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ドラゴネシアでリカエル君は従兄達と邂逅する

 王都から四日も掛けて戻って来たドラゴネシアであるが、荘厳なドラゴネシアの佇まいを目にすればいつも感じる誉れな気持ちなど、今回に限りリカエルは何も感じる事が無かった。


 帰って来たな、それだけである。


 リカエルは疲れ切っていたのだ。

 馬を六頭繋いでの大型馬車を御するのは、牽引用の馬を使用しても神経を使うというのに、今回の馬は大型でも馬車など牽いた事など無い馬達だったのである。


 それも単なる大型種の馬では無い。

 鎧を着用した騎手を乗せ、戦場に何度も引きだされてきた経験のある、無駄に気性が荒くてプライドも高い重量級の馬達なのである。


 ドラゴネシアの男達の無駄な情熱と片寄った嗜好によって品種改良された大型の馬達は、戦闘中に敵兵の頭に喰らいつき齧り殺すなど朝飯前だ。

 そんな馬達の機嫌を取り、時には脅しと、リカエルはたった一人で四日もその苦行に立ち向かってのくたくたなのである。


「おかえり。それで早速だが相談がある」


 リカエルは自室に帰りたい思いを飲みこんで、自分に声をかけて来た城代である従兄に振り返る。

 振り返るんじゃ無かった、と、リカエルは一瞬で後悔した。

 城代のキースは自分の父親であるキリアンを加えた四爺をリカエルに押し付ける張本人であり、その方法がいつも泣き落としなのである。


 そしてキースは今や泣きそうに顔を歪めていた。


 これは無理難題を押しつける前兆だと、リカエルは身構える。

 キースはダーレンによく似た外見だが、ダーレンと違って子供までいる妻帯者となれるだけあり、汚い手段も平気で使える男でもあるのだ。


「ふざけんな。キース。俺は四日間お馬さんに使われて疲れているんだ。俺に何かを押しつけるなら明日にしてくれ」


「そうはいかないんだ。急を要する案件だ」


「なんだ?」


「新領主夫人を迎える婆が誰もいない。本来ならば領主が妻を領主館に連れこんだ時には、前領主夫人が新領主夫人を出迎え歓待し、領主館の鍵を手渡して新旧の引継ぎをするのが習わしだ」


「ダーレンのママ亡くなってるじゃない。婆いないの当たり前」


「馬鹿。嫁がいなかったダーレンの為に、年行事の催しがあれば俺達の母親である四婆が領主館を取り仕切っていただろう?現在のドラゴネシア領民には、四婆こそがドラゴネシアの領主夫人って奴だ。なのにな、あいつら一人も領主館に来なかったんだ」


「いたらそれこそおこがましいかもって、遠慮したんだろ?お前んとこは知らないが、うちの母さん謙虚だもの」


「俺もそう思った。だが、俺の女房は違う感想なんだよ。これは嫁いびりだと主張している。ヴェリカを領主夫人として認めないという四婆の意思表示なんだと」


「ああ」


 リカエルは自分の顔を両手で覆う。

 リカエル的にはヴェリカなどどうでもよいが、ヴェリカが少しでも気分を害せばダーレンが怒り狂うだろう事が想像できるのだ。


 だが、それだけなら笑い話だ。

 リカエルは知っている。

 ヴェリカがレティシアを貶めた小間使い達にした仕返しを。


「やばいな」


「ああ。小動物みたいに無邪気そうで可愛らしい女性じゃないか。簡単に傷ついて明日には王都に帰ってしまうだろう。全く。ダーレンの面食いと可愛いもの好きは何とかならないか?リュシエンヌ様が逞しかった分、あいつは反対の女性を求めるのかな」


「リュシエンヌママは関係ない。ダーレンは自分の好みの外見であれば本質はどうでもいいみたいな、もっと破壊的な道を歩んでいる。あれはやばいだろうってやつなのに見えていない。俺が心配なのはヴェリカの不興を買った四婆の方だよ」


「そうなのか?」


「ああ。俺はこの目でヴェリカがレティシアを虐めた奴を成敗した所を見たよ。ダーレンも俺もちびりそうだった」


「――お前達こそ何してんだ?レティシアを虐めた奴いたら、お前らこそが仕返ししとけよ」


「まあ聞け。ヴェリカがやった事を。まずな、レティシアを虐めた奴が咎められた仕返しにヴェリカを脅したんだ。レティシアの悪評を流すぞって。小間使いの私達には、それ専用の情報網がありますのよってな」


 するとヴェリカは無邪気に笑い、小間使い達への労いと言う風に水入りのグラスを彼女達の前に置いた。グラスに注がれた水の中には、猛毒だと危険を知らせる毒々しい色合いの甲虫の死骸がたゆたう。


「どうぞ。今日私があなた方に飲まされかけた、それ、ね。どうぞ、何も知らないものならお飲みになれるでしょう」


「の、飲めるはずありません。毒虫じゃないですか!!」


「あらまあ、毒虫ってご存じだった?そう言えば主人を殺すと噂の毒殺魔はメイドですってね。殺人者の名前があなた方と同名じゃないといいわね。同じだったら間違えられて縛り首にされてしまいますもの」


「それまじか?」


「まじよ」


「でもって、考えが浅そうなそいつらがレティシアの悪評を流すぞって脅しを考え付いたのは、俺の目の前の男が唆したからかな?」


 リカエルはキースに親指を立てて見せた。


「何をやってんの」


「ヴェリカはそいつらを自分の小間使いにしていびる予定だったけど、俺とダーレンはレティシアを苦しめた男を潰す予定だったからさ、一緒にねって奴。あいつらを斡旋したのがその糞男の侯爵家なんだ」


「放逐するに限るな」


「だろ。あいつらは、逃げた先の糞男に慰められるどころか借金の肩に売られるなんて思ってなかっただろうな。まあ、それでも返せない借金で、糞男は破産者監獄に収監されたけどな」


「債権を回収と譲渡で膨らませたな」


 キースとリカエルは手を打ち鳴らす。

 だがリカエルは、成功した仕返しを思い出して気を緩めてはいけなかったのだ。


「すごいな。リカエルは。じゃあその悪知恵で、俺達の母さん達の意識改革もしてくれよ?頼むからな?」


「え?」


 キースはリカエルの肩を叩き、そのまま廊下を駆け抜けて行ってしまった。

 後に残されたリカエルは、え?とキースの後姿を目で追うしかない。


「おかえり」


 リカエルはぎゅうと両目を瞑る。

 いち従兄が去って、また新たな従兄到来か!!と。


「にゅあ」


 リカエルはしぶしぶと振り返る。

 そこには、ドラゴネシアの情報統括者である従兄、ベイラムが立っていた。


 彼はキースよりもダーレンによく似ているが、ダーレンと違い何故か凶悪そうな雰囲気が一つも感じられない男だ。

 そこがいつも不思議だとリカエルは思う。

 本来ならば目の前の男こそ、ダーレンよりも凶悪に見えるはずなのだ。


 彼は二歳違いのダーレンと違い、肌色がジサイエル人かと思うぐらいに日に焼けている上に、瞳は赤い。また、短い髪は色が抜けて金髪に近く、イ草みたいにツンツンと真っ直ぐに逆立っているという容貌なのである。


「ぬあ」


 白地に勇ましい灰色の縞模様がある申し訳なさそうな顔をした奴が、リカエルをその大きな水色の瞳で見つめている。


 ベイラムが凶悪に見えないのは当たり前か、と、そこでリカエルは視線も思考も動かすのは止めた。

 頭に愛猫を乗っけたままの男が従兄だという現実からも意識を逸らすべきだ。

 ついでに、彼がドラゴネシアの情報を司る部署を取り仕切っている事実からも。


 ドラゴネシアの命運を握っている情報が、猫に支配された男からもたらされている現実とは悲しすぎるではないか。


 ダーレンが素晴らしく見えたのは、こんな奴らしか砦にいなかったからかと、急にリカエルは気が付いた。

 自分こそ砦の異常な世界で目が曇り、ダーレンを過大評価していたか。


「違うな。疲れだ。寝不足だ。俺は寝よ」


 リカエルは砦の自室へ戻ろうと一歩踏み出したが、彼の首には彼に挨拶をして来た男の太くてしっかりした右腕が回された。


「俺を眼前で無視するとは、偉くなったものだな。お前に無視された悲しみをお前の横でずっと嘆いてやろうか?ああ?」


「俺にこそ嘆く時間をちょうだいよ。俺は失恋したばかりなんだよ!!」

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