ふざけんな、兄
キャルスレート地区に住むカラマフ男爵、正しくはエンガディオ強盗団の狙いは新興貴族であった。金で男爵位を買ったばかりの家や、騎士職に任命されたばかりの家を狙いとして詐欺行為を行う予定であるらしい。
リカエルはセシリアの荷物を奪い返す目的で、セシリア達と往来で別れたあとにカラマフ男爵家に忍び込んでいる。そこで、エンガディオ強盗団の会話を盗み聞き、彼等の素性と計画を知ったのだ。
それなのに彼は彼等を潰すどころか荷物も取り返さずにセシリアの元に戻り、彼女達に復讐を囁いたのは、頭目らしい初老の男の袖口に赤い宝石が付いたカフスボタンが輝いていたからである。
あのカフスボタンは、セシリアの父のものか?
ならば、セシリアの濡れ衣を晴らし、復讐さえも叶えられるか?
今回盗まれたものも、奴らが殺人強盗犯だと名指せる証拠品となる。
それでリカエルは何も取り返さずに戻ったが、何もせずにその場を離れた訳でもない。その代わりとしてドラゴネシア伯爵家の双子に監視を依頼していた。
そして今、リカエルはルーファスと並んで急遽設えた監視部屋からエンガディオ達を見張っているというわけである。
「見張りに俺達を呼んでくれて嬉しいね」
「手伝ってくれてありがたいよ。あいつら、俺のセシリアをもういっぺんドン底に落とすことを考えていやがった。何が全部をセシリア・ブリューアに擦り付けてしまえば良い、だ」
「怒りは分かるけどね、リカエル君。あいつらを強盗団って褒めすぎじゃない?駄目でしょう、狩る獲物がネズミなのに狼だなんてぶっこくなんて。逆に君が恰好悪いぞ」
「奴らはセシリアの幸せをぶち壊した。たった五歳の女の子を餓死させた。絞首刑も生ぬるい見せしめ刑も必要な強盗団だよ」
「――確かに。結果が幼児死亡で被害者の幸せぶち壊しって考えりゃ、奴らは物凄い強盗団だな」
ルーファスが笑いながらリカエルに双眼鏡を渡す。
リカエルが見つめる先はカラマフ男爵家の居間らしき場所で、そこでは三人の男女が家族団らんと言う風に笑い合っている。
初老の灰色の髪をした男とその男と同年代の白髪交じりの金髪女、それからセシリアよりも赤い髪をしたセシリアと同じぐらいの年齢の女だ。
男はエンガディオ・カラマフ男爵と名乗っており、先日セシリアから荷物を奪った男爵夫人は金髪ではなく赤毛の若い方である。
セシリアと顔を合わせた時は茶色の髪だと聞いていたので、髪を染めたのはセシリアにこれから犯す罪を擦り付ける為だろうとリカエルは確信している。
「ふざけやがって」
リカエルは双眼鏡を覗きながら、その拡大された丸い視界の中で動くカラマフ男爵の袖口に注目する。
「またつけてる。よっぽど気に入ってんのかな、セシリアの親父さんのカフス」
「あれは赤珊瑚だよ。売ろうとして価値を知って、それでびびって売れなくなったんだろう。売ったら足が付く。足が付いたら死神が来る」
「――死神?」
「ああ、ドラゴネシアのって、あれ?気が付いて無かった?」
「何が?」
「え?」
ルーファスはリカエルがポカンとした顔を自分に向けていることで、ルーファスこそポカンとした顔付となってリカエルをまじまじと見つめる。
「え?もしかして気付いてもいなかった?」
「え?だから何が?」
「バカお前。あいつらは君らの母親達から宝石を盗んだ奴らじゃないか」
「え?」
「だから、え?じゃないよって、そっか、君は赤ちゃんか。俺もレンフォードも六歳ぐらいだったから覚えているよ。ババアになっているが間違いない。あの金髪は家庭教師のグリンダさんだ。母さん開催の茶会に潜り込んで、君達の母さん達をだまくらかしてドラゴネシアに招待させて、宝石盗んで逃げたあの女だ」
「そっか。それじゃあって。あああ、何を考えてんだかダーレンは」
「ダーレンがどうかしたか?」
「叔母さん達ね、ヴェリカに会おうとしないんだわ。それでダーレンが、大規模茶会をヴェリカに開催させるって案を俺に投げた。あの野郎。そんな過去ある叔母さん達が、王都の女が開催した茶会なんかに絶対出席するわけないってわかるだろうに」
ぶふ。
リカエルの隣のルーファスが吹き出し、リカエルの背中を肩を揺らして笑いながらバシバシと叩く。
「痛いよ」
「だってさ、ハハハ。ダーレンは本気でろくでもないわ。その茶会の責任者は君だろ?茶会が盛況になるように客を連れて来いってことだろ?」
「え?」
「だからさ、あいつはセシリアについては絶対に探るはずなんだよ。セシリアを陥れた村長については確実に身元や行方を探っている。そこで、ドラゴネシアのあの泥棒達と同一人物かもしれないと報告があったはず……あれ、だったら既に潰しているよな。滞在中に情報が届かなかったから放置って感じ、なの?」
ルーファスこそ考え込むが、そこに二人がいる部屋のドアが開く。
レンフォードが監視部屋に籠るリカエル達に差し入れを持って来たのだとリカエルは振り返るが、レンフォードは一人ではなく妻達を伴っていた。
「おい。お前が自分の女房を連れて来るのはまだわかるが、どうして俺の女房まで連れて来るんだよ」
「ジェニファーとヴェネッサは親友だからな、どっちか一人を置いてきぼりなんかできないよ。あと純粋にカラマフ男爵夫人の首実験、というか、今後大事な二人が悪党に騙されないように情報開示」
「そうだな。誰の友人かわかんない風にして紛れられたら危険だもんな」
ドラゴネシアの双子が、安全のために危険人物の風体は妻に教えるべきだ、という行動を取ることについて、リカエルはまずお前らこそだろう、と思った。
同一人物を演じてどっちがどっちかわからないようにしてんじゃねえよ、と、リカエルは彼等の対応がいつも面倒だと感じているのである。
「悪いことする時だけルーファスに戻るなんて悪い人ね」
「違うわよ、ジェニファー。これはお父様を引退させないための悪あがき。お父様が引退しちゃったら、お母様もご隠居しなきゃ。お母様にはドラゴネシアは辛いと思うわ。ねえ、リカエル様」
リカエルは両手で顔を覆う。
自分に課せられた「お茶会」の重荷がどんどんと重くなっていくのだ。
「ちくしょう。ドラゴネシア四婦人をヴェリカのために茶会に強制参加させるどころか、王都のレイラも召喚しろと言ってんのか、あの野郎は」
「ハハハ。あの野郎って言い方。ダーレンと喧嘩じゃなくて遅い反抗期だったか」
「遅いよ、反抗期が」
リカエルはドラゴネシアの双子に子供にするように突かれ、反抗期だなんて笑っていられなくなるぐらいに暴れてやろうか、と暗く考える。
「あら、セシリア様じゃ無いの、あなた」
ジェニファーがオペラグラスを覗いて小さな声を上げた。
黙り込んだリカエル達はジェニファーへと目線を動かすが、すぐに彼女の横で同じように自分のオペラグラスで男爵家を覗いているヴェネッサに視線を移すことになった。
「そうよ。あの方はセシリア・カラマフ男爵未亡人よ」
「そうそう。ご主人が亡くなられたから王都にご両親といらっしゃったそうよ。年金があるから暮らせて行けるわって仰ってましたわね」
ジェニファーもヴェネッサも、それなりの家柄の出身である。また、階級間が曖昧なドラゴネシアと違い、彼女達は階級や家柄に拘るクラヴィスの貴族である。
聞いたことの無い男爵家の人間と紹介も無く会話することは無い。
「女学館時代のご学友だったのですか?あるいは、お友達とのご紹介、ですか?」
リカエルは二人と詐欺師を繋いだ紹介者を探らねばと思いながら二人に尋ねると、二人は柔らかく笑いながらリカエルの思い付きを否定する言葉を返す。
「私達は教会のバザーを手伝いますでしょう。そこで話しかけて来られたの」
「先週ですわね。セシリア様が作って下さった外出着を着て行きましたら、皆様にとっても羨ましがられて、色々な方から話しかけられましたのよ」
ジェニファーヴェネッサは顔を見合わせてウフフと可愛らしく笑う。
リカエルもウフフと笑ったが、その笑いはぜんぜん楽しくない笑いだった。
どうしてドラゴネシアには、無害なはずなのに問題を連れて来る女性か、そこいらじゅうに喧嘩を売ってくる女性しかいないのだろう、そんな諦めの笑いだった。
「あの日以来セシリア様への問い合わせが多くなりましたわ」
「ウフフ。セシリア様も喜んでくださったわ。だから、こちらのセシリア様も大丈夫よ。ご両親様は爵位は無くとも赤珊瑚で有名なソーン子爵家に連なるブリューア家ですわ」
リカエルは再びウフフと笑っていた。
普段の情報収集はベイラムかリカエルの仕事である。
ダーレンがリカエルに察知されずに誰を動かしたのか、と、そこから探らねばならないなと考えて出て来た、乾いた笑いである。




