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元聖女だったらしいイーナはのたまわれた

 レティシアはギランとのことが終わってしまったと嘆く。

 ただ終ってしまっただけではなく、その終焉が勘違いした自分が引き起こしたものだと嘆いているのである。


 その勘違いの為、レティシアはギランに自分と結婚する事を提案してしまい、ギランに同情など自分を馬鹿にする行為だと一蹴されたらしいのだ。

 ならばどんな勘違いをしたのかとセシリアはレティシアに尋ねるしかない。


「どういう勘違い、ですの?」


「ギランとリカエルの二人が恋をし合ってるって、勘違いしたの!!」


「え?」


「だって、互いに意識し合っていたし、ギランが言っていたのだもの。リカエルに話しかけると、自分は男色のケなど無いって、リカエルに逃げられるって。リカエルは私とギランが一緒になるたびに邪魔にしに来るのよ。これは、ギランの気持に応えられないけれど、リカエルはギランのことを憎からず思っているからだって思うでしょう?私を抱き締めて、ぜんぜん欲情しなくてごめんって、リカエルは謝っても来たのよ」


 セシリアは世界の皮肉に笑い出しそうであった。


 本当に笑い話だわ。

 自分がレティシアとリカエルの姿がお似合いだと勝手に自分を慰めていたように、自分を醜いと思い込んでいるこのお嬢様は、リカエルとギランこそ恋仲だと思い込んでいたらしいのだから。


 だから、自分が結婚する事でギランを家族にしようと企んだ?

 なんて自己犠牲ばかりの可愛らしいお嬢様なのだろう。


 なのに、と、セシリアは一番幼い年齢のはずのイーナに視線を動かした。

 レティシアの慟哭につられ泣きしているようにしか見えないイーナなど、実は笑いを隠そうと頭を下げて肩を震わせているだけなのである。


「ぷくく。似てる。変な考え方しかしない。レティシアとセシリア似てる」


「お黙りなさい」


 笑いを隠す気も無いとは、イーナはリカエルと出会ってからかなり変わったわ。

 いいえ、彼のお陰でイーナは自分らしさを出せるようになったのね。


 そんな彼に自分の過去の辛さを押しつけ傷つけたのだと、セシリアは自分こそを責めた。セシリアが今目にしているレティシアが嘆く姿こそ、セシリアによって傷つけられたリカエルの姿なのよ、と。


 セシリアはレティシアをひとまず自分の腕から解放した後、彼女の手を改めて握り、彼女の両目をしっかりと見つめた。

 母親が娘を言い聞かせる時にするようにして。


「レティシア様」


「私にもヴェリカにするみたいに呼び捨てで。私にはお友達もいないのよ」


「レティシア。本当の恋心はそんなに簡単に消えないわ。それから言わせて頂ければ、ギランの想い人の噂は二年前からなの。あなたのデビューの頃からです。二年もあなたを想い続けた人が、たった一日で想いを捨てるなどできません」


「でも、今日で終わりにするって」


「終わりにはできません。きっとあなたを一生想い続けるでしょう」


 セシリアは心の中で、自分もそうだから、と付け足した。

 でもギランには汚れた過去など一つもない。

 ならばギランには、レティシアと結ばれる未来はある、はず。


「そ、それなのに、私達には思い出が無いのね」


「思い出を作らせるように、あなたが彼を誘うのです」


 レティシアの瞳孔が大きく見開かれた。

 まるで神の啓示を受けた人のような顔付きと変わったレティシアは、セシリアの手を力強く握り返してきた。


「私が誘うの?」


「誘うというよりも、引き寄せる、ね。あなたはしたくはないの?似合った服を着て綺麗になった自分を楽しみ、外に出て楽しいことを楽しいと無邪気に笑う事を。あなたが楽しいと笑えば周りも楽しくなる。寂しい人は幸せになりたいから楽しい雰囲気は大好きよ。あなたはまだ若い。何も考えずに幸せだと笑い転げている年頃のはずなのよ」


「私が幸せになることこそ、彼が私に戻ってくれるということですの?」


「アルゴルネイーシュ、ケセ、アルボニャージエルゼルバ」


 セシリアが答えるよりも早く、イーナがジサイエル語で何かを呟いた。

 少女の呟き声にしては低く老婆のようで、セシリアもレティシアもイーナへと注目してしまった。けれど、イーナは無邪気な表情しか二人に向けなかった。


「イーナ?どういう意味なの、かしら?」


「えっと、ゼルバって、絶望のことよね?砦に向かってジサイエルの人が、ゼルバギームって叫んでいて、ベイラムが絶望をお見舞いしてやるって意味だって教えてくれたけど」


「絶望的に意味わからない。と言った。愛してもらえないから愛する止める?見てもらえないから晴着を着ない?では、私はもう着飾ってはいけないか?愛してはいけないか?母も父もこの世にいない」


「ごめんなさい!!綺麗にします。なります。だから、あなたも着飾って。わ、私の幼い頃のドレスで気に入ったのも上げるわ。だ、だから」


 イーナは可愛らしくにっこりと微笑み、では一週間後に、とレティシアに出立日を延ばすことを約束させてしまった。

 セシリアは自分の妹分であったイーナの手腕に驚くばかりであったが、イーナの唱えたジサイエル語の意味は違うような気がした。


 だからかその夜、伯爵家の廊下でレティシアの兄の一人とすれ違った瞬間、セシリアは殆ど無意識で話しかけてしまった。


「レンフォード様」


 レティシアの兄は見るからに驚き、足を止めてセシリアを見返した。

 ドラゴネシアらしく背が高く体格の良い青年であるが、王都暮らしの人であるせいかダーレンや四爺よりも洗練された雰囲気をもつ。また、レティシアが彼女の母の柔らかさを持っているように、彼の顔立ちはダーレンや四爺達よりも柔和で人好きのするものだ。

 その彼が、両目を真ん丸に見開いてセシリアを見返しているのだ。


「恐れ多くも私めから話しかけてしまいまして申し訳ありません」


「それはいい。どうして俺がレンフォードと?」


「レンフォード様ですわよね?」


「レンフォードだが。あれ?どうしてわかった?家族でさえ俺とルーファスの見分けがつかないというのに。あれ?もしかして俺がどっちか賭けみたいなことを君はリカエルとしてる?」


 ドラゴネシア伯爵家の長男次男は非常によく似た双子である。

 それでもセシリアは、四爺達などドラゴネシアの人間が、彼らがどっちがどちらかわからないと笑っていたのは冗談だと思っていた。

 それが本気だったとはと、セシリアはドラゴネシアについて衝撃ばかりである。


 ドラゴネシアの目は節穴なの?


「どうやって見分けた?賭けの勝ち金は俺が払うから、見分けた方法についてはリカエルには内緒で教えてくれる?今後の対策をルーファスと立てねばならん」


「――そんな賭けはしておりません。ただ、異国の言葉について教えて頂きたく無作法にもお声がけしてしまった次第でございまして」


「堅苦しい。そんなことぐらい気軽に話しかけて。で、知りたいのは?」


「アルゴルネイーシュ、ケセ、アルボニャージエルゼルバ」


「ハハハ。誰に言われたって、あのちっちゃな子か。リカエルが可愛がるわけだ。とんだ鬼っ子だな」


「あの?」


 レンフォードは、恐らく彼の妻を虜にしているだろう笑みをセシリアに返した。

 セシリアの胸を抉る訳と一緒に。


「身を引く偽善者こそ、実は相手の絶望を望んでいる」


「あの子は!!」

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