レティシアの慟哭とリカエル
ダーレンは馬車にギランを貼りつけてレティシアに近づくなと脅した。
セシリアは自分にもその脅しをダーレンがかけていたのだと理解し、リカエルを見送ることを諦めて屋敷へと逃げ戻った。
しかし、彼女の妹分は彼女を追いかけて来ただけでなく、彼女の腕を取って引き留めたのである。
「リカの望みはセシリアの見送りを受ける事だ。そのためにリカは朝早くに私達に新品の下着の山を持って来た」
「だけど。彼が私を思い切るのは、私が」
「それを決めるのはダーレンじゃない。リカエルだ。リカは私達を望んだんだ」
「でも」
「セシリア。戻ろう。リカは次は一年先だ」
「それはリカエルが?」
「ううん。レティシアが」
「まあ。あの引っ込み思案さんとお喋りできたの?すごいわね」
イーナに返した言葉の声音がかなり皮肉めいた辛辣なものになっていた。
その自分の声によって、イーナが自分以上にリカエルと親密になっていることに自分が意外にも嫉妬を抱えていた事を知って、セシリアはぞっとした。
こんな自分では、あの奥ゆかしいレティシアと会話らしいものを出来てはいないのは仕方が無いわね。
レティシアは令嬢として躾けられているために、自分に掛けられた言葉を無視することは無い。けれどセシリアこそ身に令嬢教育が施された過去があるために、己の身分が下と思えば、セシリアからレティシアに声掛けなど躊躇するものだ。
またレティシアは小間使いに嫌がらせを受けていたこともあり、今の彼女は自分から召使いに話しかける気力は無い。
よって、二人の間に気軽な会話など起こり得なかったのである。
そうじゃないわ。
セシリアは自分に認めた。
セシリアはレティシアを前にする事で、自分が失った全てを思い出すから辛いと、自分こそ彼女にヴェリカにするように近づけないということを、だ。
「うむ。夜ギランと中央階段ホールで抱き合っていた。ギラン帰った後泣いて。変なこと言ったから話しかけた」
イーナの口調はいつものもので、セシリアの内心には気付いていないみたいだった。そしてセシリアは自分の醜い面をイーナに気付かれなかった安心よりも、イーナの返しの台詞の内容に疑問符ばかりとなり、もの思いから完全に冷めた。
「昨夜ギランとレティシアが抱き合っていた?それでのあのダーレンが近づくなって脅す行動に出ていたの?」
「それは知らん。二人抱き合っていたは知らないはず。そこいた私だけだった」
「そう。それでレティシアが言った変な事、とは?」
「あなたこそギランに寄り添ってあげて」
「変では無いわよね?ギランの想い人のことをもしも知っていらっしゃったら?あれ、でも、ギランの想い人はレティシアよね」
「だな。だから変な事だ。会話ではリカの名前いっぱい出た。彼女言うあなた、たぶんリカのこと。私不思議で話しかけた。でも上手く話せない。レティシアは私がリカ心配してる勘違いで、一年先よって」
「わかった。彼女と話をしてみるわ」
「じゃあ見送りに戻ろう。レティシアとリカ一緒。レティシアに話があっただけだとあの怖いダーレンに言い返せる。セシリアと会うはリカの望み」
セシリアは腹黒い妹分を見下ろした。
セシリアを言いくるめてしまった妹分は、えへら、と笑い、セシリアに行こうと改めて手を差し伸ばす。セシリアはしてやられたと思いながらも、イーナの手を握る。
彼女こそリカエルの姿を見つめたい気持ちを抑えられないのだから。
思い出として残せるリカエルの記憶を一つでも多く欲しいのは、彼をひたすらに愛するセシリアこそなのだ。
だが、時すでに遅し、であった。
ドラゴネシアの馬車は出立した後だった。
遅すぎたセシリアとイーナは、腕を絡め合って笑い合うレティシアとギランの姿を目の当たりにする事は出来た。
彼らが子供のように笑いながら屋敷の廊下を走る姿も。
「何がどうして、なぞだ」
「何がどうして、なぞね」
そして数時間後。
さらなる混乱をレティシアが引き起こした。
公園にギランと出掛けたレティシアは彼女の兄によって無理矢理連れ帰られ、セシリアとイーナが彼女を慰めねばならなくなったのである。
慰めるというよりも、引き止め、だ。
傷心のレティシアは自分もドラゴネシアに帰りたいと泣くが、彼女を美女に仕立てる仕事を請け負っているセシリアは、彼女に今の状態でドラゴネシアにひきこもられたら困るのである。
リカエルを切り捨てた代りに、セシリアは王都一のドレスメーカーとなる夢を絶対に叶えねばならないのだ。
それがリカエルを傷つけた事への代償となるはずなのである。
「一週間だけ我慢していただける?」
「どうして一週間」
「せめてあなたのお持ちのドレスを手直しさせてください。その時間です」
「意味が無いわ」
「意味が無いって、どうしてですか?」
「恋した人は私を諦めてしまったの。わた、私を妻に出来ないから、たった一日だけのピクニックの思い出が欲しかったそうよ。だからもう終わったの。私が着飾って綺麗になったって意味が無いのよ!!」
セシリアは反射的にレティシアを抱きしめていた。
彼女の絶望の叫びが自分がリカエルに与えた痛みを知らしめたのだ。
そこでレティシアの心の痛みが耐えきれなくなったセシリアは、レティシアを慰めようと体が勝手に動いてしまったのである。
「だからってあなたが色々諦めたらいけないわ。彼はあなたが不幸になることだけは望んでいないはず。あなたにはキラキラと輝いていて欲しいはずだわ」
「私は彼じゃないければ幸せになれないわ!!なのに、思い出だって無いの。おにい、お兄様が台無しにしちゃったのよ。いいえ、私が台無しにしたの。私が彼のプライドを傷つけたから彼に完全に見限られたのよ!!友達としてあなたと結婚するなんて言ったから!!だって、そうすればギランはドラゴネシアの人になれるでしょう。私は恋をした人の役に立てると思ったの」
「どうしてそんなことを?」
「だ、だって。私が愛されているなんて思わなかったのですもの。ギランとリカエルの方が絵になるって思ってしまったから、勘違いしてしまったの!!」
そこでレティシアは再び悲しみの波に飲みこまれ、子供のようにセシリアにしがみ付いて声を出して泣き出した。
セシリアはおろおろしながらレティシアを宥めるしかない。
「勘違いって、何を勘違いしたって言うの?」




