絶対にダメだって。リカエル様に任せたらあっという間でしょうに。お義父様やルーファスからあっという間に鎧を剥いでしまわれたのよ」
「確かに、あの人は職人技を持っているわね」
「その職人技をご本人は酷く嘆いていらっしゃいましたけど」
「彼に、何か?」
「爺を解き放ってしまったって騒いでらしたわ。鎧を着せておけば大人しくしていたであろうにって。御自分だって、ルーファスとレンフォード様を引き込んで悪巧みか何かのお遊びをされているのに」
セシリアはリカエルの悪巧みは自分のせいだと、心の中でジェニファーに謝った。彼はセシリアが盗まれた鞄を取り戻そうとしているのだ。
「見張りごっこはそんなに楽しいのかしら?セシリア様もご両親も、ソーン子爵家に連なるブリューア家の方だから心配なさらないでと申し上げたのに」
セシリアはびくりとした。
彼女が強盗犯として指名手配されている事をヴェリカもダーレンも、そして、リカエルこそ知っているが、ジェニファーの口調ではそのセシリア様は彼女を指しての事では無いようなのだ。
セシリアは恐る恐るとジェニファーに聞き返す。
「ブリューア家のセシリア?」
「ええ。同じ名前でびっくりされたわね。教会のバザーで知り合った方ですの」
「それで見張りごっことは?」
「ルーファスもレンフォード様も、私やヴェネッサが新しく出会った方を必ずお調べになるの。危険な人と繋がりがあると私達が傷つくからって。杞憂だと思うのですけれど、大昔にドラゴネシアで窃盗と誘拐事件が起きたから、それを二度と繰り返したくは無いのですって」
「窃盗と誘拐事件?」
「ええ。泥棒は子供を箱に入れてドラゴネシアのどこかに埋めていたの。自分達が捕まっても、それで命乞いが出来るから?酷い話よ」
「それで、あの、私が――いいえ、見張りごっこされているのは、何処かご存じ?もしかしたらブリューア家のその方は、私の知っている方かもしれませんから、リカエル様に伝えなければと思いまして」
「カラマフ男爵家よ。数年前にご主人を亡くされて男爵未亡人になられたセシリア様は、田舎から呼び寄せたご両親と一緒にお住まいとのことよ」
「ご両親も……いらっしゃるの?」
「ええ。健康だけが取り柄な人達なのに私が面倒を見ているのよって。ドラゴネシアの爺達の面倒を見る夫の従兄弟達みたいね」
セシリアの脳裏に浮かぶのは、亡くなった両親の痩せこけた姿だ。
その遺体は閉じていた両目を見開き、セシリアに手を伸ばす。
たすけて、と。
「健康だけが取柄?」
「セシリア様?」
「何でも無いわ。今はレティシア様の所へ急ぎましょう。レティシアが鎧に潰される前に助けてあげなきゃ」
「そうですわね」
その後のセシリアは、ギランを奪還したレティシアに祝いの言葉をかけたかも覚えていない。
ただ、自分がリカエルに裏切られた、その思いだけで動いていた。
そうではない。
そう考える事で、この素晴らしき世界と別れを告げたのである。
セシリアは今、暗闇が落ちた街の中、自分の鞄を盗んだ悪党の巣へと向かっていた。キャルスレート地区のカラマフ男爵家に。
セシリアは懐に忍ばせた裁ちばさみをぎゅっと握り、金属の冷たい感触を手の平に確かめる。
「夢を作る商売道具で人を殺すことになるとはね。でも、あいつらだけは許せない。リカエルが私に内緒にしていた理由は分かるわ。私がこうして復讐に出る事を知っているものね」
真っ暗闇でも、セシリアの足は迷わずに進んでいた。
迷う事など無い。
彼女はたった五歳で餓死せねばならなかった妹の無念を晴らす、それは絶対に為さねばならない事なのであるから。
「ごめんね、イーナ」




