ドラゴネシアでリカエル君は爆発する
ベイラムの告白から一夜明けた、まだ薄暗い早朝。
ドラゴネシア砦に祝砲が上がった。
誰か何のためか考える必要もなく、爆音で無理矢理起こされたリカエルは苛立たたしく上体をベッドから持ち上げた。爆音で無理矢理に起こされたために、彼の心臓は早鐘のように鳴っている。災害警報の如き、バクバクと。
違う、これは初陣の新兵の心臓だ。
リカエルは瞬間的に怒りが爆発し、怒りのまま枕を壁に投げつけた。
「あのジジイ共が馬鹿にしやがって!!ぶち殺してやる」
リカエルは簡単に衣服を身に着けると、戦闘用の剣を引きだして部屋を飛び出した。彼は剣を携えたそのまま、四爺達が大砲を撃っただろう要塞の端へと向けて走っていく。
ドラゴネシア要塞は古い石壁の高い城壁も現存しているが、火砲の進化と戦術の変化の対応に城塞自体の形も変えている。昔からある城壁による砦を守る形に周囲に堀を掘り、堀の外側に土塁を盛って低い堤を作ったのだ。
その時に作り上げた堤は、死角を無くすために計算されて作り上げられた形状のものであるが、数学的な組み合わせとなったがために芸術的な美しさに仕上がっている。
ドラゴネシアの古くからの塔や歩廊にドラゴネシアの新兵が昇るのが好きなのは、胸壁から自分が守る砦を見下ろしてその美しさを堪能したいからだとリカエルは考える。星が重なった上に砦が建っているようにも見えるのだ。
「だがしかし、戦争してない今は、砦の天辺で大砲遊びしてんじゃねえ!!」
「いい加減にしねえか」
リカエルは自分の怒声に被さって来た地獄の底からの低い声によって、今すぐに自分が四爺に向けた剣と怒声を引っ込めて逃げ帰りたくなった。
剣を持っている自分の体がびりびりと痺れているのだ。
ダーレンの威圧感は他の従兄とは比べ物にならない。
リカエルはごくりと唾を飲む。
彼の横にダーレンが並び、彼の手から彼が握っていた剣が消える。
その次は、リカエルの目には夢の出来事にしか思えなかった。
ダーレンは四爺達が持っていた移動式軽砲台と彼らが呼ぶ武器、基本的に金属でできた砲身のみの大砲だが、それの一つを奪い取ると、先に奪っていたリカエルの剣でそれを叩き壊しててしまったのだ。
たった一打にて。
折れる剣と砕けた大砲の木部。
ダーレンの怒りを受けた四爺よりも、リカエルの方がダーレンに脅えていた。
四爺達が開発している移動式大砲は、金属でできた砲身を土嚢で作り上げた簡易土台に固定したり、木製の架台に設置してして弾を発射するものだ。四爺達は自分達が抱えた状態で弾を発射するものへと改良を重ねている。
よってダーレンが破壊したのは大砲の筒を抱え易くするための台木部とリカエルの剣だけでしかないのだが、そんなに簡単に壊れるものでは無いのでリカエルと四爺の度肝を抜くには十分だった。
「大砲は、俺が号令かけるまで鳴らすな」
唸るような低い声で、ダーレンはさらに四爺へと脅しをかける。
リカエルは大砲を壊してしまった男に、いくら四爺でも逆らえないだろうと、ダーレンが壊した大砲とまだ怒りを収めない彼を見比べながら思った。
リカエルとキースがそれらを止めさせたいのは、煩くて大迷惑も大きいが、筒が暴発した場合の四爺の死が怖い、の方が実は理由として大きい。
四爺達が改良を重ねている筒は、素材は青銅から鉄と変わり、加工法も鋳造ではなく鍛造となったことで暴発の可能性は低くなっている。しかし彼らは筒部に刻みを入れたり、弾丸の火薬量を変えたりと、毎日のように改良遊びをしているので、子供世代は親が爆死する可能性で気が気で無いのが真実だ。
「いや、祝いだし。なあ」
「黙れ。てめえらも、親父みたいに俺のガキ抱かずにおっ死にたいのかよ?」
ダーレンは四爺の返事など待たず、くるっと踵を返す。
そのままダーレンはリカエルにも声をかけず、まっすぐと、妻が待っているだろう自分のベッドへと戻って行くつもりなのだろう。
それは当たり前だが、当たり前と帰したくないリカエルがいた。
「まてよ、こら」
「どうした?リカエル」
「たったひと声で四爺黙らせられんなら、どうして今まで俺が頼んだ時にしてくれなかったんだよ。俺が苦労してる姿が楽しいのか?」
「お前こそ今まで何していた。俺がいました事と同じことすりゃ全部終いのはずだった。お前こそふざけてんのか?いつまで経ってもてめえのケツ一つ拭けねえ」
リカエルはダーレンへと一歩踏み出す。
今まではした事ない、顎を上げた反抗的な態度で。
「――てめえのケツ拭いてたのはどこのどいつだ。わかってないなら思い知らせてやんよ。いいよ。おん出てやるよ。俺がいなくて泣きやがれ」
ダーレンはリカエルの物言いに苛立った顔になるどころか、口角をあげてにやっと笑ったがためにリカエルこそがさらに煽られただけだった。
「何だ?」
「ドラゴネシアの癖に、人の顔色ばかり窺いやがって。女にも振り回されてぐずぐず泣くばかりだ」
「俺は愛した女の意思を大事にしただけだ」
「違うな。先の運命のデメリットを自分が背負いたくないからだ。お前らは互いに愛していると言いながら、自分が相手に嫌われるのが嫌だとてめえで作った檻に嵌っているんだ。檻なんざ壊しちまえよ、このくそ弱虫が!!」
リカエルはダーレンに向けて口を歪めて笑みの表情を作った。
それは敵兵に殲滅を言い渡す時の顔である。
「俺を放逐した事、後悔するなよ」
「それで、あなたはここで何をなさろうと?場所も相手も違うのではなくて?」
リカエルは朝食が終わったころ合いを測って領主館に突撃し、惚れた女を奪って来いと自分を罵った従兄から新妻をかっ攫ったのである。リカエルにダーレンの元から連れ去られたヴェリカは、どうしてダーレンが助けてくれないのか訝しんでいるのか足が遅い。
だが、リカエルに腕を掴まれて早歩きさせられている彼女は、廊下の先となる広間の風景が見えてくるにしたがって自分から足を速めてきた。
リカエルは自分が為した広間の様子が見えたからだろうと気が付き、ヴェリカに対して器用に身を屈めて彼女の考えが正解だと教えてやった。
「お前は俺に、お心遣いありがとうございます、だけ言っとけ。忙しい俺がお前の為に領主館の女主人認定式を行ってやるんだからな」
ヴェリカは、え?、と驚いた顔をリカエルに向ける。
自分を嫌っているリカエルからの親切だからと戸惑ったのかとリカエルは思ったが、ヴェリカはダーレンさえいれば問題ない人間であった。
「お心遣い感謝しますけど、あなたはドラゴネシアを発つ予定では無くて?」
「さっさと行けというお心遣いありがとうございます。役付きで責任ある身ですとね、引継ぎや何やらであと五日は発てません」
「――ダーレンを困らせたいなら、後先考えずに飛び出すべきだと思うわよ?」
「うるせえよ。戻って来た後の後始末考えたらな、五日潰して引継ぎやら何やらしておいた方が楽なんだよ。ほら、俺に感謝の声!!」
「ありがとう、リカエル」
リカエルは広間に集めた召使い達の顔を見回した。
自分の仕事が不十分だと誰にも言わせない、たとえダーレンであろうとも、と。
「いいや。セシリアにこそ、だ」




