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お見送りぐらいしようよ

 イーナは湯を使う音で目が覚めた。

 時間はとベッドボードに置かれた時計を見れば、まだ朝の六時前である。

 セシリアのベッドを見れば寝た形跡もない。


「これから寝るのか。一晩起きていたのはわざとか」


 イーナはバスルームに続くドアを見つめ、はあ、と溜息を吐く。

 今日はリカエルがドラゴネシアに発つ日なのだ。


「本当にクラヴィスの女はわからん。レティシアもセシリアも、わざわざ不幸になる道しか追及しないとは」


 イーナは昨夜遅くのセシリアの帰還を思い出す。

 半泣き状態の表情で戻って来た彼女は、バスルームで簡単に顔や手足を洗うと、開店準備だと言って仕事部屋に籠ってしまったのだ。

 もちろんそんな行動をするセシリアにイーナが従うはずもなく、深夜のミシンは屋敷に響くから控えろとだけセシリアに言って先に寝た。


「手縫いでは出来る事が限られる。さっさと切り上げるかと思ったが、セシリアは本当に頑固者だ。まあいいか。私に子供服ではないちゃんとした服を作ってくれるらしいし」


 イーナは新しい服で簡単に誤魔化された自分の現金な所を笑い飛ばす。

 否、薄情な所か。


 トントン。


 小さなノックの音にイーナはベッドを下り、戸口に向かって静かに動いた。

 彼女は人の足音に敏感だ。

 そんな彼女が足音や人の気配を感じなかったのに鳴ったノック音に動いたのは、ドア向こうの人物がリカエルしかいないと思えるからだ。


 果たして、その通りの人物が大量の布が入った籠を持って立っていた。

 彼もセシリアと同じく目元が黒ずんでいる。


「(クラヴィスの言葉で、間抜け(ボーラ)はなんと言う?)」


「――素直にボーラと言っていいよ」


「(昨夜のセシリアの行動はちょっとな、と私自身思っているので、いくらなんでも私はリカを責められんのだ)」


「十四歳の女の子にそこまで同情されるぐらいなら、間抜けと罵られた方が傷が浅い。間抜けと罵ってくれ」


「(では、間抜け。あの大きな馬車を御するのはリカなのだろ?見ていないが何頭の馬を繋いで持って来た?寝ていないそんな顔で大丈夫なのか?お前が死んだらセシリアは完全に駄目になるぞ)」


「俺が死にそう。それは一考の価値があるな。って、痛い。脛蹴るなよ」


「お前バカ。凄いバカ」


「うわあ。バカは完璧に言えますね」


「リカのお陰だな」


「だけどよ、結婚してくれなきゃ寝ない言った俺は放置されたんだよ。女がそれ言ったら男は結婚するね。好きな女とやりたいからな。だが俺はセシリアにはやる価値ないときた。死にたくもなるだろう?」


 あけすけ過ぎだろう!!

 私がまだ十四歳だという事を目の前の男はわかっているのだろうか。


 イーナは韜晦しつつ、アイゼンヴィダラの時も大人の人生相談に付き合わされていたと思い出す。そして、これこそ自分の運命なのかと彼女は受け入れた。


「(時間が解決する事もある。とりあえず、お主のその顔をセシリアに見せつけよう。お前が若くして死んでしまう可能性を考えさせるべきだなって、はふ)」


 自分の言葉を言い切ったそこでイーナが息を飲んだのは、リカエルが彼女に微笑んだからであろう。

 イーナはギランというクラヴィス一の美形も目にしていたが、リカエルが自分に向ける感謝を込めた微笑みが、ギラン以上のものに彼女には思えるのだ。


「リカ捨てて歩いて帰って来たとは、セシリアは馬鹿者だな」


「ありがとう。俺は君のお陰で生きて行ける。それで、ええと、これ」


 リカエルはイーナ達の部屋の前に来た理由として、自分が持っていた籠をイーナへと差し出した。

 イーナは中身が何かとしっかり理解すると、ぎゅうっと両目を瞑った。


「召使いに渡せ」


「ごめんね。口実が必要で。でもってこれはダーレンからだな。兄さんが服が無い愛妻の為に今朝方未明にとある商会の倉庫を襲ってしまったんだ。下着ばかりなのは兄さんがお花畑だからだ。それでも大事な大将ならば、彼を強盗犯にするわけにはいかない。君達も服の下に隠して証拠隠滅を図ってくれ」


「(下着は服の下にしか着れないだろ。で、とある商会はデ二スピエルか。リカは悪い男だな。――ありがたく頂く。御礼としてセシリアを見送りに出す)」


 リカエルはイーナに籠を押しつけ、イーナは両腕でそれを受け取る。

 イーナに荷物が渡った途端に、彼はイーナの額に軽くキスをした。


「君は俺の救いの神だ」


「お主は」


「さあもうひと眠りを、お姫様」


 リカエルは籠で両手が塞がっているイーナを部屋の仲へと後退りさせると、そのまま彼こそが部屋の扉を閉めてしまった。


 イーナはリカエルの振る舞いに苦笑しながら後ろへと振り返り、丁度バスルームから出て来たばかりのセシリアと目が合うや大きく口元をニヤつかせた。


 セシリアはリカエルがたった今イーナへにしたキスを目撃したからか、その行為に男女の性的なものは無いと知っていながら憤慨した様に顔を赤くしている。

 そこでイーナはセシリアを煽ってみた。


「私あと四年で十八になる。リカエルは二十八。ヴェリカとダーレン同じ」


「それは駄目よ!!」


「どうして?セシリアに振られて死にそうだって言うリカエル可哀想。だから私が結婚してやると言った。リカエルはキスくれた」


 イーナはセシリアの気持が手に取るようにわかった。

 セシリアの気性と思考の流れをしっかりと理解している上に、彼女がリカエルのことを愛していることを知っているのだから、混乱させるなど簡単だ。


「目のクマがすごかった」


「うそ」


「本当。御者台から落ちそうで心配。私見送る。リカはたくさん助けてくれた。そのぐらいしようよ」


「でも」


「死んだらお礼言えない。私一人奴隷商人から逃げられない。助けてくれた人いた。私助けてベルーガ河に沈んだ。私彼にありがとう言えなかった。でも、リカエルは生きてる。まだ生きてる。感謝したい。お見送りぐらいしようよ」


 イーナは自分が卑怯だと思った。

 自分の過去話をすればセシリアは必ず自分を折ってイーナの願う通りに動くだろうと知っていて、イーナはセシリアに今まで黙っていたことを伝えたのだ。


 セシリアは、わかった、と答えた。

 そして二時間後、身繕いをした二人は手を繋ぎ合い、ドラゴネシアに発つリカエルの見送りへと走ったのである。

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