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純な男とリカエル君

 王宮に忍び込むのはリカエルには朝飯前だ。

 しかしながら先日ギランの部下のコズモにリカエルは八つ当たりした上に、ギランがコズモには知らせたくなかったであろう懐事情をぶちまけてしまっている。


「勝手に潜り込んで誰何された後が面倒になりそう」


 リカエルの本日の目的は、ギランとお話がしたい、それだけである。

 遅い時間でも王宮前に馬車が並んでいることから夜会をやっていると確信した彼は、渋滞中の適当な馬車の中へと潜り込んだ。


「きゃあ!!」

「わあ!!」


 リカエルの出現により、馬車の中で男女の悲鳴が上がった。


「しぃ。本日もご機嫌麗しく。私めにこそあなたのエスコート、門の中までを担当させて頂けませんか?」


 リカエルが自分の口元に指を一本立て、自分的に誰をも魅了してきたと思う笑顔を悲鳴を上げた馬車の乗客達に向けたが、彼はそのまま反対側のドアを開けて馬車を降りる事にした。


「どこに行きますの?」

「待ってください。どら……いえ、リカエルさん」


 リカエルは自分の襟首をつかんで自分を引き留めた腕を払い、しかし自分がドラゴネシアであることを言わないでくれたコズモ・セニリスに少々の感謝の気持を持って向き直った。


 ギランの元副官であったコズモは、確実に彼の親族では無いが、絶対に彼の母親と同じぐらいの年齢の女性に腕を絡められていた。


 金のために身を売ったか、コズモ。


 コズモがリカエルの襟首を掴んだ引き留めたのは、この今の彼の境遇から助けて欲しいと手を伸ばしてしまっただけにしかリカエルには思えず、とりあえず対面の座席に座り直す。


 ゴテゴテしいドレスを着た中年女性は、腐りかけの果物の匂いを振りまきながら、改めて初心な女性を演じる事にしたようにして扇で顔を隠した。


「がっかりだよ、君」


 リカエルの台詞にコズモはぎゅうっと下唇を噛んで俯いたが、再びのリカエルの台詞によって彼は顔を上げた。


「俺以外の男を求めるばっかりは悲しいな」


 扇で顔を隠している女は、リカエルの言葉に恐る恐ると扇を下ろす。

 そして彼女が目にしたものは、がっかりとした捨て犬の様な顔をして肩を落とした、とろけるような甘い顔立ちの美男子の姿である。


「あ、あの、あなたは?」


「ああ、がっかり。頑張ったのに、別の男か」


「い、いえ、違うわ。あの、私はあなただって」


「俺は青いドレスが好きだ」


「んっ」


「香水は淡く香らせてくれる方が良い。でないと好きな女の匂いが分からない」


「んんっ」


「でももう関係ないよな。君は別の男を見つけた。俺よりも若い男を!!」


 リカエルが何をし始めたのかとコズモこそ混乱していたが、リカエルに胸元を掴まれて引き寄せられた事でしっかりとリカエルの意志を理解した。

 理解しただけでなく、ギランの次に忠誠を誓っても良いと思った程だ。


「俺に合わせろ。こっから出るぞ」

「かしこまりました。男爵(バロン)


 二人は囁き合い意思の疎通が終わると乱暴に離れ、まずコズモこそが自分の連れ立ったはずの女性に声を上げる。


「悲しいです。俺は別にどうでも良かったんですね!!」


「いいえ、あの、そんな事は無くてよ!!」


「いいやそうです。俺は本当はバニラ色が好きだ。でもあなたは、ピンクのドレスだった。そしてきっとこの次は青を着るはずだ!!」


「んんん!!」


「そうか、やっぱり最初から俺はお呼びで無いか。もういいよ、さようなら」


「そ、そんな!!あなたちょっとお待ちに!!」


「そうですか。あなたはやはりそっちを選ぶのですね。俺はもういいです!!」


 リカエルとコズモは視線を交わし合い、同時に左右のドアを開いて馬車から飛び降りた。渋滞中の馬車など徒歩よりも遅い。そして降りた地点がすでに王宮の敷地内であれば、勝手を知ったる二人はそのまま一気に自分の目的地に向けて全速力で逃げ出していくだけだ。

 リカエルは勿論目的のギランの所へ。


「コズモは待機所に戻って泣くのかな。俺があんなことを教えちゃったから、ギランが返り咲いた時の重荷にならないように頑張っちゃったのかな。素直過ぎか、あいつ」


 リカエルは思わずコズモの心配をしていた。

 リカエルの従兄はリカエルを使うばかりなので、リカエルは人に頼らず健気に頑張る年下には弱いのである。


 そしてその性質のためか、王宮の中庭の片隅で、石像の台座に一人寂しく腰かけているギランの姿を目にした時、リカエルの胸は可哀想だと張り裂けそうになった。相手はリカエルよりも年上であるが、最近ダーレンに手下と認識されたギランなので、リカエルの感覚的にはギランは弟分である。


「お疲れ」

「!!」


 ギランは台座から落ちかける。

 リカエルは咄嗟にギランの腕を掴んで引っ張り、台座に座る自分の横に座り直させた。


「なぜ君がここに?」


「普通はありがとうでしょ」


「ありがとう」


「素直か。そんなんだからドラゴネシアの男になれないんだよ。いいか?ドラゴネシアの男は、自分が間違っていても絶対に謝らない。謝っちゃいけないんだ」


「君は意外と謝っている気がするけどな」


 リカエルはそうだったかと腕を組んで考え直すが、そう言えば最近はセシリアに謝り通しだったかもしれないと思い当たった。


「俺はドラゴネシアである前に常識人でいたいからな」


 逸脱しすぎていると出会った夜にセシリアにドン引きされたのだ。

 そのせいで本来の自分が出ておらず、セシリアがリカエルを信じ切れないと一歩を踏み出してくれないのだろうか、とリカエルは思った。


 もっと自分を出すべきかな、と。

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